第5話 ラッチと花火大会

だんだんと熱気が教室の中で溜まりこみ、外からは頭が割れんばかりの蝉の音が鳴り渡る。

窓を全開に開いて風通しを良くしたり、水筒を持ち込んだりして、脱水症状を巻き込さないように水分補給に心掛けるようにしたり。とにかく、生徒と職員が夏の暑さに体を壊さないよう、熱中症対策をしているということだ。一年三組の教室も対策が備わっており、授業に集中出来ている様子である。


「わあ!そのワンピースかっわいいっ!リリカちゃんはオシャレさんだね。」

「サンキュー。この服ね!買ったばかりなんだ~。ラッチもそのスカート涼しそうだね。」

「あ。これ、シャムのおさがりなんだ。サイズが小さくなったからあげてくれたんだ。どの服と着ようかなって悩んでたら、この袖がリボンで編まれているTシャツを見つけて着てみたら相性が良かったんだ!」

ラッチの服は可愛いものばかりだ。お金持ちの家に生まれたお嬢様は自分の欲を使用人達に振り回し、やがて酷く我儘わがままな大人に育ってしまう。そうなれば誰も手に負えられなくなる。

ラッチは当然、未熟な頭を持つことはない。

欲しいものを泣き叫んで求めたり、じたばたと暴れたりはしない。

そんなラッチが使用人にとっては珍しかった。

大人びた優しさをラッチはもっている。

それがラッチの魅力である。


「そういえばぁ、今日は花火大会だったね。」

「えっ!うそっっ!」

ラッチは弾かれるように飛び上がる。


(今日・・・・だったんだ・・・・・!)


頭の中に【花火大会】のことが入っていなかった。

暑さで脳が刺激される中、体はクタクタで疲れ切っている時期にイベントなどの情報はすっかり忘れていた。

「リリカちゃんも行く?私も行きたいんだけど・・・・・・。」

「あっごめん!実は仕事が入っちゃって・・・・。」


リリカは今、大人気のモデルなのでラッチと遊べることは数少ない。

強引に休暇をマネージャーに押し付けることもある。

家柄に物を言わせ、計画的に仕事をこなす。

それがリリカのやり方。


だが、今回は『JSのサマーファッション!』という

特別企画がある。

四ページのメインとなる仕事をリリカは逃すわけにはいかなかった。

モデルとして期待されている。


「そっかぁ・・・・・残念だな。」

独りの花火大会は納得いかない。


(我儘な言う事だけど、一人で見る花火は楽しくないな。)


「・・・・・あ。ラッチ!馬君を誘ってみたら?」

「いい‼」

「初デートになるし、二人で花火を見てロマンチックな雰囲気ができるの!」

ラッチとリリカは目を輝かした。

ラッチにとってはデートはつい最近の夢のようなもの・・・・・だったが。

身近なイベントで二人きりになれるチャンスがきたのだ。


(馬君は喜んでくれるかなー?)


「いいよ。初デートだもんね。」

馬からの親切な言葉だった。

「やった!午後の5時に集合ね!」


屋台のポップなBGMと沢山の人々の賑わい。

しかし、ラッチと馬の空気は祭りと差を見せていた。

「・・・・・え、えと。浴衣、似合ってるよ。ラッチ。」

「・・・・・あ、ありがと・・・・。」


(私ってば何、してるんだろ・・・・・。)


こういうときに可愛く接するべきなのに。

情けない。

でも、

でも、

恥ずかしくて顔すら合わせられない。

非常に気まずい状態。


「ラッチ。 手 。」

「え。」

馬が手を差し伸べる。

戸惑うラッチは手をのせる。


「行こうラッチ 。」


馬はラッチの小さな手を引いた。

真っ直ぐに。


「うーん、楽しかったな!」

「僕も。」

二人は大木の前で光る夜空を見上げていた。

もう少しで花火が打ち上げられる。

それが終われば解散。


(寂しいな・・・・・。まだ、まだ、まだ。)


「ラッチ!花火!」


ラッチはびっくりして眩しい夜空に目を瞑る。


空には一面の花火が優雅に咲いていた。


「わあっ!」


これからの恋はきっと

華麗に咲くだろう。












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