現実は理不尽なのか、理不尽だから現実なのか

 ワルヤのロングソードは折れた。刀身が宙に跳ぶ。

 弾き飛ばされたワルヤもまた、宙を舞っていた。


 だが、同時にワルヤはマントから手当たり次第にものを引っ張り出してばらまく。

 攻撃のためではない。


 冠蜥蜴バジリスクの“視線”から逃れるための死角を作るため。


 別に堅牢である必要は無い。

 逆に柔らかくても良いのだ。扱う事も容易たやすくなる。


 ばらまかれたのはテントや寝袋。

 それでも形を変えて、その影に身を伏せれば、呼吸するだけのは稼げる。


 その瞬間がどれほど貴重なものであったのか――


 カリトゥは丸められたテントを盾にすることで空気を肺に送り込むことが出来た。


 ワルヤもまた身を低くして積み重なった寝袋の後ろで、今度は慎重にマントから何かを引っ張り出そうとしている。


 そうやって頭を下げ、2人がジッと息を殺している間。

 バジリスクは2人を睥睨へいげいしていた。


 本当に冠をいただいた王のように。


 だが、その王に反逆することを2人は諦めなかった。


「ワルヤさん! 無茶をやって隙を作ります! でも、それ以上は無い!」


 手元に何かを引き寄せながら、カリトゥは声を上げた。


「無茶って何だ!?」

「言ったら、止められて面倒です!」


 応じながら、カリトゥは「理力光渡鞭ワイヤー」を何かに結びつけていた。

 そしてワルヤは、その言葉を流すことに決めた。余裕があるわけでは無いのだから。


「わかった! 後がないことがな! 俺もとっておきを出してるところだ」

「やっぱり、あるんですね!」


 と、叫びながらカリトゥはテントの影から飛び出す。革鎧の下に隠してあったポーションをあおりながら。


 途端、バジリスクがその姿を捉えようとする。

 だがカリトゥの速度がそれを許さない。


 しかし、これではカリトゥは止まることも出来ない。

 ただ逃げ回るだけだ。


 だから次は当然――


 ワルヤが立っていた。

 その身体全てを覆い隠せるようなグレートソードを突き立て、青い灯りを乱反射させながら。

 

 それはバジリスクの注意を引きつけるためというよりは、完全に挑発だった。

 バジリスクの首が、ワルヤに向かってもたげられる。


 そしてカリトゥは、その隙を生かすためにためらいを捨てた。

 ワイヤーが結わえられた何かを、バジリスクに向けて投げる。


 バジリスクの皮膚はそれほど固いわけではない。

 1度は頭の上に乗ったことで、カリトゥはそれに確信があった。


 だからこそはバジリスクの体のどこにでも刺さる。


 ――牛頭人身ミノタウロスの角ならば。


 狙いあやまたず、角の切っ先がバジリスクの前脚に突き刺さった。当然、その角にはワイヤーが結びつけられたままだ。


 そしてワイヤーは精神力で武器を強化するアイテムだ。

 では、それがモンスターと直結したら?


 普通なら、起こるはずの無い事態だ。

 だがそれが起こってしまえば、どうにかして現実は受け入れてしまうもの。


 ――カリトゥとバジリスクの精神力のせめぎ合い。


 今回はそういう形で具現化してしまった。……そう具現化せざるを得なかった。


 カリトゥが悲鳴を上げる。まるで泣いているかのように。

 こんな無茶をして、無事で済むはずが無いのだ。


 だが、その無茶がバジリスクの精神を打った。

 その巨体をくねらせ、おとがいをワルヤの前にさらさせたのだ。


 この体勢ではワルヤもバジリスクの視線を気にする必要は無くなる。


「無茶を!」


 叫びながらワルヤがグレートソードを構え、身体ごと突撃した。その切っ先は真っ直ぐにバジリスクの下あごから頭部を貫く。


 血が……溢れ出た。

 青い。青い血だ。そこにどうしようも無い理不尽さを感じるが、確かにそれは血であったのだろう。


 流れ出すにつれて、ジタバタとうごめいていたバジリスクの四肢がダランと垂れ下がり、痙攣けいれんし、ついには巨体から力が抜け落ちてしまう。


 それによって、その重量の全てがワルヤにのしかかってしまった。なんとかして抜け出そうと、今度は逆にワルヤがジタバタともがき始める。


「て、丁寧に……」


 その時、カリトゥが声をあげた。

 倒れてはいない。だが膝を付いて、息も絶え絶え……と言うよりも、息をすることさえ難しいようだ。


 ワイヤーはバジリスクが暴れたことで、幸いにも――あるいは計算通りに――外れていたが、それを回収する余力は無い。


 そんな状態のカリトゥは必死になって、さらにワルヤに声を掛ける。


「目を……瞳を回収……それが無いと……」

「赤字になるとでも?」

「違う……いた事……倒した事の……証明……」


 それが限界だった。

 その限界が事切れる直前まで、カリトゥの指示は的確と言うしか無かった。


               ▼


「う……ううん……」


 寝袋の中で身悶みもだえしながら、カリトゥが声を出した。

 うっすらとまぶたが開く。


 緑の瞳に入ってくる、その光の刺激だけで十分だったのだろう。

 一気に覚醒かくせいしたカリトゥは腰の後ろに手を当てて、寝袋から身体を抜き、膝立ちになった。そして周囲に視線を巡らせる。


「……多分、気抜いても良いぞ」


 巡らせた視界の隅、ワルヤが立て膝で干し肉をしがんでいる姿が見える。


「多分?」

「ああ。どうも、ここには他のモンスターが入ってこないようでな。そういう風に出来ているのか、ただ単純に怖いだけなのか」


 そう言われて、カリトゥはここがあの広間ホールであることに気付いた。

 そして呆れたような声を出す。


「大胆……と言うよりも愚かバカですね」

「そう言うなよ。後片付けに、目玉の回収。で、君を運ばなきゃいけないんだ。“よじげん”マントに君を放り込むわけにはいかないからな」

「それで疲れて、あれこれと投げやりになったと?」

「そういうわけだ」


 まったく悪びれることなく、ワルヤは堂々と返してきた。

 ここまで開き直られると、カリトゥも力が抜けてしまう。


 ……疲労は未だ身体の芯に残っているのだから。


「それで気付いたんだろう?」


 だが、ワルヤはカリトゥを休ませる気は無いようだ。

 干し肉を囓りながら尋ねてきた。


「……何がですか?」

「そうやって、ごまかしてもどうにもならないだろう? マコトが引退した理由だ」


 その指摘が、カリトゥの頭に血を上らせた。

 顔が真っ赤に染まる。


 だが声は出さなかった。

 声を出すことで、それが真実ほんとうになることから逃げ出すように。


 それでもワルヤはそれを許さなかった。


「バジリスクとの戦いで――いやもっと前からわかっていたことだ。マコトはもう、この区画のモンスター相手にすることも難しくなっていたんだろう?」

「…………」

「そんな状態のマコトがバジリスクと戦うことになってみろ。死んでしまう。誰がどうかばっても。それどころかパーティー全体が危機におちいってしまう。それがわかるからこそ君はマコトの引退を認めたんだ。そしてマコトは君がそれに付き合うことがいやだったんだろう」

「そ、れは……」


 カリトゥは何とかワルヤを止めたかった。

 つむぎ出される言葉を否定したかった。


 しかしそのすべが無い。

 あまりに無慈悲で、くつがえしようのない現実にはあらがう事が出来ない。


 その現実とは――


「――マコトは弱くなったんだ。もう、どうしようもなくな」

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