DAY 100

  ベレスは日記を書き終えると、剣の継承式へと向かいました。


 足取りは不思議と重くはなく、粛々と歩みを進めています。

 継承式の場所は、城の奥を歩いた先にある勇者の泉。


 既に外では大勢のレグメンティアの民で一杯になっており、新しい勇者の姿を一目見んと賑わっております。


 そしてまもなく、民は城を見上げながらこの勇者の地を収めてきた王の言葉を聴くことになるのです。

「ベレスさん。おはようございます」

 向こうで待っていた謎の少女がベレスに話しかけます。


「ああ、お前も一緒に来るんだよな」

 歩みを進めながら、ベレスは答えます。

 全身が宙に浮くような感覚を感じて、気分も少し軽くなっていたのでした。

「ええ、勇者の儀式を見届ける立場ですからね」

「⋯⋯それも秩序ってやつか?」

 少女の立場を鼻で笑いながらベレスは言います。

 けれども少女は反応を示さず、淡々と答えるのみでした。

 それは、幾度も自分の存在を問われてきた者の落ち着きようでした。

「ここでの秩序の枠に収まっている以上、その役割を果たし続ける事のみが、許された行動ですので」


「そっか⋯⋯。勇者の剣はもう泉に?」

「はい。今行われている王の演説が終わり次第、泉の場所は各国から集まった代表者で埋まり、継承の儀式が執り行われるのです」

「やっぱりどうしても皆の目の前でやる訳か。そうだ、二人はどうだ? もうここに来てるのか?」

「もう時期到着して、泉まで案内されるかと」

「⋯⋯そうか」

 話し終えると、ベレスは立ち止まる少女を置いて泉まで向かっていきました。


「もう、覚悟は出来ているのですね」

 

「うん⋯⋯私はもう、迷ったりしない」


     ✳︎


 レグメンティアに存在する全ての種族が一堂に介し、勇者の泉と、そこに立つ勇者を遠くから見つめていました。


 泉の真ん中に見事に突き立てられた勇者の剣。


 ベレスは迷いなく泉の中へ入り、剣の方へと向かいます。


 ベレスを見守る民の中には、招集をかけられた二人もいました。


 カロンとアンジェ、特にアンジェは襲われた時以来で、ずっと胸の内に不安を隠しきれないまま、ただベレスを見守っています。

 カロンはどこか見据えるように、または諦めがついたように、勇者の剣へ近づくベレスを見ていました。


 それ以外の民も、各々違う想いを心に抱きながら、ベレスを見ているはずです。

 勇者の再来を尊ぶ者もいれば、魔族の容姿を嫌う者もいる。


 ベレスが剣へと近付くと、少女もまた泉へと入り、継承の儀の通りに言葉を紡ぎ始めます。


「この世界に再び光をもたらす勇者の再臨を、我ら、この剣の継承をもって啓蒙せん⋯⋯さあ、ベレスさん⋯⋯勇者の剣を引き抜いて下さい」

 少女の言葉の通り、ベレスはゆっくりと剣へ手を伸ばし、光魔法を帯びさせながら、数百年抜かれる事のなかった剣を、あっさりと引き抜くのでした。


 そして、民の殆どは言葉を失う程に、その光景に呆気に取られているのでした。

 

 普通の者には引き抜くことの出来ない代物を、勇者の証明である光魔法を扱いながら軽々と引き抜いたその様は、レグメンティアの民に説明するには充分なのでした。


 ベレスは勇者の剣を空へ掲げ、民に自分は勇者であるという証明をしてみせます。


「アイツ、本当に勇者だったのか⋯⋯」

 アンジェもまた、呆気に取られる民の一人でした。


「ベレスさん⋯⋯その先をどう生きるというのです」

 カロンは変わらずベレスの未来を心配していました。



 この儀式をもって、レグメンティアに勇者の存在は世界に知らしめられました。

 ベレスは剣を持っていた手を下ろし、民の姿を眺めます。


 各国を代表するレグメンティアの民たちに崇められる光景に、ベレスは息を大きく飲み込んで──


「まだだ」

 ベレスは泉の中で、ポツリと呟きます。

「まだ、この世界は平和になっていない」

 すると少女は一歩下がり、ベレスは手に持っている勇者の剣を再び自分の顔の前へ持っていき、アンジェ達のいる方向を見つめるのでした。


「⋯⋯」

 笑顔。


 ベレスは今まで生きてきた中で一番の、屈託のない笑顔をして、アンジェ達をじっと見つめました。


 そんな姿を、アンジェ達には理解出来るはずも無く、ただ立ち尽くすしかありません。


 心の中で、紡いで来た数少ない思い出を噛み締めると、ベレスはそっと剣を持ち替えて──


 自分の胸に、深く突き刺すのでした──



 剣より伝わった光はベレスの身体を包み込んで、光は柱のように空へと昇っていきました。


「⋯⋯っ!? ベレスッ!!」

「ベレスさんッッ!!!」


 空へと昇った光は、今度は世界を包むように拡散を始め、雨のように降り注ぎます。


 慌てふためく民の中から二人、駆け寄る二人の姿をベレスは見る事もなく、目を瞑り、その眠りに身体を預けるのでした。


「お前、何してるんだよ!! なあ! まだお前は生きてなくちゃダメなのに!」

「バカですよ⋯⋯なんで貴方って人はそんなに死に急ぐのですか⋯⋯」

 その溢れんばかりの涙が、ベレスに雨を降らせます。

 しかし笑顔のまま、もう目覚めることはありません。

 ベレスの身体も徐々に空へ昇っていった光と同じように、泡となって消えようとしていました。


 光の泡と化していくベレスを抱き抱える二人に、少女は言葉を残します。


「ベレスさんは、世界の在り方を変える代償として、自分が消える選択肢を取ったのです。因果を分岐させる光の魔法で世界を覆って⋯⋯まもなく世界は完全に光に包まれ、影を残すでしょう」

「影⋯⋯? お前は何を知っているのです!? 貴方がベレスさんを唆したのか!」

 少女に怒りを向けるカロン。

 されど少女は冷淡に、消えていくベレスを見下ろしながら言葉を続けました。


「わたしは見届けるだけの者に過ぎません。⋯⋯影はやがて、光を脅かす存在としてこの世界を闊歩する事でしょう。光と闇、二つの柱を残す。これがベレスさんがこの世界を捻じ曲げた結果なのです」


「⋯⋯どうでもいい⋯⋯」

「アンジェさん⋯⋯」

 少女の言葉を投げ捨てるように、しかしベレスへと想いを伝えるように、アンジェは涙を浮かべながら、言葉を発しました。


「まだ⋯⋯言えてないことが山程あったのに⋯⋯友達って⋯⋯コイツに言ってやれなかった⋯⋯いつか一緒に冒険したい、ギルドを立ち上げたいって⋯⋯もっと伝えたかっただけなのに⋯⋯」

 かけていたペンダントすら涙で濡らして、顔をくしゃくしゃにしながらも、アンジェは泡となって昇っていくベレスを、ずっと抱いているのでした。



 この世界に、光と闇をもたらす形で生涯を終えたベレス。


 彼女の100日間の記録に、美しい物は無かったのかもしれない。


 しかしそれを刻み続ける事は容易であり、記憶は時を越えながら、やがて花のように生まれ芽吹いていく。


 少女達の物語も、百の刻をもって、幕を閉じた。



     ✳︎


 記憶の残滓として存在出来るその空間で、勇者と呼ばれた少女は目を覚ます。


 子供の姿になっている自分には目も暮れず、ただ目の前の扉にノックをする。


 わたしの後ろにある扉を開けて少女はわたしを見るなり笑顔を浮かべ、読んでいた語りを置くように命じた。


 娘の死の物語を観る事程哀しいことはないと、わたしの娘は笑顔で言ってくれた。

 そしてそんな黒い天使の娘の前に、動物の耳を携えた少女が現れ、言う。


『過酷な運命を乗り越えたキミには、トロフィーを授けよう』

 少女はどこからともなく黄金に輝く小さな杯を取り出すと、それを娘へ渡した。


 娘は渡された綺麗なものを見て、再び笑顔を浮かべてみせたのです。



『ハッピーエンドとしてのトロフィーだ、ベレス。だから、この先に進みたまえ』

 少女はベレスを誘導します。


 その道は、娘にしか進めないもう一つの道。


 行ってらっしゃい、ベレス──


 せめてベレスが、幸せでありますように──


 それを見届けられないのは、少し寂しいけれど──



 光は時を越え、姿を変え、ただ⋯⋯果実の実りを待つのみ。



  ねえパパ⋯⋯わたしたちの娘は、とっても立派に育っていましたよ。


     

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

100日後に異世界転生する魔王のムスメ/晨星落落:存在理由を探し求めた者達の100日間の記録 衣江犬羽 @koromoe_inuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ