第14話 陰謀の炎は燃え上がる

「主さまに会わせろだと。この小娘が痴れ事を。とっとと去らねば、この長巻ながまきに返答をさせるぞ」

 仁王像に似た左側の男が、手にした長柄の大太刀を高く掲げる。

「何だよ、伝えてなかったのか」

 冴名の後ろで新右衛門が囁く。冴名は困ったように眉をひそめた。

「おかしいな。確かに内諾は頂いたんだよ、長右衛門さまに」


「下がっていろ、冴名」

 鹿之助が太刀の柄に手を掛け、前に出た。

「こうなったら問答無用で斬り通るしかあるまいな」

 くっくっく、と不敵に笑う。

 その後頭部を、冴名が勢いよくはたいた。というか、固く握った拳で殴りつけた。


「て、てめえ。冴名っ、何しやがる!」

 しばらく頭を押え、その場にうずくまっていた鹿之助だったが、刀を抜いて跳ね起きた。


「あんた、馬鹿なの。わたしたちは城攻めに来てるんじゃないのよ。ここに保護を求めに来てるって事を忘れたの」

「おお、そうだった」

「本当に忘れてたみたいだな」

 新右衛門がため息をついて、肩をすくめた。


「おい、お前。その刀はもしや……」

 仁王像、ではなく門番の一人が鹿之助の持つ太刀に目をとめた。田部長右衛門本人から贈られた名刀である。この山内で知らぬ者はいない。

 男は口に曲げた指を当てた。

 ぴいーーーっ!!

 指笛の鋭い音が耳を刺す。


「お呼びですか」

 背後からの声に、鹿之助たちは慌てて振り向いた。

 そこには彼らと同年代らしい、小柄な少女が片膝を突いていた。丸顔でややつり上がった目を持つ、どこか猫に似た少女だった。


「いつの間に」

 三人の中では新右衛門が最も衝撃を受けていた。鉢屋衆として忍びの訓練を受けて来た新右衛門にして、全くその気配を感じることが出来なかったのだ。

 新右衛門は凄まじい目つきでその少女を睨みつけている。


 立ち上がった少女は、しなやかな動きで三人の間を通り抜け門番の前に進む。ちらりと新右衛門を見て鼻の頭に皺を寄せた。

「あなた鉢屋はちや衆だね。ふん、武家に飼われているうちに、すっかりなまっちゃったんじゃないの。あれ位ですごく驚いていたみたいだけど」

 少女は短い髪をかき上げ、せせら笑う。


「な、何をっ。お前なんか最初から居るのは分かってたさ。い、今のはこいつらに合わせて驚いた振りをしてただけだ」

 新右衛門は普段に無く取り乱している。図星を突かれたらしい。

「嘘ばっかり」

 少女の言葉に、うんうん、と冴名と鹿之助も頷く。すると新右衛門の顔が真っ赤になった。


「け、こなだらくそ。しゃんことがあろうかい。(おのれ、この馬鹿者め。そんな事がある筈がないだろう)おらは、おらはのう(わたしは、わたしはだな……)」

「落ち着け新右衛門。出雲訛りが出ているぞ」

「うぐぐ」


阿井あい。ではこの方たちを主さまの屋敷へ案内してくれ」

 仁王像の一人に命じられ、少女は首を傾げた。

「でも主さまは……ああ、分かりました。じゃあ、ついて来て」

 何かを言いかけた少女は、冴名たちを手招きした。


「おい、鹿之助」

 歩きながら新右衛門が囁いた。

「なんだ新右衛門」

「あの女、俺と同じ匂いがするぞ」

 はあ、と鹿之助は口を開けた。


「そんな筈がないだろう。あの娘はいい匂いがしたぞ。少なくともお前の男くさい悪臭とは全然似ても似つかないような気がするが」

 新右衛門は鹿之助の胸倉を掴んだ。

「悪臭とまで言ったな鹿之助。言っておくが、似たようなものだからな、お前も」


 鹿之助は自分の着物の衿をくんくんと嗅いでみて眉をしかめた。

「うむうぅ。これはまあ、しばらく風呂に入っていないからな。それなら、あの冴名も同じだろう」

「馬鹿を言え。冴名どのが臭くなるはずなど無いであろうが。それどころか、冴名どのはきっと大小便もしないに違いないのだ」

「うむ。それは確かに、その現場はおれも見たことがない」


「そこ、うるさいっ!」

 鬼のような顔で冴名が振り返る。



「いや、おれが言いたかったのは、あの女も鉢屋衆…もしくはそれに類する集団に属する者だと云う事だったのだ、鹿之助」

「そうか。冴名が用を足すかどうかでは無かったのだな」

「はあん?」

 赤くなった拳に息を吹きかける冴名に睨まれ、二人はアザだらけになった顔を伏せた。


「こちらです」

 阿井に連れられ、鹿之助たちは大きな茅葺の屋敷の前に立った。高殿とは谷違いの、やや開けた場所である。正面の立派な門は富田城下の武家屋敷に比べても引けをとらない。

 その門をくぐると、小石の敷き詰められた庭園が広がっている。


「では当主さまがお会いになります」

 そう言うと阿井は彼らの背後に回り、そのままかき消すように居なくなった。新右衛門はほとんど憎悪の籠った目で、阿井が消えた辺りを睨みつけている。


「控えて」

 冴名の声で彼らも頭を下げる。気付いた二人も身を屈める。縁側の奥の座敷に若い男が現れた。


「あれ」

 鹿之助が思わず声をあげた。かつて佩刀を贈ってくれた田部長右衛門とは全くの別人だった。その若い男は、枯れ木のようにやせ細った老人と、その逆に見事に肥満した年配の女性を従えている。

「誰だ、この男は」

 鹿之助は唸った。


 その男は冴名、鹿之助、新右衛門と見渡していく。そして最後に、にやりと笑みを浮かべた。すっと右手を上げる。

「いいだろう。この者どもを斬れ」


 冴名たちを、太刀を手にした男たちが取り囲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る