二人称

八田部壱乃介

貴方のこと

 貴方はこの文章を読んでいる。小説の形をなした文章を端から端へと目を動かしながら、文字の羅列を頭に刻み込んでいる。貴方はこれを見て自分の行っていることを実況されていることに気がつく。そしてまた、今の文章が実況についての説明であり、また今の文章が実況の説明についての説明であり、また今読んだ文章が実況の説明の説明に纏わる説明である──と入れ子のように際限なく続く旨を読み進めている。

 貴方はこれを眺めながら、「なんだこれは」と思った。それとも或いは「そんなこと思ってない」とも。この時点で貴方は、この文章が正確に実況し切れていないことに思い当たった。貴方は自分の考えていることを説明しているようで、実はそんなことはないのではないかと疑うようになる。

 しかしこの文章は確かに貴方を説明しているし、疑いを持ち始めた貴方の存在は嘘ではない。また貴方はそもそも疑っていなかったとする向きもある。貴方は今まさに説明の軸がブレてきていると考えるようになった。貴方は苦笑しながら、或いは訝しみながら、または目を滑らせながら。

 どうやらこの二人称は不確かだと貴方は思う。断言する割には貴方とは何ら一致していないぞ、と。けれども貴方はこうも発想する。もしかするとこの文章は確かに貴方のことを説明していて、当て嵌まらない貴方自身が異常なのではないか。

 確かにこの文章は貴方を説明し、またこの文章に違和感を抱いた貴方の存在も正しい。では何故こうも説明の幅が増えているのか、と貴方は疑問に思う。同時にこの文章を読み進めていけばその答えに行き着くのではないか、とも。そして貴方は分断された現実セパレート・リアリティという言葉を知る。これが意味するのは量子もつれであり、たった今、可能性が枝分かれし、貴方は増殖したのだということも。

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二人称 八田部壱乃介 @aka1chanchanko

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