第3話悪役だって時には誰かを救う

 「は、恥ずかすぃぃぃぃぃよーーーー!!」

 俺は今、猛烈に後悔していた。

 何がヤマタノオロチだよー!8つも頭ねぇよ!2つしかないよ!体の1番上にあるやつと亀さんの頭しかないよ!

 それよりもあの、先生に言った『俺の白蛇になってくだせぇよ。』あれはやばいよ!

 なんかプロポーズみたいになってない?

 恥ずかしすぎて先生の事直視出来なくなったんだけど!

 でも先生オッケーみたいな事言ってたような。

 それに最近よく誰かに見られている気がするんだよなー。

 ま、まさかな・・・・ハハ、ハハハハハ・・・・。






 時は流れ、本日は文化祭当日。

 各クラスの生徒たちが一致団結し、今日のために準備し、温めてきた1つの出し物を皆さんに披露し、感動を、楽しさを、そして青春を共有する。

 そこから生まれる、一体感、充実感は何物にも変えられない、仮に失敗してもそれはそれで印象深い思い出になり、笑い話に変わる、まさにご都合主義。

 つまりイージーなクエスト、そこまで気負いする行事ではないはずなんだが・・・・。

 それは一般論で、その枠に当てはまらないものは一定数いる訳で。

 「ねぇ青川君。ぼ、ぼきゅの足なんか生まれたての小鹿みたいじゃない?」

 サッカー部の奴ーー!緊張するのは分かるけど!生まれたての小鹿どころじゃないよ!電マみたいになってるよ!

 「あのー俺、緑川です。」

 「そうだよね。ごめんね、濁川にごりかわ君。それより鼻毛とか出てない?」

 緑川だよ!なに韻踏んでんだよ!俺の心が濁ってるってか?!今お前に手が出そうだわ!

 「大丈夫だよ。いつも通り震えるほどかっこいいよ。王子頑張ってね。」

 「そ、そうかなー。ありがとう。女の子を震わせてくるよ。もちろん相手は決まってるけど。」

 そう言って彼は俺の前を去った。

 女の子を震わせるという言葉には少しどころかとてつもなく恐怖を感じたが、キラキラ主人公の彼ですら思いを伝えるのはかなり緊張するらしい。

 彼のそんな大一番の勝負を俺は壊そうとしている。

 どんな形であっても、どんな言い訳をしてもその事実だけは変わらない。

 どこまで行っても悪役。どんなやり方をしても敵。

 俺の心は本当は濁っているのかもしれない・・・・。





 「なぁ緑、このマスクすっげぇくせぇんだけど。」

 「それはお前が、お前の口が臭いんだよ。」

 俺たちは今、衣装に着替えている。

 衣装と言っても俺たち畜生共の衣装は各動物の仮面のみという貧相なものなんだが。

 予算の都合という事らしいが、うん。ひどくね?

 王子とか白雪姫、白雪姫のお母さん役の衣装はもはや本物。

 7人の小人ですら全身ある。

 せめてつなぎの着ぐるみみたいなの着たかったよ!

 でも贅沢は言えない。俺たちは仮面があるだけましだ。

 「狂戦士の者ども集合。」

 そんな英雄の号令に我ら畜生役共が集合する。

 「なぁお前ら、この俺を見て何か言う事は無いのか?」

 そんな号令をする英雄の役は喋るインコという、俺たちの中で1番のイロモノ枠で何もせずとも目立つのだが・・・・。

 「もう役に入ってるんだな。」

 「入ってねぇーよ!今喋っているのはインコとしてじゃねぇよ!人としてだよ!」

 「なんだよ、紛らわしい。」

 「お前が馬鹿なだけだよ!ゴリラ、お前の方が紛らわしいよ!今動物園行ったら間違いなくツイッターのトレンドに入るよ!」

 「ちょっと何言ってるか分かんない。」

 「サンドウィッチメーーン!なに?コントしたいの?もういいよ!お前黙って自分の胸でもウホウホ叩いとけよ!なぁ、一般人代表の緑川なら分かるだろ?」

 一般人代表になったつもりはないがまぁ・・・・。

 「お前だけ仮面がないって事か?」

 「模範的解答ありがとう。そうだ、そうなんだよ!おかしくない!?その代わりにジェルタイプのワックス渡されたんだけど。これでトサカ作れって言われたんだけど!ちなみに出来上がりがこちらです。」

 そう言って彼は自分のテカテカでとんがった頭を指さす。

 まぁインコと言えばインコ何だろうが、行き過ぎたロックバンドのギターの人のようにも見える。

 「サッカー部の奴め、覚えてろよ。いつかあいつのゴールデンボールをオーバーヘッドしてやる。」

 ぶっ飛んだこと言ってやがるぜ。まぁ陰ながら応援してやるよ。





 

 なんやかんやあったが各クラスの出し物が始まる。

 少しひいき目があるのかもしれないが、1年生2年生の出し物と3年生の出し物を比べてしまうと、やはり我々3年生の物の方が何枚か上手に見えてしまう。

 最後というのが良いスパイスになっているのか、血気迫った迫力というか、そこに込められた熱がこちらにも伝わる。

 かと言って、1年生2年生にやる気がないという訳ではない。

 3年生に負けず劣らずの出し物もあった。まぁひどくグダった物もいくつかあったが。




 そしてついに俺たちの劇『白雪姫』が始まる。

 感動的な物にしたい、楽しみたい、見てくれる人を笑顔にしたい、目的を達成したいといったさまざまな私利私欲にまみれた、一致団結なんて到底不可能だと思われる状況でも、『最後はみんなで成功させたい。』という1つの共通の思いで、クラスがまとまる。

 もちろんその中にも俺はいる訳だが、俺は俺たちの作り上げたこの作品をぶっ壊す。

 このクラスが嫌いという訳ではない。仮に嫌いでもそんな大それたこと、俺はしないだろう。

 だが、俺たちの劇がサッカー部の奴のために、彼の告白のフリに使われているようで、それがどうしても許せなかったのかもしれない。

 その告白相手が赤城宇黄音であることが、彼女が本心を伝えられないこの状況を傍観している自分が許せなかったのかもしれない。

 そんな俺自身のエゴと、先生からの依頼も兼ねて、ぶっ壊すことを決めた。

 赤城宇黄音本人に頼まれた訳ではない。ましてやヒーローを気取るつもりも毛頭ない。

 これは1つのけじめの様なものだ。

 彼女に秘めた俺の叶わぬ思いに終止符を打つための最初で最後のお節介。

 蛇のように地面を這いつくばってでも成功させてやる。





 劇の始まりはナレーションから。

 最初から最後まで原作通りには時間的にできないという都合を解決するための常套手段。

 俺たちの劇は白雪姫が7人の小人の家にいるところから始まる。

 そういったナレーションから幕が上がり、幕の裏でスタンバイしていた白雪姫と7人の小人がお披露目された。

 幕が上がり、キャストが見えるや否や見ている人からの拍手と、「おおー」とか「あの子かわいくね」といった声が聞こえる。

 まぁもちろん、いつでも可愛いんだが、今日は磨きがかかっている。

 いつもの艶やかな長い黒髪の毛先がクルクルと、まさに『お姫様カール』と名称されるようなものにヘアセットされており、パッチリした目にのったラメ、いつもより目元をキリっとさせている少し長めのアイライン。

 頬には華やかな笑顔をさらに強調するための薄ピンクのチーク、プルンとみずみずしい唇には赤い口紅。

 正直、本物の白雪姫には申し訳ないぐらいに今日は可愛い。

 なんて罪作りな女なんだ。今回罪を作るのは俺だから控えていただきたいんだが。




 小人の家の中でのテンプレ通りの会話が終わり、白雪姫と共に家から出てくるシーンへと変わる。

 ここが俺たち動物役の最初で最後の出番がくる。

 「あらあら小人さん見てください。あちらに可愛らしい動物さんたちがいますわ。」

 「「「「「「「本当ですね、姫。」」」」」」」

 「どうもこんにちは。私、この動物たちのリーダをやらせて頂いております、喋るインコことチキンです。」

 「まぁ、見てください。このゴリラ、バナナを2本も持っていますわ!」

 誰だーこのセリフ言わせた奴ー!下品すぎる!

 「ちょ姫さん、下の方のバナナは違うバナナです。それは南国限定とかではなく、男限定のバナナです。あとしれっと無視しないでください。」

 「うわーこの豚さん可愛いー!この豚は飛べる豚なのかしらー。」

 「コケッココッコケッって鳥違い!鶏とセリフ取り違えちゃったー!なんちゃって!」

 「すいません小人さん、今日の晩御飯は鳥のから揚げでお願いしますわ。」

 「ちょ、おいやめろー!くそがー!飛べない鳥はだいたい足が速い!」

 そんな感じで幕が降りた。そう俺たちの、いや、英雄の役目はこれで終わり。

 そもそも喋れるのは英雄だけ、英雄以外の俺たちはただ英雄がコケにされているのを仮装しながら見ているだけ。

 唯一喋れる英雄ですらこのありさま。

 うん、ひどくね?



 

 その後も順調に劇は進み、白雪姫は毒リンゴで倒れ永遠の眠りに。

 そして、王子のキスを待つという状態まで進んだ。

 どうやら王子ことサッカー部の奴はここで勝負を決めるらしい。

 この場で、この最高のシチュエーションで赤城宇黄音に告白を。

 だがそれは俺ことヤマタノオロチの動き出しをも意味するわけで。

 「「「「「「「王子様!どうか姫を、白雪姫を目覚めさせてください。あなたたちの真実の愛で!」」」」」」」

 「任せてください。ですがその前に、1つ伝えなければならないことがあります。白雪姫、いや、赤城宇黄音さん。僕はあなたのことが好きです!今から僕はあなたにキスをします。僕を、僕の告白を受け入れてくれるのなら、あなたのその深紅の唇で迎え入れてください!」

 王子は震える体で、震える唇で、だがそれでも強い口調で、大きな背中で愛を伝える。

 一世一代の大勝負。周りの観客はざわめき、その場にくぎ付けに。

 分かっている。ここしかない。

 さらに盛り上がるぜ、悪役様の登場だ!

 「おいおい王子。寝込みを襲うのはいかがなもんかと思うぜ!真実の愛?馬鹿馬鹿しい。そんなもんありゃしねぇよ!王子、お前はたしかにすごいよ。こんな大勢の他人の前で自分の気持ちを愛を告白したんだからな!だがなお前は1度でも相手の気持ちを考えたのか?告白された側の気持ちを!」

 「な、何を言っているんだい君は?」

 「相手はなお前と、いや、お前以上に注目される。これから毎日後ろ指を指される、注目の的になる、嫌なからかいも受けるだろう。お前はそれらから守る事が出来るのか?」

 「当り前だ。そんなの承知の上だ。」

 「それはこの告白が成功したらの話だろ!失敗したら?お前はそれでも今と同じ答えが出せるのか?!」

 「え・・・・。」

 「ふん!やはりその程度か。皆さん、これが真実の愛ですか?こんな無責任な愛が、一方的な愛が姫を目覚めさせることのできる愛なのですか?」

 場の空気が凍る。まぁそりゃそうだろうな。蛇の仮面かぶった変な奴が王子に物申しているというシュールすぎる状態だしな。

 さて最後の仕上げといきますか。

 「姫さん、そろそろ寝たふりはきついんじゃないですか?・・・・まぁいいや。それはそうとして、1つ不躾ながら素晴らしい教えを押し付けましょう。言いたいことは、伝えたいことは口を動かさなければ伝わらない。なんとかなんてならない。自分が行動しなければ世界は変えられない。だが逆を言えば口を動かすだけで世界は変えられる、未来を変えられる。大それたことなんてしなくていい。言葉は未来への鍵になり得るんだから。」






 「お疲れさまでした、でーいいんでしょうか。」

 俺は今、人気のない保健室に我が担任である深月凛と2人きりでいる。

 この状況だけ見れば俺の蛇がまっすぐ垂直に、ガチガチに伸びても構わないのだが、そんな雰囲気では決してない。

 俺の蛇は至って平常。もちろんやるときはやれる子だぜ!

 「あの後は、どうなったんですか?」

 「緑川君のー思惑通りー彼女はー自分の本心をー伝えていたよ。」

 「そうですか。良かったです。」

 「それにしてもー驚きました。まさかーあんなやり方でー姫をー救うなんて。たしかにー君がー1番目立てばー彼女への好奇心よりもー告白をー止めたー謎の蛇仮面にー興味が湧く。」

 「はぁ。ありがとうございます。」

 正直もっとうまいやり方はあったのかもしれない。俺のやり方だと彼女への負担はゼロにできたとは言えない。少なからず彼女には何かしら厄介なものがとりまとうだろう。

 でも俺は生まれながらにしてヒーローという訳でもないし、物語の主人公という訳でもない。

 本来は冴えないモブキャラとして一生を過ごす世界線で生きる存在だった。

 これは言い訳に過ぎないが、これが俺が必死に運命に抗った結果だ。これ以上を求められても困るというものだ。

 「はっきり言ってー見ていてー気持ちのいいものではーありませんでした。この結果はー緑川君、君自身のー犠牲によるーものだから。先生としてー誰かがー我慢すればーなんていうのはー容認できません。でもーそれはー偽善でー今回のことに関してはー私はーあなたになに1つー叱ることはーできません。それにー君はー今回のことをー自己犠牲なんてー思っていないと思います。君のー今回の行動はー愛のなせる業、君の行動こそがー真実の愛であると。なんせー君の言葉でー姫はー永遠の眠りからー覚めたんだから。」

 「先生、それは買いかぶりすぎです。今回俺がこんな暴挙に出たのは先生が依頼してきたからですよ。先生が何も言わなければ俺はただの傍観者だったんですから。こんな他人任せの愛が真実の愛ならば、真実の愛の存在を真っ向から否定したことになりますよ。」

 「それでもー私たちーにはー君はーヒーローに見えた。君の言うー他人任せの愛によってー救われた人間がー少なくともー2人はーいる。君はー多くの人間をー敵にしたー悪役。でもー2人の人間を救ったーヒーローでもある。ならー今度はー君自身がー救われる、愛に触れる番ではーないのか?」

 「先生、仮面ラ〇ダーやら、戦隊モノが人を救った後、お金を要求しますか?絶対にしません。そんな、人の弱みに付け込むことをするのはヒーローなんかじゃねぇ。ヒーローに化けた狸だ。俺はあいにく、あんな腹の出た醜い妖じゃねぇ。俺はもっとスマートな蛇なんだから。」

 俺は先生に背を向け、部屋の扉に手をかける。

 「ひねくれてるのね。」

 「俺の蛇が背筋をピンと、真っすぐになるのは獲物を狙う時だけですよ。」

 







 文化祭から1日明けた今日。

 青春という魔法も解けた学校に今日も今日とて向かう。

 電車が苦手なのも、うざったい声の後輩や、他校の奴に湧く殺意も何1つ変わらない。

 勉強をしなければならないことも、集中力がないことも。

 ということで、今日の勉強のお供を発表させてもらう。

 今日は午後の〇茶(レモンティー味)にした。

 これを午前中に飲む。なんだか今日は悪いことをしたい気分だった。

 この背徳感。おいおい止めるんじゃねぇぜ。

 おっと、そろそろヘブンズゲートが開くころだ。

 さて、今日もいつも通り傍観者になるか。

 「お、おはよー。」

 くっ!数学の野郎、俺に歯向かうなんていい度胸だ。

 「ねぇ、聞こえてるでしょ。」

 サインコサインって何だよ!バインボインの方がヤル気上がるだろ!

 「無視するなバカーーー!」

 「痛ってー!!」

 「お・は・よ・う。」

 「お、おはようございます?」

 え、うん?赤城宇黄音?

 「蛇仮面、あんただよね。」

 「仮面ラ〇ダーの話?あいにく俺はプ〇キュア派なんだよね。あんな虫けらに興味湧かないし、全身黒タイツのあいつに敵意湧かないんだよねー。」

 「仮面ラ〇ダーをバカにしないでよ!あんなに愛と勇気をくれるのは彼らしかいないわ!」

 「馬鹿野郎!この世には愛と勇気だけしか友達のいないかわいそうなパンがいるんだぞ!」

 「ご、ごめんなさい。って違うのよ今日は用があるのよ。」

 この車両の天使である赤城宇黄音から用件だと!そのオレンジジュースのストローをくれるのか?

 「はい。これあげるわ。」

 そう言って彼女は俺の足に『オレンジジュース』を乗せた。

 もちろん飲みかけではなく、新品の。

 「ってなにちょっと残念そうな顔してるのよ!これおいしいのよ!」

 べ、別に、飲みかけが欲しいとかじゃないんだからね!

 「これはあなたへの感謝の気持ちとかじゃないから。ただの愛の押し売りよ!」

 「へーへー、そうですか。」

 「でもこれだけは言わせて。・・・・・・・・拝啓、真の王子様へ。私を永遠の眠りから目覚めさせてくれてありがとう。こころより感謝を申し上げます。・・・・これにて3年4組による『白雪姫』終劇。」

 言い終わると同時に彼女は周りの目が無かったかのように手を強く叩く。

 そんな彼女の目には少し涙が溜まっていた。

 「おい。どうした。何泣いてるんだ。もしかしてあれか、俺が劇の途中でいなくなったからか?それはお前のせいじゃないぞ。あんな場所こっ恥ずかしくていれなくなって逃げただけだから。お前は何も悪くないんだからな。」

 「あっ、あんなところに藤〇弘が!それじゃまた。」

 初めての彼女との会話は何ともせわしない、落ち着かないものになった。

 まぁとりあえず『オレンジジュース』で一息つくか。

 俺は紙パックの飲み口を開け、新品のストローを差す。

 1口ごくりと飲んでみた。

 あまり得意ではない、あの中途半端な苦み・・・・あれ?

 『オレンジジュース』ってこんなにしょっぱかったっけ。

 

 


 

 






 

 

 

 






 

 

 

 

 


 

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オレンジジュース 枯れ尾花 @hitomu

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