エピローグ

最終話 伯爵令嬢とヤンキー殿下は誓い合う

 アルズライト王城の敷地内にあるステンドグラスが美しい聖堂に、ドスの効いた罵声が響いていた。


「バァカめぇっ! てめぇに教えたのは偽の情報だ! ほんとの挙式は大聖堂で派手にやるに決まってんだろうが!」


 パンツのポケットに手を突っ込んだまま、教会内に敷かれた深紅の絨毯――ヴァージンロードをドガドガと逆走しているのは、アルズライト王国第二王子ルディウス・フォン・アルズライト。

 彼は凶悪な笑みを浮かべながら、扉の近くで剣を抜こうとしていた兄パーシバルに特大の跳び蹴りを入れた。もちろん、抜くのを待つ気など毛頭なかった。

 ルディウスは、パーシバルが「ぐはぁぁ……っ!」とエビのように身体を折り曲げて床をのたうち回る様子を苛ついた表情で見下ろすと、純白のタキシードの皺をパンパンと伸ばす。


「チッ。兄上のせいで衣装が台無しになるじゃねぇか」

「お、おのれ、ルディウス‼ 貴様のような愚弟にマルティナは渡さん!」


 パーシバルはルディウスとよく似た赤い色の前髪の間から、憎しみの籠った視線を向けてくる。

 かつてのルディウスは、兄のその目が怖かった。

 大好きだった兄から、劣等感と妬みにまみれた醜い視線を浴びれられることがつらくてたまらず、兄を不快にさせぬように、そしていつか王位を兄に譲ろうと、何もかもと向き合うことを拒んだ。


 だが、今のルディウスは違う。単純なことだ。

 愛しい女性の前でカッコつけたいルディウスは、兄に遠慮などしなくなった。

 愛されることを知ったルディウスは、その人との未来を築くために立派な王になろうと決めた。


「兄上。残念ながら、俺は愚弟じゃねぇんだわ。あんたは魔力量だけで俺が次期国王に選ばれたと思ってんのかもしんねぇが、昔っから学問も武術も、ついでにコミュ力も俺の方が上だった。父上は、その辺マジでよく見てっから」

「そ、そんなわけがあるか! 試験も、手合わせも、私は貴様に負けたことなど……!」

「あぁん? 忖度って言葉知らねぇのかよ。接待の方が分かりやすいか? 俺が、あんたと本気でやり合ったことは一度。あんた、えらく凹んで、俺に口利かなくなったじゃねぇか。何だよ。こっちは引きずってたのに、自分は記憶抹消してんのかぁ?」


 言われっぱなしのパーシバルは、顔を真っ赤にして悔しそうに唇を噛んでいる。

 これが憧れの兄だと思うと、ルディウスは情けなくなってしまうが仕方がない。今のルディウスにとってのパーシバルは、敬うべき兄ではなく、大切な人をかどわかそうとし、さらに死亡フラグを生成する存在なのだ。


「じゃあよ、兄上。痛み、取ってやるから本気の兄弟喧嘩しようぜ。あんたが勝ったらここでティナと式を挙げろよ。ついでに次期国王の座もやるよ。その代わり、負けたら城を出てけ」

「その言葉に二言はあるまいな」

「不良は嘘つかねんだよ」


 ルディウスは治癒魔術をパーシバルに施すと、余裕たっぷりに両の拳を握りしめる。

 一方、パーシバルは最後のチャンスに全てを賭けて、白銀の両手剣を鞘から抜き放つ。


 数秒間、緊張した聖堂内で、兄弟は睨み合い――。

 外からの衝撃でステンドグラスの一部がパリンッと砕け散ったと同時に、二人は床を強く蹴り上げた。

 拳と白刃が重なり、どうっと重たい魔力の波が空気を震撼させた。




 ***

「あら、殿下。もう終わりましたの?」


 ルディウスがバキバキと指を鳴らしながら聖堂の外に出ると、白馬に横座りしたマルティナが、優雅に周辺を巡回しているところだった。

 彼女は蒼薔薇の刺繍があしらわれたウエディングドレスを身に纏っており、無論口には出さないが、ルディウスは天馬に乗った美しい女神がいるのかと錯覚を起こしかけてしまった。


「お、おう。てめぇも早かったな。加勢してやろうと思ってたのによ」

「パーシバル様の部下は骨がありませんでしたわ。水魔術で綺麗に洗い流してさしあげました」

「さすが、歴代最強の戦乙女ヴァルキュリアはちげぇな」

「戦乙女だからではありませんわ。貴方の妻になる女だからですわ」


 クスクスと楽し気に肩を揺らすマルティナは、とても死亡フラグを払い除けた直後とは思えない落ち着きようだ。

 数多の死線を越えていると、人はこうも逞しくなるのかと、ルディウスは恐ろしいほど感心してしまう。


(前世で画面越しに見てたマルティナとは、似ても似つかねぇぜ。つくづく、いい女だ)


 ルディウスが、またもマルティナが女神に見えてきたためぼぅっと見惚れていると、彼女から「殿下?」と甘い声を掛けられ我に返った。


「早く、大聖堂に参りましょう。ディヴァンに何とか誤魔化してもらってますけれど、新郎新婦が長く不在というのは不審ですもの」

「そうだな。行くか」


 ルディウスは大地を強く蹴り上げ、マルティナを抱え込むように白馬にひらりと跨った。

 いつものルディウスの愛馬――「盗んだ軍馬」ではないのだが、マルティナの白馬は機嫌よく大聖堂に向かって駆け出して行く。


「殿下は、動物に好かれますわよね。お好きなんですの?」

「まぁな。捨て犬の世話とか、よくしてたぜ」

「ふふっ。前世でもお優しかったんですのね」


 風を切って進む馬上での他愛ない会話が心地よく、この時間がいつまでも続けばいいのにと思わずにはいられない。

 だが、その一方で彼女と歩む未来が楽しみで仕方がないルディウスがいた。

 一時は、次の朝が来ることが恐ろしかった。朝起きたら、彼女が原作の強制力で死んでしまっているのではないかと不安で眠れなかったというのに。

 今では明日は彼女と何をしようか、どこへ行こうかと毎晩毎朝ワクワクしているのだ。


「ありがとな」


 不意に、ルディウスは感謝の言葉を口にした。とびきり照れた様子で耳まで真っ赤になっており、エメラルド色の瞳が今にも泳ぎ出しそうになっている。けれど、恥ずかしさを堪えて、マルティナの目を真剣に見つめていた。


「ティナを愛させてくれて、ありがとう。俺を愛してくれて、ありがとう」

「ねぇ、殿下。……いいえ、ルディ。その愛は永遠ですの?」


 マルティナの悪戯っぽい問いかけに、ルディウスは思わず顔をくしゃくしゃにして笑った。


「永遠に決まってんだろ」




                             《FIN》

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伯爵令嬢はヤンキー殿下の婚約破棄を認めない! ゆちば@「できそこないの魔女」漫画原作 @piyonosuke

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