第7話 知恵の都 ウィズコ
ラバーナの町を発って一か月。
いくつかの町を経由して、俺たちはようやく『水の都 ウィズコ』へと到着していた。
道中は穏やかで、特に大きなトラブルに見舞われることもなかった。
ナーシャとアシュレイのことに関しても、ある程度は心の中で決着がついた。
アシュレイが秘密を明かしているのがナーシャ一人である以上、このパーティで孤独となりがちな黒騎士に彼女が心配りをするのは必然だと思える。
時々は、その距離感の近さに嫉妬の心が顔を出すこともあったが、ナーシャの俺への態度が変わったということもなかったし、黒騎士も必要以上に彼女に近づくことはなかった。
やはり、神経質になりすぎていたのかもしれない。
「久しぶりだけど、変わらないなぁ……」
「懐かしいのです?」
「半々、かな。ボクにとってはあまりいい思い出のある場所じゃないし」
馬車の中から大通りを眺めながらティナは苦笑する。
「宿についたら、荷解きをして『知恵の院』へ向かって、勇者到着の件を院長に知らせてくれ」
「アシュレイは来ないのか?」
「私は少しばかり用事がある。それに私はあくまで道中と神殿への案内役だからな」
なるほど、お守りは任務の外ってことか。
少しばかりカチンとしながらも、俺は黒騎士にうなずく。
ほどなくして、俺たちは商人たちでごった返す通りの一角に居を構える小さな宿に到着した。
『歌うアヒル亭』と看板のかかったその宿は、見た目通りに狭い造りではあったが、どこかほっとする雰囲気で、俺たちはすっかり気に入ってしまった。
「この宿はしばらく貸し切りにしてあるから、ゆっくりしてくれ」
「そうなのです?」
「ああ。次に向かう大陸南部地方は、今の季節渡れないからな。ここで一か月ほど逗留することになる」
「うぇ……」
ティナががっかりとした顔をしてうなだれる。
両親のいる故郷なのだから、ティナは実家に顔を出せばいいのに、と思うのだが。
「では、私は出かけてくる。『水の試練』については任せた。検討を祈る」
「わかった」
うなずく俺に軽く手を振って、鉄仮面の黒騎士が宿を出ていく。
せわしないことだ。
「じゃあ、俺たちも荷物を置いたら『知恵の院』へ向かおう」
「そうだね。道案内は任せてよ」
気を取り直したらしいティナが、笑顔で立ち上がる。
「しかし、アシュレイはどこに行ったんだ? この街に知り合いがいるなんて話、聞いてないぞ」
「謎が多い人なのです。でも、悪い人ではないのです」
「……だろうな」
ここまでの道行がこうも順調なのは、間違いなくアシュレイの功績だ。
俺たちだけではこうはいかなかった。
それに、リズがこう言っているのであれば、きっとそれは正しい。
冒険者となる前から観察眼が鋭いリズは、本能的に悪意を感知する。
そのリズが警戒もせずにこういうのだから、悪人ではないのだろう。
「ヨシュア。はい、これ」
ナーシャが荷物の中から、マントを取り出して俺に手渡してくれる。
白地に青と金の刺繡が入ったこれは、俺を勇者と示すものだ。
国を超えた先でも、俺の身分を保証するものでもある。
「ありがとう、ナーシャ」
「うん。やっぱりよく似合ってる。さあ、いきましょう? 勇者様」
笑顔のナーシャにうなずき、『知恵の院』へ向かうべく俺たちは宿を後にした。
◆
「院長はお会いになられません」
「え?」
『知恵の院』のホール。
受付の職員が告げた言葉は、いささかつっけんどんで一方的なものだった。
「どういうことですか?」
「どうもこうも……院長閣下はご多忙でいらっしゃいますので。アポイントメントをおとりになって、順番をお待ちください」
「俺は、『水の試練』を受けに来た〝勇者〟です。なんとか許可をいただきたい」
俺の言葉に、職員が鼻を鳴らして笑う。
「〝勇者〟ですか? 前時代的な概念ですな」
「な……っ」
「そのような胡乱な存在の力など借りずとも、人類は魔王を下せます」
職員が見下した様子で俺たちに嘲笑の視線を向ける。
「いまや『水の神殿』はこの街の心臓部です。そんな場所に勇者などという胡散臭い者を招き入れるなど、とてもじゃないですがありえませんよ」
「魔王の脅威はすぐそこにまで……」
「いいえ。ウィズコの民はそのような者に屈しません。知識と魔法。この二つの柱によって、必ずや魔王を打ち滅ぼします」
ナーシャの言葉をさえぎって、職員が高らかに宣言する。
ここにきて、ティナの言っていたことが少し理解できた。
価値観が、違うのだ。魔法と知識に偏向した強い自負と自信が、視野を狭窄させている。
都市中枢の窓口を務めるような者が、それ以外の何物を認めないと宣言するほどに。
「ここはいったん退こう、ヨシュア」
「……そうしようか。いったん失礼させていただきます」
「ええ。出直されたほうがよろしいでしょう」
ティナに促された俺たちは、いまだに嘲笑を崩さない職員に一礼してその場を後にする。
頭には来るが、話にならないということは理解できた。
「さて、どうするか……」
宿への道を歩きながら、俺は大きく息を吐き出す。
まさか、危険な大洞穴に隔絶された『土の神殿』より、人に管理された『水の神殿』のほうが障害が多いなど予想もつかなかった。
業腹だが、ここはアシュレイに相談したほうがよさそうだ。
「なんなのです! あの失礼な男は!」
やり取りの最中は我慢していたリズが、感情を爆発させる。
「言い分も半分くらいは正しいよ。この町は『水の神殿』からもたらされる魔力で生活基盤を支えてるんだ。勇者とはいえ、魔法使いでも学者でもない他国の民に、心臓部をさらすのは軽々に許可できないさ」
ティナが眉根を寄せて、そう告げる。
この様子だと、この結果はある程度予想していたのかもしれない。
「何か、方法を考えなくっちゃな」
「そう、だね」
俺の言葉に、ティナが少し暗い顔でうなずく。
「それにしても、腹が立つのです! ナー姉、ちょっと付き合うのです!」
「ええ? リズ、なにするのよ?」
「やけ食いなのです! リズ一人ではさみしいのです! ヨシュ兄とティー姉は、アシュレイさんを揺さぶって作戦を吐き出させるのです!」
ぷりぷりと怒ったままのリズはそれだけ告げると、ナーシャを引っ張って人ごみに消えてしまった。
「やれやれ。だが、まあ……それが順当か。お土産を期待して、次の案を練るとしよう」
「そうだね。まずは宿に戻ってみようか」
二人きりとなってしまった俺たちは、苦笑しあって大通りを宿に向かって歩き始めた。
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