第3話 印を持つ人

 森網じゃなくて、森綱でした。漢字が似ているので書き間違えです。あの後、森綱さんは4日連続で私の前に現れました。現れたと言っても、遠くから私を見ているだけです。私が森綱さんに気が付いて立ち止まると、森綱さんはお辞儀をして立ち去ります。その時は何がしたいのか分かりませんでした。存在だけを知っておいて欲しかったみたいです。


 4日目。何もして来ないとは言え、いい加減気持ち悪いので、今日も居たらお母さんに言おうと思っていたら、職質を受けている森綱さんに遭遇しました。私を見つけると助けを乞うように私に向かって手を振ります。もちろんダッシュで立ち去りました。けど、一生懸命に手を振る姿がで、悪い人じゃなさそうだ。とも思いました。


 それから2日間、森綱さんは姿を見せませんでした。ホッとしたような残念なような気持ちです。森綱さんがダレなのか分からないけど、森綱さんの声とルビーのピアスには覚えがあるような気がします。警察に連れて行かれたので、大丈夫だと思ってお母さんに森綱さんの事は言いませんでした。


 森綱さんが警察に連れて行かれた日から3日目、私は頭があまりにも痛いので学校を早退しました。中途半端な時間の閑散とした坂道を額を押さえながら上っていたら、アスファルトばかりを映していた私の視界に、黒いテカテカ光る革靴の爪先が入って来ました。

 顔を上げると森綱さんが懲りもしないで、メン・イン・ブラックみたいな格好で立ってます。私はギョっとしたけど、森綱さんがスケッチブックを胸の前に掲げて、ヒッチハイクする人みたいな事をしたので、思わず興味を持って何をするか見てしまいました。

 スケッチブックを、ピラっと捲ると、一枚目にはデカデカと『話しが』って書いてあって、もう一枚捲ると、二枚目には『したい』って書いてありました。こんなに近くにいるのだから、声を掛ければ良いのにと思いました。後から聞くと、この日も遠巻きに接触するつもりで準備していたそうです。私が具合が悪そうなので心配して予定外に近くで接触してしまったけど、リンキオウヘンに対応できなかった。と言ってました。


 話を聞けば、あぁ、そっか。って、森綱さんの行動も納得行くけど、そんな事、その時の私に分かるはずが有りません。ピラピラとスケッチブックを何度も捲る森綱さんは、やっぱりこっけいでした。

 私が額を押さえながら、「何ですか?」と質問すると、「頭が痛いの?」と質問を返して来ます。私が頷くと、森綱さんはYシャツのボタンを外して胸元に手を突っ込み、ペンダントを出しました。そこには『六葉紋』を模したペンダントトップがあって、それを私に握らせます。不思議と頭痛が柔らぎました。私の手の上から、包み込むように添える森綱さんの手は温かくて、この人は大丈夫な人だと感じました。


 

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