第39話 アスラン血風6 アナスターシャ帰還
王都サントリーニに、テンプル騎士団
王宮玉座の間で、アントニウス国王へのボン戦役の報告の式典が行われた。
「アナスターシャ・グイーン。よくぞ、余が期待に応えてくれた。ボン奪還におけるそなたの活躍見事であった」
「ハッ!陛下よりのお褒めの言葉を賜り、このアナスターシャ・グイーンありがたき幸せ」
玉座の間には、名だたる重臣や騎士、魔導士等が居並び、アナスターシャの伯父のアラン・フォン・ティルピッツの姿も玉座の近くにあった。
しかし、アナスターシャは、玉座の間を見渡すが、王都に帰還して真っ先にその顔を見たいと思っていた人の姿はなかった。
凱旋の式典が終わり、国王が退室した後、アナスターシャは伯父であるティルピッツ左大臣を部屋の外の廊下で捕まえた。
「伯父貴!」
「おおー、アナスターシャか。ボン奪還をよく成し遂げてくれた。伯父であるわしの鼻も高いというもの。わっはっはっは」
「そんな事よりも、エリザベス王女の姿が式典で見えなかったが、王女はどうされたのです?」
「うむ、その事だが・・・」
「エリザベス王女が、アスランに向かわれた!何故だ?」
さらに、エリザベス王女のアスラン行に剣聖アレクセイ・スミナロフが同行していると聞くと、アナスターシャはぶち切れた。
「ふざけるな!あのような女たらしを何故王女に付けたのだ?王女に何かあったらどうするのだ!」
「え?いや・・・。だから、王女に危険が及ばないようにアレクセイ殿に依頼したのだよ」
「それが、最も危険なのだ!」
「はあ?おまえは、何を言っているのだ?」
「あの男が王女に手を出したら、どうするのだ?」
「馬鹿なことを申すな。アレクセイ殿はそんなことはせんよ。お前は知らんが、お前の留守中にエリザベス王女は誘拐されたのだ」
「何だって!」
ここで、アナスターシャは、わなわなと震えだす。
「それを、救ってくれたのは、アレクセイ殿だ」
「アレクセイが?」
「そうだ。アレクセイ殿がいなければ殿下の身がどうなっていたことか・・・」
うむうむと頷くティルピッツ左大臣だ。
「ふん、あの男のことだ。可憐な王女に対して下心があってのこと。信用できるものではない。私は、すぐエリザベス王女を助けに行くぞ!」
案の定、アレクセイの予告通り、アナスターシャは、皆が恐れていたことを言い出した。
そう言うと、すぐにでもアスランに出立しようとする。
「こら、待たぬか!馬鹿者」
ティルピッツ左大臣が、必死に止めようと袖を持つが、アナスターシャの
「これ!待てと言っておろうが。うわっ!」
アナスターシャが勢いよく歩いて行くため、ティルピッツ左大臣は、脚を絡ませ転んでしまう。
「こら、待たぬか!馬鹿甥がーー!」
ティルピッツ左大臣は、叫ぶが、アナスターシャは構わず進む。
T字路の廊下の角を曲がると、目の前に細身の細面で柔和な面立ちの薄い口髭を生やした白い軍服に幾つもの勲章が付いた立派な服を着た男性が立っていた。
「これは、王陛下」
すかさず、アナスターシャは、国王アントニウス三世の前に跪く。
「この馬鹿甥め。伯父を転ばすとは何事だ!あ、これは、失礼を・・」
後からやって来たティルピッツ左大臣も国王に頭を下げた。
「アナスターシャよ。そちと話がしたい。余の部屋に一緒に来てくれぬか?アランもな」
「御意」
3人は、国王の私室に入った。そこは、宮殿の最上階にある赤い絨毯が敷かれた広い部屋だ。国王の趣味なのだろう。調度品は立派だが、国王の部屋にしては、比較的質素に見える。一つ目に付くのは、青い髪に朱色の瞳のとても美しい女性の肖像画が飾ってあることだ。慈愛の眼差しをこちらに向けている。どことなくエリザベス王女に面立ちが似ている。
3人は、円卓の椅子に腰かけた。執事がそれぞれに紅茶と菓子を給仕する。アントニウス国王が紅茶を啜った後に口を開いた。
「アナスターシャ、そちがエリザベスのことを想ってくれること、余は嬉しく思っている。そちのような武勇の者が傍におれば、あれの身も安心じゃ」
「ハッ」
「しかし、
「王女の献身には、感じ入っております」
「エリザベスは、自らアスランに行くと言った。探らせた情報によると、アスランでは、今不穏な動きが見られる。兄のアスラン公に何かあったのかもしれん。エリザベス誘拐にも関係しているかもしれん」
「さすれば、王女の身が危険かと。臣にアスランに向かう許可をお与えください」
アナスターシャが、席を立つと跪き、王に直訴する。
国王は、アナスターシャの真剣な眼差しを直視して言う。
「それは、ダメだ」
「陛下、何故ですか!」
アナスターシャは、国王に詰め寄る。
「アランからも聞いたと思うが、エリザベスには、剣聖アレクセイ・スミナロフが同行している。あの男は、信用できる」
「そんなことは、ありません。あのような女たらし。王女に何をするかわかりません!」
「アナスターシャ、そちは、エリザベスの眼を疑うのか?あれは、浮ついた恋に溺れはせん。真にアレクセイを慕っておるのであろう。本人は、あまり自覚がないようじゃが」
「そ、それは・・・」
アナスターシャは、聞きたくなかったことを聞き、顔面が蒼白になる。
「アレクセイも、エリザベスに手を出すようなことはせん。まあ、余は、それでも良いと考えているがな。二人に子が出来れば、アマルフィの将来は安泰じゃからな」
「へ、陛下!」
それを、聞きアナスターシャは、立ち上がり手をプルプルと振るわせている。
「陛下、冗談が過ぎますぞ。アナスターシャ、お前も座れ」
ティルピッツ左大臣が口添えをすると、アナスターシャは、席に腰かけた。
「うむ、そうじゃな。真面目な話をしよう。アナスターシャ、そちへの命令じゃ」
アントニウス国王は、ティルピッツ左大臣に視線を投げる。
ティルピッツは頷くと口を開いた。
「アナスターシャ、お前には、配下のテンプル騎士とともに、アスラン領境に向かってもらう」
「アスランへ?同胞を討てというのですか?」
「そうではない。アスランで何が起こっているかわからない以上不測の事態へ備えておく必要がある。事が王領に及ぶことがあってはならない。またアスランに近いリーズにドラゴンが出現したという。こちらは、剣聖システィーナ殿が対処しているが、王女殿下帰還への障害となり得る場所だ。連携して当たれ」
「その任、是非臣にお任せください」
アナスターシャは、エリザベス王女の元にすぐにでも駆けつけたかったが、アスランの境にまで向かえるのなら、それでも良いと考えた。
機会を見て王女の元まで進めば良い。
一刻も早く王女に会いたい。
その衝動が、アナスターシャを突き動かした。
その日の夕刻。
アナスターシャは、宮殿とは別棟の一棟内にある剣聖団宿所を訪れた。
「う~ん、どうしても思い出す度に腹が立つわね。
システィーナが、大きな声を上げて机を蹴っていた。
システィーナ・ゴールドは、2度までも顔で胸を触られたことに、まだプリプリとしていた。
「よろしいか?」
そこに、アナスターシャがノックをしてドアを開けた。
「これは、これは、アナスターシャ・グイーン卿とお見受けします。どうぞお入りください」
「私のことを知ってくれていたか?貴公がシスティーナ・ゴールド殿か?」
アナスターシャは、下から上までさっとシスティーナを見たが、特にシスティーナの大きな胸にも関心を示さなかった。
「はい。同志アレクセイより帰還したらグイーン卿が必ずお出でになると言われておりましたので、お待ちしておりました」
システィーナは、何事も無かったかのように笑顔で返す。先程の怒りの表情は影も形もない。
「あいつ・・・」
アナスターシャは、唇を噛む。
アレクセイの策に乗っかっているように感じて苛立った。
「まあ、いい。単刀直入に聞く。リーズのドラゴンへの対処はどうなっているのか?」
「信頼のおける剣聖を向かわせました。状況次第では、私も行くつもりです。でも、ご心配はないかと」
システィーナは、笑みを絶やさない。
「そうか。早く片付けてもらいたい。私もアスラン境まで行かなくてはならないのだ。リーズのドラゴンは進軍の障害となる。私では、ドラゴンは排除できないのでな。よろしく頼む」
アナスターシャは、ここで頭を下げた。
これには、システィーナが驚いた。
アレクセイからは、とてもプライドの高い騎士と聞いていたので、年下の自分などに頭を下げることなどないと思っていた。
「面を上げてください、グイーン卿。ドラゴンの方は早晩片が付くでしょう」
システィーナは、自信の表情を向けた。
しかし、状況はシスティーナの思惑と外れた方向に進むことになるのだ。
(つづく)
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