魔法使い編

DAY 32

「レグメンティアを救った勇者ブラギは仲間達と共に旅を続けると同時に、他種族との交流を取り、分け隔て無く親交を深めていた⋯⋯ふむ」

 

 パソンレイズンを抜けたベレスはレグメンティア創世録という少し分厚い本を読みながら、一人平原を歩いていました。

 日に弱かったベレスでしたが、レグメンティア人のメアトを食べた影響で元々の順応力が変化して、身体は少年期と呼べるほどまで成長していました。

 とは言っても見た目は変わらず魔族のままなので、幼少期と同様に外を歩く時には布やフードで顔を隠す必要はあります。


「⋯⋯お腹すいたな⋯⋯」

 ベレスの持ち物は創世録のみ。頼みの綱が有るとすれば、創世録に描かれた数百年前の大陸の地図だけです。


 昔と変わっていないのなら、このままパソンレイズンから西に進んで行けばアルタナ樹林という場所。そしてアルタナ樹林を抜けるとセルビアという町。行く当ても無いベレス、兎にも角にもそれらを目指して、食料や寝床を確保しようとベレスは創世録を片手に歩みを進めるのでした。


「アルタナ樹林にはコメットバナナという、白くて丸い果実⋯⋯! そんなのがあるのかっ」

「おやぁ? そんな昔の食べ物はもうありませんよ?」

「⋯⋯はっ!?」

 創世録に小さく書かれた文に魅了されているといつの間にか、ベレスと同じように姿を布で覆ったゴーグルの女性が怪しげに笑いながら隣に立って創世録を覗き込んでいました。


 ベレスはビックリして身体を反射的に後退して警戒を取ります。

「お、お前、誰⋯⋯」

 ゴーグルの女性は笑みを浮かべながら喋り始めました。

「アナタこそ、今の時代にそんなお堅い鈍器のような本のみで旅人などと、名乗らないでくださいね」

「は、はあ?」

「ワタシはこの先のアルタナ坑道にて地質調査をしていたレグメンティア人のカロンと言う者ですぅ⋯⋯それにしてもアナタ⋯⋯不思議な方ですねぇ⋯⋯」

「⋯⋯」

 カロンと名乗る女性はゴーグル越しにベレスを下からねっとりと観察しながら口を動かし続けます。ベレスは動揺して言い訳も口に出来ず、そのまま棒立ちのままでいました。

「見たところ、今年十六になるワタシとそんなに変わらぬ背格好であるのに、何故創世録のみで坑道に入ろうとしていたのか⋯⋯それに、アルタナ樹林と信じて込んでいたようなさっきの言葉⋯⋯もしかして〜?」

「べ、別に悪い奴じゃないぞ⋯⋯?」

「ぷるぷるぷる、と震えながら言われても意味ありませんよ。あ、分かりました! アナタ今時珍しい考古学者とか言う者では!?」

「こ、こうこ⋯⋯? あっ⋯⋯いや、そ、そうだ。こうこがくしゃなんだ、私は」

 ベレスは考古学者の意味が理解出来ず、思わず「なんだそれは」と声に出してしまいそうになりましたが何とか堪え、この場をやり過ごそうと思い切って嘘をついてみることにしました。

「おお〜! 遠出してみるものですなぁ! ではやはり樹林から坑道に変わってしまった原因をお調べに?」

 嘘みたいにあっさり信じてしまったカロンに、ベレスは言葉を合わせながら切り抜けていきます。


「あ、ああそうなんだ⋯⋯えっと⋯⋯この辺りには植物が生えているのに、少し先の景色には一切生えていないのは何故か、とかな、ははっ⋯⋯」

「おお! アナタも気になります!? やはり可笑しいのですよ、ここら一帯は! ワタシの推察通りなら大戦時に大規模な魔力の働きがここで起きてですね⋯⋯!?」

「そ、そうだな⋯⋯私も気になる。だから、早速私も坑道に行かないと⋯⋯」

「あぁ待ってください! ワタシもお供させてくだ⋯⋯ああ、そうだったぁ⋯⋯くそおっ」

 さっきまで嬉々としていたのに、何やら口惜しむように表情に影を落としてカロンは眉をひそめてしまいました。

「な、なんだ⋯⋯どうした?」

 カロンの感情の緩急に当てられて、ベレスはついつい反応をしてしまいます。

「調査用のレーダーが壊れているのをすっかり忘れていたのですよ〜。なのでここからは遠いのですが、パソンレイズンで治して貰おうかと思いまして」

「そ、そうなのか⋯⋯ふ〜ん」

 それを聞いてベレスは身体を竦ませました。パソンレイズン滅亡の殆どはベレス自身のせいだと自分に言い聞かせているからです。

「お供出来ないのは非常に残念ですが、仕方ありません⋯⋯。アナタも、アルタナ坑道の謎の解明、頑張って下さいね! また会う事があれば、良ければアナタのお話もお聞かせ下さい! では〜!」

 

 カロンはベレスへ手を振ると、最初の勢いのままパソンレイズンの方へと去っていきました。

 嵐のような存在に戸惑うベレスでしたが、アルタナ樹林改め、アルタナ坑道へと足を進めるのでした。


「な、何だったんだ⋯⋯今の⋯⋯」

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