第7話 天谷舞

 今、俺は小柄で可愛い女性と2人っきりで教室にいます。

 現在は昼休憩。

 場所は美術準備室。

 相手は、あの『癒しの天使』の姉で俺たちのクラスの担任。


「いらっしゃい。唯川君」

「どうも」

「さて、今日も聞かせてもらおうかしら」

「相変わらず、好きですね」

「当たり前じゃない!可愛い、可愛い、大事な妹なんだよ!」


 ぷくぅっと頬を膨らませて、ズカズカと俺に近づいてきた天谷先生。

 この人も距離感がおかしいんだよな。

 まぁ、それが生徒たちから人気を得ているんだろうけどな。

 ところで、どうしてこんな状況になっているかというと・・・・・・。


 遡ること、俺が天谷さんと彼氏のフリをすることになった翌日のこと。

 俺は天谷先生に呼び出されていた。

 場所は美術準備室。

 時間は昼休憩。


「何で呼び出されたか分かるよね?」


 美術準備室に入るなり、すでに先に来ていた天谷先生にそう言われた。

 

「いえ、分かりませんけど・・・・・・」

「じゃあ、教えてあげる!唯川君さ、紫穂ちゃんと付き合い始めたよね!」


 そう言いながら天谷先生は俺に近づいてきた。

 その拍子に、天谷先生の髪の毛からどこかで嗅いだことの匂いが漂ってきた。

 

「えっと・・・・・・よく分からないんですけど」


 俺に彼女はいない。

 天谷さんの彼氏のフリならしてるけど。

 ん、天谷・・・・・・。

 たしか、天谷さんって紫穂って名前だったよな。そして、今、俺の目の前に立っているのは天谷先生

 天谷さんと苗字が一緒だ。

 これは偶然か・・・・・・?


「もしかして、天谷さんと何か関係が?」

「私は紫穂ちゃんのお姉ちゃんですっ!」

「えっ!?えーーーーー!」


 俺の驚きの声が美術準備室に響き渡った。

 マジか・・・・・・。

 今まで、気がつかなかった。 

 でも、言われてみればどことなく天谷さんに似ている。顔立ちも雰囲気も。

 

「マジですか?」

「嘘つく理由ある?」

「いや、まあ、ないと思いますけど・・・・・・」

「でしょ?というわけで、私は紫穂ちゃんのお姉ちゃんなのです!」


 天谷先生は、えっへんと胸を張って言った。

 

「それは分かりましたけど、さっきのは・・・・・・」

「そうそう!私が聞きたかったのはそれ!唯川君、紫穂ちゃんの彼氏になったの!?」

「どうしてそう思うんですか・・・・・・。それになんで、俺が天谷さんと仲がいいの知ってるんですか?」

「それは、私もあのカフェの常連だからだよ!唯川君!君のことも何度か見かけたことがあるのよ!」

「全然気がつかなかった・・・・・・」


 ということは何か。俺はお姉さんにずっと見られてたわけか。あんな場面や、あんな場面を。

 恥ずかしすぎるんだが!?


「そりゃあ、気づかないでしょう。紫穂ちゃんにバレないように、変装してるからね!」


 ここにも、天谷さんのストーカーがいた。

 まぁ、実の姉だし、別にいいんだろうけどな。


「で、何で俺が天谷さんと付き合ってるなんて思ったんですか?」

「だって、紫穂ちゃんが君を見る目が変わってたから」

「え?」

「とにかく!付き合ってるの?付き合ってないの?どっち!」

「それは・・・・・・」


 あのこと、話てもいいのだろうか。

 俺は一瞬だけ迷った。

 だけど、協力者は多い方がいいよな。

 俺は、あのことを天谷先生に話すことにした。


「えっ!?そ、そんなことがあったの・・・・・・」


 俺の話を聞いた天谷先生は顔を真っ青にしていた。

 妹があんな目に遭っていたなんて知ったら、そりゃあそうなるか。


「それで、唯川くんが紫穂ちゃんの彼氏のフリを・・・・・・」

「まぁ、そうですね」



 と、そんな感じのことがあって、話は今に戻る。


「本当は毎日でも呼び出して、近状報告をしてもらいたいくらいなのよ!」

「それはさすがに・・・・・・」

「でしょ!だから仕方なく、1週間に1回って我慢してるんだよ!」

「てか、俺に聞かずに本人に直接聞けばいいでしょ」

「それは出来ないよ。私は紫穂ちゃんとは会えないから」


 理由は知らないが、天谷先生は天谷さんに会うことが出来ないらしい。

 きっと家庭の事情というやつだろう。そこに俺が自ら首を突っ込むというのは失礼だろう。

 だから、俺は何も知らない。


「で、どうなの?あれからあの子、誰かに付き纏われたりしてない?」

「今朝、さりげなく聞いたんですけど、大丈夫っていってましたよ。僕もそれらしき人は見かけてませんし」

「そっか〜。よかった〜」


 俺の報告を聞いた天谷先生は安心し切った顔をした。

 本当に妹のことを大事に思っているのだろうな。

 まぁ、俺も負けてないけどな!

 変なところで対抗心を燃やしておく。

 

「でも、あの子、昔からいろいろと我慢するところがあるからね〜。唯川君!ちゃんとあの子のことを支えてあげてね!」

「そんなこと、言われなくても分かってますよ」


 ちょうど、今朝そんなことを思ったところだしな。


「それにしてもあの子も大胆な行動を取るようになったものね〜」

「そりゃあ、成長くらいするんじゃないですか」

「昔は引っ込み思案な子だったのに、3年も会ってないと変わるのね」


 天谷先生は遠くを見つめ、昔の天谷さんを思い出しながら言った。

 3年も会ってないのか・・・・・・。

 もしも、俺が天谷さんと3年も会えないってなったら、どうなるんだろうな。

 時間が経つにつれて忘れるのだろうか。

 いや、それはないな。

 俺が天谷さんのことを忘れることは何年経ってもないだろう。そのくらい、俺の中で天谷紫穂という女性は大きな存在だった。

 

「もし、何か困ったことがあったら、ちゃんとお姉ちゃんに相談するのよ!」

「分かってますよ。先生のことは頼りにしてますから」

「もちろん、紫穂ちゃんのことだけじゃなくて、学校でのこともよ」


 そう言って、天谷先生は俺の鼻をツンと突いた。

 そして、俺を残して美術準備室から出ていった。


「本当、人のことをよく見てるな」


 俺は近場にあった椅子に座って、コンビニで買ったおにぎりのビニールを破った。

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