第38話 アスラン血風5 システィーナの決断

 エリザベス王女が、イラストリアス城の塔に幽閉されたのと同じ頃。


 ここは、アマルフィ王国王都サントリーニ。

 時刻は、巳時しじ三つ時(10時頃)。


 ここは、白亜の王宮内にある王が住む宮殿とは別棟の一棟内にある剣聖団の宿所だ。

 豪華な広い部屋の執務机に亜麻色の髪をツインテールに結んだ、まだ少女のような面立ちの女性剣聖がカリカリと書類にペンを走らせている。気になるのは、黒いブラウスの中にピッチリと収納されているドでかい胸が、机を圧迫していることだ。

 

 彼女は、剣聖システィーナ・ゴールドである。


 それを、横目で見ているのは、栗色の髪のまだあどけなさが残る顔立ちの背の高い細身の剣聖だ。剣聖の白いロングコートの下に青いベストと白いブラウスを着ている。前開きの白いブラウスからは、細身だが逞しい胸板が覗ける。

 

 まだ見習い剣聖のエドワード・ヘイレンである。

 

 この2人は、歳が近い。システィーナが17歳でエドワードが16歳だ。歳は近いが、二人の間には雲泥の差がある。システィーナは、剣聖として自立しているが、エドワードは、まだ見習い(システィーナに言わせれば「ミノーレ」)のままだ。


「うん?何この請求書は?マスター・スフィーティアからの屋敷の城壁の穴の修理代って?」

「あ、それは、マスターは無視してったす。ドラゴンにやられたからいいだろう、と姉御(スフィーティアのこと)は言ってるんすけど、マスターが撥ねつけるものだから、二人は険悪になっているすよね」


「そう。では、行ってくるわ。あなたは、書類の整理を続けなさい」

 システィーナが、席を立ち、剣聖の白いロングコートに袖を通す。

「へいへい」

 エドワードは、気のない返事をする。システィーナは、何か言いたそうにしていたが、何も言わず、部屋を出た。


「ああ~。マスター・アレクセイの代わりって超大変。何よ、あの書類の量!マスター・アレクセイは、毎日あの量をこなしているわけ?書類が多すぎよ、もう!それに、エドワードあいつ・・・。何なのよ!愛想がない。気持ちよく仕事させなさいって言うの!」

 システィーナは、不平を漏らすが、エドワードの仕事ぶりには、感心していた。最初は、ぶつかるものと思っていたが、システィーナが言う事に素直に従い、きちんと書類作業をこなしていたからだ。正直彼女一人では、無理な作業だから、助かっている。



 サントリーニ王宮本殿薔薇の間。


 システィーナは、アレクセイの代わりに王の御前会議にオブザーバーとして、末席に座っていた。長い黒いテーブルに名だたる重臣等が居並ぶ。


「何だ?あの末席の小娘は?」

「剣聖アレクセイ・スミナロフの名代らしいぞ」

「ほう、あれで剣聖なのか?」

「本当に闘えるのか?強いのか?」

 システィーナは、動揺もせず姿勢正しく座ってる。

「いや、しかし、あの胸の大きさは何だ?」

「あんな大きくちゃ、戦闘で邪魔になるんじゃないか?」

 ヒソヒソ話とはいえ、とても国王臨席の御前会議の場で話されるような会話の内容ではないが、ここで、システィーナの眉間がピクピクと動き出した。


「ああ、聞いてくれ。左大臣のティルピッツだ」

 不穏な空気を察してか、ティルピッツ左大臣が、王の了解をもらうと、話し始めた。

「ああ、本日集まってもらったのは、アスランの件だ。現在アスランの様子がおかしいという情報があるのは、諸君も承知していると思う。アスラン公に何かあったのではないか、と危惧されているところだ」

「左大臣殿、その前に最近エリザベス王女殿下の姿が見えないようですが、今日もご臨席がないのですか?」

「うむ、殿下は所用でな。後で話そう」

「そう言えば、殿下誘拐事件の件だが、殿下が無事だったのは何よりであったが、犯人はわかっているのかな?アスラン公の長子であるアルフレッド殿との噂もあるのだが?」

「それは・・・」

 ティルピッツ左大臣は、一旦どう答えるべきか考えた。

「誰が犯人かは、確証を以て言えることはない」

「アルフレッド殿が犯人というのは?」

「はっきりとはわからないことだと言っておこう。変に事を荒立てることはできん」

「エリザベス王女は、どうされたのですか?何故会議にご出席されないのですか?」


「殿下は・・・」

 ティルピッツ左大臣は、国王をチラリと見ると、王は頷く。


「エリザベス王女は、アスランに行かれた。直々にアスラン公に話を伺いたいと言われてな。ザイドリッツ右大臣が同行しておる」

「何ですと!それは、危険ではないですか?アルフレッド殿が犯人かもしれないのに」

「嫌、アルフレッド殿は、死んだとの噂もあるぞ」

「これは、殿下のご意思だ」

「しかし、それは、あまりにも無謀ではないのかね?」

「殿下もそのことは、承知している。それでも殿下は、アスランに行くとおっしゃられたのだ」

「エリザベス王女に何かあったらどうするのですか!王女こそこのアマルフィ王国の正統な後継者なのですぞ」

「そうだ、そうだ」 

 出席者の多くから不安と不満の声があがる。


「皆の者よ。すまぬ、エリザベスを行かせたのは、余なのだ」

 ここで、アントニウス国王が初めて口を開いた。

 国王の声に騒がしかった声は収まる。


「エリザベスは、兄のアスラン公に気に入られておる。エリザベスあれであれば、兄も心を許して話すはず。ルーマー帝国の脅威が増す中、国内の争いは避けねばならんのだ。わかってくれ。エリザベスの身に不安は残るが、剣聖アレクセイに同行を依頼した。あの男は信頼できる」

 ここで、アントニウス国王が、末席のシスティーナの方を見た。


 システィーナは、挙手すると、ティルピッツ左大臣が発言を許可する。システィーナは、起立して話し始めた。

「国王陛下並びに重臣の皆さま。我が同志アレクセイ・スミナロフは、必ずエリザベス王女殿下を無事王都までご帰還させます。御心を安んじられますよう」

 システィーナは、よく通る高い声で臆することなく言った。

「そうは言っても、ドラゴンが現れたら、お主ら剣聖は、そちらの対応を優先させるのだろう?」

「勿論、ドラゴンを放置することはいたしません。それが我らの使命なれば。ドラゴンは、人々に禍をもたらす存在。それは皆様のためでもあります」

「そういうことを言っているのではない。ドラゴンが出現した場合、エリザベス王女の身の安全とどちらを優先するのかということだ」

「それは、同志アレクセイが適切に判断いたしましょう」

「それでは・・・!」


 また、場が、不穏な張り詰めた空気となりそうになる。



 その時だ。

 政務官が会議室に飛び込んできた。


「報告いたします。王都領にドラゴンが出現いたしました」

「何だと。どこだ?」

「王都より北北東のリーズです。アスランの方向から緑色のドラゴンが出現したようです」

「リーズだと。アスランとの境ではないか!あそこは、王都よりアスランに抜ける主要街道が走っている。ここを塞がれるのは、実にまずいことになるぞ」


 リーズは、人口3万ほどの地方都市だ。アマルフィ王国中心のサントリーニからの主要街道が通りアスランに抜ける中継都市だ。


「我らにお任せください。これは、剣聖の役目なれば」 

 システィーナは、決意の眼で重臣等に訴える。それに、ティルピッツ左大臣が応えた。

「システィーナ殿、よろしく頼む」

「はい、お任せを。では、失礼いたします」

 システィーナは、胸の前に右掌を掲げる剣聖団式敬礼をすると、すぐに会議の間を後にした。



 システィーナが、剣聖の宿所に入ると、エドワード・ヘイレンが既に情報を集めていた。

「ドラゴンの情報を教えて」

「ああ、ここから北北東のリーズ市にエメラルド・ドラゴンが現れたようだ。リーズ市兵が魔導士も動員して応戦しているようだが、既に街に被害が出ているようっす」

 エドワードは、地形図を空間に表示させながら説明する。

「ドラゴンのクラスはわかる?」

「見た目、体長が15mと大型で体色も深緑と濃い。エメラルド・ドラゴンらしい。DT級若しくは上のBT級になるかといったところっすね」

「エメラルド・ドラゴンにしては、厄介かもね」

 システィーナが、親指の爪をかんだ。


「システィーナ、頼む。俺を行かせてくれ」

「何を言ってるの、あんたは!あんたは、まだ見習シュヴェスタでしょうが。このクラスのドラゴンを相手にできるわけないでしょうが!」

 システィーナは、猛反対をする。

「俺は、やりたいんだよ。マスターに見せてやりたいんだ。俺がやれるってことを」

 しかし、エドワードは食い下がる。

「甘いわね。そんな甘い考えで戦ったらあんた死ぬわよ」

「大丈夫だ。こいつが出現した時から俺は、このエレドラを殺るために、どういう闘い方をするかシミュレーションをし考えついたんだ。自信はあるっす!」

「エレドラとかって、パズドラみたいに言わないで!それ言ったら、クリムゾン・ドラゴンなんて、クリドラ(栗どら)なんだから、美味しいスイーツだよ!」


「いや、そんなつもりじゃ・・・。そうじゃなくて」 

 真面目な話の腰を折られ、一瞬たじろぐが、エドワードは、システィーナの両肩を掴み、顔を近づけ茶色い澄んだ瞳が強く訴える。

「ちょ、ちょっと、何をするのよ!」

 エドワードもまだ16歳で少年ぽさは、あるものの、かなりの男前なのだ。不覚にもシスティーナは、少しドキドキしてしまい、顔を赤らめている。

「頼む。何でも言うことを聞くから、行かせてくれっす!」


「頼む!」

 エドワードは、思いっきり頭を下げた。


 ムギュっ!


「ウブッ!」


(しまった!こんな時にやってしまった!)


 エドワードの顔が、システィーナのド迫力満点の豊満な胸に埋まった。


 エドワードは、青ざめた顔を上げると、システィーナの顔が真っ赤になり、恥ずかしさで肩がわなわなと震える。


「ゴメン、わざとじゃなくて・・」


 エドワードは、反射的にパッと離れた。

 システィーナが真っ赤な顔を上げると、堰を切るように言葉が飛んできた。


「エドワードのバカー!あんたなか大嫌い。さっさと行ってきなさいよ。ドラゴンに喰われてこーい!」

「え?それって、行っていいってこと?」

「うるさい!さっさと行けーーーー!」

 そう言うと、システィーナは、机の物や書類などを、エドワードに投げつける。


「わかった。行ってくるっす。必ずエラドラは倒してくるから。サンキューっす!」

 そう言い残すと、エドワード・ヘイレンは、走って、部屋を出て行った。



「うううう、私、二度も胸にあいつの顔を・・・。うわぁぁ~ん、マスター・アレクセイ、早く帰って来てーーー!」

 システィーナ・ゴールドは、膝から泣き崩れた。


 まだ、乙女心のシスティーナであった。


 しかし、システィーナが、エドワード・ヘイレンをエメラルド・ドラゴン討伐に行かせたのは、やけくそで行かせたように見えるが、そうではない。

 彼女は、計算し、エドワードが例えBT級のエメラルド・ドラゴンでも討伐できると考えた。まだ見習いで実績のない彼を行かせるのは一見危険に思える。システィーナが、決断できたのは、アレクセイから聞かされた言葉だ。


「エドワードは、もう剣聖としての実力は、十分にある。だけど、僕は、あいつに僕の全てを叩きこむつもりなんだ。だから、僕の我が儘かもしれないけど、あいつをまだ見習シュヴェスタのままにしているんだよ」


 そして、日も明けきらない早朝に偶然エドワードの鍛錬する様を見ていた。黙々と剣を振るうその鋭い剣戟を見て、正直自分も負けられないと思っていたのだ。

 だから、エドワード・ヘイレンをシスティーナは行かせた。


「エドワード、絶対エレドラを倒さないと許さないんだから!」

 

 そして、クリドラ(栗どら)なら、自分が行くのにと思うスイーツ好きのシスティーナであった。


                                (つづく)

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