第13話 たたらの里へ

 西中国を制した毛利元就は再び戦の準備を始めた。

 目的はもちろん月山富田城攻略である。


 軍議を前にして、元就は長子の隆元を居室へ呼んだ。

「新宮党はどうなった」

 元就は問うた。出雲の尼子氏への対応は全て隆元に任せてある。間者を使い、新宮党の当主である国久と誠久を謀殺したのも、この隆元だった。


「一族の主だった者は斬首。女と、まだ幼い者は追放となったようです」

 それを聞いた元就は苦笑した。

「やはり尼子は何事にも徹底せぬな。わざわざ頼朝や義経を残したか」


 平家を滅ぼしたのは、平清盛によって助命された源頼朝と義経である。それを繰り返すのかと、元就は嗤ったのである。

「いや、これも誰ぞの入れ知恵か」


「恐れ入ります」

 隆元は尼子の家臣の中にも内通者を持っている。彼らを使い義久を動かしたのもやはり隆元だった。


「尼子家中の火種は多い方が良いだろうと思ったのですが」

 やや困惑した顔で隆元は首をひねる。


 このまま尼子家が続くならば、現在の当主義久と、追放された新宮党の遺児の間で争いが起きることも十分予想される。それは更に尼子家の力を削ぐ事になっただろう。

 だが、事態は隆元の予想を遥かに上回る急展開を見せている。現在では、毛利があの大内にとって代わり、中国の覇者となろうとしているのだ。

 まさに恐るべきは父、元就だった。


「お前らしい用意周到さだが、いらぬ心配であったようだのう。よいか、隆元。この戦で、必ずや尼子を滅亡させるぞ」

 元就は断言した。隆元は黙って頭を下げた。



 この時追放された少年は後に尼子勝久と呼ばれ、山中鹿之助らと共に散々に毛利を苦しめる事になるのだが、この時の隆元がそれを知る筈もない。


 ☆


 新宮党の粛清に続き、当主晴久を失った尼子家を継いだのは嫡子の義久である。だがその義久はまだ年少であり、家臣団の求心力とはなり得なかった。

 しかもその義久が主導したとされる雲芸和議の条件として、毛利に抵抗し続ける親尼子の石見(現、島根県西部)国衆を見捨てたことで、尼子家中の分裂は決定的なものとなった。


 更に毛利からの容赦ない揺さぶりが続く。有力な家臣に対し、次々と謀反の噂が立ち始めたのだ。


 冴名の兄、立原久綱もその一人だった。身の危険を感じた久綱はみずから富田城を辞した。家族を引き連れ、遠縁の住む因幡国(鳥取県東部)へと向かうことにしたのである。


「考え直して一緒に来るつもりはないか、冴名」

 馬上の久綱は硬い表情で妹に問いかけた。


「はい。わたしたちは菅谷の山内へ参ります。ご心配なさらずとも、こうして鹿之助も、新右衛門もおりますから」

 久綱は冴名の後ろに立つ山中鹿之助と熊谷新右衛門を見た。

 鹿之助は、にっと笑って自分の胸を叩き、新右衛門は我、関せずとばかりに空を見上げる。久綱はやれやれと頭を振った。


「では、困った事になる前に、因幡の鹿野城を尋ねて来るのだぞ。……鹿之助、新右衛門。くれぐれも冴名を頼むからな」

「お任せ下さい、義兄あに上」

 ぴく、と久綱の頬が動いた。

「鹿之助、まだ貴様に義兄と呼ばれる筋はない。よいか、もし冴名に何かあったら只では置かぬからな、よく憶えておけ」

「一命に代えても冴名は守ります」

 鹿之助は真剣な表情になった。


「よいか、必ずだぞ。頼むからな鹿之助、新右衛門。冴名を、冴名を……」

「いいから早く出発下さい、皆が待っておりますよ」

 呆れた冴名に促され、やっと久綱は馬首を巡らせた。遠ざかりながら、何度も馬上で振り向く久綱に、冴名もその度に手を振り返した。


 その姿もやがて見えなくなった。


「さあ。わたしたちも用意をしましょう」

 そっと顔を拭った冴名は鹿之助と新右衛門に笑いかけた。彼らはここ出雲に残り、田部家率いるたたら衆の中に身を潜めるつもりなのである。


 ☆


 尼子と毛利がその領有を争った石見銀山は、山間やまあいに突如として開けた都市の様相を呈しているが、製鉄の拠点、菅谷すがやもまた山上の盆地に一大都市を形成している。

 細い谷川沿いの急峻な道を登って行った先には、たたらと呼ばれる溶鉱炉を備えた高殿たかどのを中心に、その付属施設やそこで働く者たちの住む長屋が所狭しと建ち並んでいるのだ。


「こりゃ、すごい」

 鹿之助は思わず声をあげた。同行する冴名と新右衛門もやはり目を瞠っている。噂には聞いていたが、ここまでの規模であるとは思いもしなかった。


 左右から大木の枝が伸びる中に、注連縄しめなわを掛け渡した門が立つ。しかしその両側に塀が巡らせてある訳ではない。

 いわば鳥居に近かった。


「ここからは山内さんないだ。立ち入りは許されない」

「穢れた者どもは、ここから去るがいい」

 その門の前に、まるで仁王像のようなふたりの巨漢が立ち塞がった。揃って長巻ながまきと呼ばれる長柄の太刀を手にしている。



「月山富田城から参りました、立原冴名と山中鹿之助、熊谷新右衛門です。田部長右衛門さまにお目に掛かりたい」

 山間の里に、凛とした冴名の声が響いた。


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