桜の下には死体が眠る、とは良く聞いたフレーズだ。

それほどまでに桜には見るものを惹き付ける言い知れぬ妖しさがあるのだと、当時の私は思っていた。



「そんなの、迷信だろう」

「…夢がないな、お前は」



そんな私のぼんやりとした信心をにべもなく切り捨て、友人は数刻前からずっと目を通している本から一瞬たりとも目を離すことなくページだけをめくり続けている。



「どこかの小説にもあっただろう?そんな話が」


「あったかもしれないが。それこそ夢物語ではないのか?」


「…それは。…そうかも、しれないが…」



ここまでにべもなく論破されては、ただ暇を持て余した故に選択しただけの話題だけに何も言えなくなってくる。


いや、そもそも。この男はそんなに否定的な男でもなかった気がするのだが、どうした事だろうか。桜がそんなに気に障る事でもあっただろうか?



「いや、…違うな。済まない。そこまで語気を強めた覚えはないんだが」



ふと、そんな自分にようやく気付いたのか、考えを巡らせていれば顔に出ていたのか彼からの謝罪が返る。


見ればやっと文字列から目を離し、自分を真っ直ぐに見つめていた。黒曜石の瞳に、外の桜が映り込む。




―――嗚呼、そうか。




「…いや、俺こそ済まない。無神経だった。…惜しんで、くれているんだな」


「当たり前だ。…どうなろうと、幾つになろうと。お前は、俺の友人だ」






宣告日まで、後三日。






 

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