第6話 訪れる人

 お祖父ちゃんが亡くなってから、お父さんは本家に出ずっぱりです。分家のウチが何か口を出せるような事は無いと思うのですが、家の中の雰囲気がピリピリしています。私は相変わらず頭痛に襲われますが、森綱さんから貰ったお守りを握ると頭痛が柔らぐので助かっています。

 森綱さんは一度だけ姿を現しました。「もう一度会った」とかじゃ無くて、姿を現したと言う表現がピッタリだと思います。と言うのも、私の部屋は2階にあるのですが、夜に窓をコツコツ叩く音がするので、何かと思って窓を開けると森綱さんが庇を掴んで、窓のチョットした出っ張りに爪先をかけて、怪盗よろしく現れたのです。あまりに驚いて声も出ませんでした。私が あんぐりと口を開けていると、森綱さんはスルリと私の部屋の中に入ってしまいます。いつの間にかキチンと靴は脱いでカカトの部分を片手でつまみ、しなやかに手首を曲げて持っています。


「こんばんは」


 突拍子のない登場の仕方の割に、挨拶はいたって普通です。私も思わず、「こんばんわ」と返し、何処に置こうか迷っている森綱さんの靴を預かりました。私も迷った挙句、靴底を上にして椅子の上に置きました。

「どうしたんですか? なんで普通に現れないんですか?」

 気が動転していたけど、たぶん私はそんな事を言ったと思います。森綱さんは時間が無いと言いました。そして、相手も組織化して、森綱さんにも見張りがつき自由に動けなくなった。そんな事を言いました。それからとてもショックな事を2つ言いました。


「千重ちゃん、あなたの祖父君は殺された可能性が高い」

 私が理解出来ずにいるのもお構いなく、立て続けに、

「千重ちゃん、あなたの命はあと49日しかない。千重ちゃんは8月9日に死んでしまう」


 訳が分からないながらも、私が咄嗟に「なんで?」そう質問しようとすると、私の唇は森綱さんの人差し指によって塞がれました。突然の事に目を白黒させていると、お父さんが私を呼ぶ声がします。しかも、声の大きさから判断して、私の部屋の扉のすぐ前にいるようです。いつ本家から帰ってきたのでょう。いつから私の部屋の前にいたのでしょう。


「千重。誰かいるのかい? 開けるよ?」


 私が答える前に扉がガチャリと開きます。扉を開けた隙間から見えるお父さんの、私の部屋をつぶさに観察する目には優しさの欠片も無いように見えました。どうしよう。私が慌てることでは無い気がするけど、私は竦みあがりました。


「なんだ、そんなに窓を開け放して、虫が入って来るだろう?」


 お父さんはそう言いながら、私の背後の窓を閉めに行きます。私は後ろを振り向くことも出来ません。カラカラと窓を閉める音が聞こえます。どうやら森綱さんは忽然と姿を消したようです。私は『どうか森綱さんの靴が上手く背もたれの陰になっていますように』それだけを祈っていました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る