第25話 エリザベス王女誘拐事件(前編)

 ここは、アマルフィ王国王都サントリーニの王宮の中の広い一室。

 時刻は、宵の口。


 鏡台の前に腰かけている青い髪の女性とその髪を整えている侍女の姿があった。

「フ~フ♪、フ~フ♪、フ~~ン♪・・」

「エリザベス様、何かご機嫌ですね」

「え?」

 そう言われて、私室でくつろいでいたエリザベス・ヒューチャー・アマルフィ王女は、ほんのりと頬を赤らめた。まだ19歳と若い身にも関わらず、この国の舵取りを担う彼女が名だたる大臣等の前で見せる凛とした表情はここでは無く、同年代の侍女に見せるその姿は、普通の年頃の少女のようであった。


 その手には、小さな香水瓶が握られていた。

「最近、香水を変えられたのですね。この香り素敵です」

「あら、サラもそう思って?」

 そう言って、エリザベス王女は微笑んだ。

「はい」

 王女付きの侍女であるサラ・スチュアートは、エリザベス王女の長く美しい青い髪を丁寧に櫛でとかしていた。長い髪を結って整え終わった時だ。


 コンコン、コンコン。 


「あら、こんな夜にどなたでしょうか?見てまいりますね」

 サラが席を立つ。

 鏡越しにサラの様子を見ていたエリザベス王女は、ドアを開けたサラの姿が見えなくなったことに気づいた。

「サラ?」

 ドアの方を振り返るエリザベス王女。ドアが半開きの状態だ。席を立ち、ドアに近づき、声をかける。

「どうしたの?サラ?そこに何方どなたかいますか?」

 ドアに近づいた瞬間、急に薄暗い廊下から、金色に光る眼が視界に入った。

「え?」

 エリザベス王女の意識は、急に遠のいて行った。



 翌日、アマルフィ王国王都サントリーニでは、重大な事件が発覚することとなった。エリザベス・ヒューチャー・アマルフィ王女の誘拐事件である。

 

 王宮では、会議の間で国王臨席の元、主要大臣らによる緊急会合が招集されていた。

「王女はいったい誰に誘拐されたのだ?」

「それが、わかれば苦労はないが・・」

「何か手がかりはないのか?」

「王女の部屋は、特に荒らされた形跡はない。犯人のものと思える証拠品も見当たらない」

「王女の侍女であるサラ・スチュワードが、廊下に倒れていたが、何も覚えていない様子だ」

「忽然といなくなったということか?」

「まるで神隠しのようだが」

「内部に手引きしたものがいるのではないか?」

「わからない」

「犯人から何か要求は届いているのか?」

「まだ、何も・・」

「何としても王女を救い出さなくては・・」

「こんな時に、グイーン卿がいないとは。すぐに呼び戻すべきではないか?」

「それは、ならぬ!」


 ここで、アントニウス国王が口を開いた。

「しかし、陛下。犯人がどのような者かもわかりません。手練れのものであれば、テンプル騎士団の筆頭騎士エインヘリヤルである彼女が最適かと」

「アナスターシャには、カラミーアのボン奪還を命じた。この機会を逃すわけにはいかぬ」

 王の命令には逆らえぬ。大臣等も従うしかない。

「御意」

「そう言えば、あの男はどうしたのだ?剣聖アレクセイ・スミナロフは?」

「そうだ。あの男自らがグイーン卿の留守中の王女の護衛を買って出たではないか」

「その本人がこの場にいないのはどういうことだ!」

「アレクセイ・スミナロフは、宿所にもいない。どこにいるのかもわからない」

「やはり、剣聖などを信用するのではなかったのではないか」」

 結論の出ない会議が続いていた。



 その会議で名前の挙がった剣聖アレクセイ・スミナロフは、既にエリザベス王女の捜索に自ら動いていた。

「マスター、これって俺らの仕事じゃない気がするんっすけど」

 まだ見習いの剣聖でアレクセイの弟子シュヴェスタのエドワード・ヘイレンは不服そうに、アレクセイの後ろを歩く。

「・・・」

 まだ正午前の時刻、アレクセイ・スミナロフは、王都サントリーニの街中の下町の路地を歩いていた。剣聖の白いロングコートの下には鮮やかな赤いベストと赤いパンツ、それに赤いブーツという派手な着こなしが似合うのはこの男だけだろう。

 すれ違う女性等が皆アレクセイの方を振り向く。女性と眼が合うと、その朱色の瞳を細め優しく微笑むと女性等は、顔を赤くしてその場に倒れそうになる。後ろを歩くエドワード・ヘイレンは、それを見て、呆れたようにため息をつく。


「マスターって、こんな時でも女への対応変わらないっすよね」

「女性には、常に優しく接しろと私は教えている。それと、その言葉遣いを直せ」

 アレクセイが後ろのエドワードの方に顔を向けると、赤く長い髪がサラサラとなびく。そして、女性と目が合うと微笑みを忘れない。その所作がさらに周りの女性を魅了する。

「そんなことできるのマスターだけっすよ」

「だから、お前には女性ッ毛がないんだ」

「別にいいっすよ。女なんて面倒くさいだけだし」

 エドワード・ヘイレンは、まだ16歳の少年だ。身長はアレクセイほどではないが190cmを超えており、栗色のショートヘアと茶色い大きな瞳のまだあどけなさが残るが、将来、かなりの男前になるのを期待させる顔立ちだ。


「そんなことでは、いつまでも弟子シュヴェスタのままだな。一人前とは認められんよ」

「女の扱いが上手くなるのが、剣聖の修行とどう関係あるんだよ!」

「馬鹿者、おおありだ!女性への想いが剣聖としての強さを後押しするのだ」

「んな訳ねえだろ!」

 二人は、通りの中央で対立する。

「まあ、いいっすよ。女の方じゃなくて、マスターをぶっ倒す方で、一人前として認めてもらうから」

「お前なあ、そっちこそ、無理というものだぞ」

 アレクセイは、腰に手を当て、呆れたようにため息をつく。

「今日の分がまだでした。今からいいっすか?」

 エドワードが、拳を握り、指を鳴らす。

「往来だ。剣は抜くなよ。周りの女性を傷つけたら許さんぞ」

「オーライ!」

 そう言うとエドワードは、物凄い勢いでアレクセイに近づき右拳を真っすぐその顔面に放つ。しかし、アレクセイは、軽くかわすと片手でエドワードの腕を掴むと、エドワードを軽々と振り回し、丈夫そうな石壁の高い建物の3階はありそうな当たりに投げつけた。


 ビタン!


「グハッ」

 エドワードの身体が、逆さに建物の壁に貼り付くと、ズリズリと落下した。

 バタリッ!

「いかん。こんな事をしている場合ではない。急がねば」

 そう言うと、アレクセイは、右眼に掛けられたレンズ越しに見えるピンク色の煙の方に向けて、エドワードは放っておいて、走り出した。



 日にちを数日遡る。

 アレクセイ・スミナロフは、王宮内の国王の私室で、国王アントニウス・ド・エス・アマルフィと面会していた。アントニウス国王に呼ばれたのだ。

「済まぬな。突然呼び立てて」

 国王は、アレクセイに背を向け、窓の外の景色を見ている。この部屋は王宮本館の5階にあり、大きな噴水や見事な石像、季節の花々が植えられた美しく広い庭園を望める。

「いえ、陛下の思し召しなれば」

 アレクセイは、直立不動の姿勢で答える。

「単刀直入に伝えよう」

 国王が、振り向いた。

「エリザベスのことだ。貴公は、どう思う」

「非常に聡明でお優しく、陛下の後継者としての資質は十分備えていると感じております」

 ここで、国王は少し驚いたような表情をした。

「そうか。貴公はそう思うか」

「はい」

「しかし、私が聴きたかったのは、アレクセイ、貴公の気持ちだよ」

「・・・」

 アレクセイは、無表情だ。

「エリザベスは、貴公を好いておるようだ。私も貴公を買っているつもりだ。エリザベスを娶るつもりはないか?」

「恐れながら、国王陛下。私には剣聖としての役目があります。剣聖は、その役目を終えるまでは、結婚はおろか恋愛も禁止されております。ありがたいご提案ですが、お断りさせていただきます」

「ふむ。引退後なら可能性があると言うことか?貴公等剣聖は、その消費する力の巨大さ故多くは30歳前に引退すると聞くが」

 アレクセイは首を横に振る。

「エリザベス様の結婚は、国の今後にも関わる重大事。私など外部の者が関わって良いことではありません」

「貴公は、優しいな。アレクセイ、貴公は男前だが、エリザベスも馬鹿ではない。あれももうすぐ20歳になるが、今まで男に関心はなかった。貴公に惚れたのは、その内に秘めた優しさかもしれんな」

 アントニウス国王は微笑した。

「陛下も、エリザベス様のことがご心配なのでしょう」

「親バカついでに、頼みたい。後継者争いに巻き込みたくなかったが、あれを邪魔にする者がいるようだ。貴公がいる間は、エリザベスを守ってくれまいか?」

「エリザベス様の護衛は、先日の会議でも自ら買ってでたこと。お任せください」

 アレクセイは、国王に敬礼をして部屋を出た。


 国王の部屋を出ると、薄青色のドレスを着たエリザベス王女が、壁に寄りかかり、心配そうに立っていた。

「アレクセイ様!」

「エリザベス王女、どうされましたか?」

 アレクセイは、朱色の瞳を向け優しく微笑むと、エリザベスの表情もパッと花が咲いたように曇りが取れた。

「その、お父様と、陛下とはどのようなお話をされたのでしょうか?」

 アレクセイは、表情を一瞬変えたが、微笑して答える。

「国内のドラゴンへの対応で相談を受けました。それと、王女の護衛は大丈夫かと心配されておりました」

「まあ、クスッ・・」

 エリザベスは、口に手を当てて笑う。

「王女、私はあなたをお守りしますので、ご安心を」

 アレクセイは、跪き、エリザベスの左手を取り、手の甲にキスをした。

「アレクセイ様」

 エリザベスの頬にパッと朱が差す。

「ああ、そうだ。これを受け取っていただけますか?」

 アレクセイは、コートのポケットから、小さな香水瓶を取り出した。

「エリザベス様、あなたをイメージして調合しました。気に入ると良いのですが」

「まあ、素敵!」

「香りを嗅いでみませんか?」

「はい」

 アレクセイは、エリザベスの手に香水をつけた。品の良いほのかに甘い香りが漂う。

「私、この香り好きですわ」

「気に入ってもらえたなら、良かったです。この香水の香りが、私をあなたの元にいざないましょう」

「まあ、何処にいてもですか?」

「ええ、何処でもですよ」

「約束していただけますか?」

「約束いたします」

 そう言うと、アレクセイは小さな香水瓶をエリザベスの手に握らせた。



 目を覚ますと、そこは薄暗い広い部屋だった。しかし、まだ意識がハッキリしてこない。

「やっとお目覚めになりましたか?」

 エリザベスが目を向けると、そこには、フード付きの黒服を着た男が立っていた。さらに顔に赤い仮面をつけていて顔を確認することはできない。彼女自身は、立派な大きなソファーの上に寝かされていた。起き上がろうとするが、上手く動けない。後ろ手で両腕が縛られているかのように動かすことができない。魔法のような力で腕を拘束されているようだ。

「ここは、何処ですか?」

「さあ、何処でしょうね」

「あなたは、誰ですか?私が誰か知っていての狼藉ろうぜきですか?」

「勿論、あなたを知っての行いです。あなたでなくてはダメなのです、殿下」

 仮面の男が近づき、口元を二ッとする。


 エリザベスが、部屋を見回すと、赤い絨毯が敷かれた白壁の品の良い広い部屋だ。絵画なども飾ってあり、調度品も貴族の家に置いてあるような立派なものだ。

「おい、丁重に扱えよ。その女は、いずれ俺のとなるのだからな」

 黒服の男の後方から、洒落た貴族の服を着た体格の良い金髪ボブヘアの男が声を発した。

「心得ております」

 エリザベスがその男の方を見ると、よく知った顔だった。

「あなたは、アルフレッド!」


 この男はアルフレッド・ルッジェーロ・アマルフィ。現在のアントニウス国王の兄ウイリアム・アスラン・アマルフィの長子である。つまりエリザベスの従兄だ。歳は、エリザベスよりも10歳ほど上だ。アマルフィ王国でも通常は長男が王位の第一継承権を有するが、今は亡き前国王の判断により、アントニウスが即位した。ウイリアムの粗暴さを前国王が嫌ったためと言われている。そのため、次男のアントニウスを国王とし、ウイリアムには、北方の領土を与え、アスラン公としたのだ。アスラン公自身まだ、アマルフィの王位を諦めていないという噂もあるが、真偽は定かでない。


「どういうことですか?これは!」

 エリザベスが、近づいて来たアルフレッドに怒気を発する。

「どうもこうもない。エリザベス、お前は私と一緒にアスランに来るんだよ」 

「何を言っているのです!」

 アルフレッドは、動けないエリザベスの頬を撫でる。

「そして、お前は俺と結婚するんだ。ウヒッヒッヒッヒ・・」

「触らないで!」

 エリザベスは、横たわっていた身体を起し、アルフレッドから離れようとする。

「な!」


 バシッ!


 アルフレッドは、わなわなと震え、怒りに任せ、エリザベスを平手で殴った。かなり強く殴ったのだろう。エリザベスの束ねられていた青い長い髪が解け、打たれた真っ白い頬が赤くなる。しかし、エリザベスのその赤い瞳は怯むことなく、アルフレッドをキッと睨みつける。

「その気の強さ。好きだぞ。ウヒッヒッヒッヒ・・」

 アルフレッドの卑屈な笑い声が部屋に響く。

「しかし、そんな女を屈服させるのはもっと好きだ」

 そう言うと、アルフレッドは、エリザベスに覆いかぶさり、両肩を押さえつける。

「キャッ!」

 アルフレッドが、顔を近づけ、エリザベスの唇を奪おうとするが、顔を背け、エリザベスは抵抗する。

「これ以上の狼藉は、許しませんよ」

「強情な女め!」

 そう言うと、アルフレッドは、エリザベスの薄青色のドレスを手で裂いた。白磁のように白い美しい肌が露わになった。

「ウッ、ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ・・」

 勝ち誇ったように気味の悪い高笑いを発するアルフレッド。

「これ以上の辱めを受ける位なら、舌を噛んで死にます!」

 エリザベスの気丈な瞳は、なお怯むことはない。

「な、何を!」

 そう言って、アルフレッドは手をあげた。

「おやめなさい。それ以上は」

 黒服の仮面の男が、アルフレッドの手を押さえた。

「ロキ、貴様!」

「王女は本気ですよ。アスラン公の言葉を無視するつもりですか?」

「チッ!」

 アルフレッドは、ロキと呼ばれた男の手を振りほどき、エリザベスの上から退いた。


「これを着てください」

 ロキは、拘束バインドの魔法を解き、白いガウンをエリザベスに差し出した。エリザベスは受け取り、後ろを向きガウンを着る。

「おい、何を勝手なことをしているんだ!」

「あなたが、こんなことをしなければしていませんよ」

「お前!」

 歯ぎしりするアルフレッド。

「勘違いしないで頂きたい。アルフレッド殿、私はあなたの部下ではない」

「な、何を!」

 言い争っている二人のすきをついて、エリザベスは部屋の出口のドアに駆け寄った。


 ガチャガチャッ、ガチャガチャッ!


 ドアノブを回すが、開かない。

「王女、無駄ですよ。大人しくしていてください」

 ロキが、王女に近づく。

「来ないで!」

 ドアにもたれてロキを見つめる。


(アレクセイ様、助けて!)


 チュドドーンッ!


 その時だ。外から大きな爆発音が響き、建物を揺らす。

「なんだ?」

「これは。誰か、罠に引っかかったようですね」

 ロキは、庭園側の窓の方を向き、ニヤリと笑った。



 少し時間を遡る。アレクセイ・スミナロフは、王都サントリーニから30マイルほど離れた森にいた。その森の一本道を抜けると高い門構えの大邸宅にたどり着いた。

「ふむ。どうやら、ここらしい」

 アレクセイが右目に掛けているレンズ越しに見えるピンク色の煙は、大庭園の奥に見える大きな館に続いていた。このアレクセイが掛けているレンズは、匂い・香りを記憶させると、その匂い・香りの痕を色のついた煙で表示させるものだ。言わば、犬の鼻の機能を視覚化するツールと言える。アレクセイは、香水をエリザベスに渡す前にレンズに香りを登録していたのだ。


「はあ、はあ、はあ。マスター、いくら何でも30マイル走って来るなんておかしいだろ。はあ、はあ。シュライダーで来ればいいじゃん」

 エドワード・ヘイレンが、地面に倒れこみぼやく。シュライダーは、剣聖が使う宙に浮かぶ流線形のカッコいい乗り物だ。一人前の剣聖が剣聖団から購入することができる。よって、見習いのエドワードには支給されていない。

「ぼやくな。お前の修行のためだ。しかし、それも一理あるな。帰りはシュライダーが必要か。呼んでおくか」

 アレクセイは、左腕の半透明のブレスレットを触る。

「さて、誘拐犯に気づかれずに行きたいところだが・・」

 アレクセイは、思案顔に門の向こうの大きな庭園を見渡す。中央に大きな噴水があり、芝生や花壇が整備された美しい庭園だ。歩道もキレイすぎる位に何も落ちていない。


「エドワード、お前が先に行け」

 アレクセイは、エドワードの方を振り向くと、エドワードの胸倉を掴み、門の上方に投げた。

「え?ひえーーーーーーーーーーーっ!」

 エドワードの身体が高い門を超え、庭の歩道に尻もちをついて落下した。

「痛ててててッ。何するんだよ!」

 エドワードが怒り心頭に立ち上がる。


 ピピピピピピピ・・・・・ピッ!


「え?」

 すると、エドワードがいた地面が爆発し、大きな火柱が次々と上がった。

「うわーーーーっ!」

 エドワードは、間一髪でそれを館の方に進みながら避けて行く。すると、そこを抜けたかと思うと、今度は歩道の両端に並べられた石像群が動き出し、手に持った矢を歩道にいたエドワードに向け一斉に放ち始める。


 パッ、パッ、パッ、パッ、パッ


「どわーーーーーーーっ!」

 エドワードは、さらに館の方に向け走って間一髪でかわしていく。石像エリアを抜けたと思ったら、地面が大きく割れた。

「え?」

 深い、深い大きな落とし穴だ。エドワードは、落ちそうになったが、間一髪で崖を掴み、落ちるのを免れる。何やら下のほうから声が聞こえてくる。


 グルルルルッ!


「やばい!」

 何かが下から急に上がって来るのを感じたエドワードは、急いで落とし穴から這い出る。

「ぎょへーーーーーーーっ!」

 ワニのような大きな口の怪物が、バクリっと下から喰いつくように出てきた。這い出て、地べたに転げたエドワードとその怪物の視線があったが、怪物は、そのまま大穴に落ちて行った。

「ドラゴン・・」


「ほう、あんな仕掛けがあったのか。危ない、危ない」

 後方で見ていたアレクセイが呟く。

「どれ、僕も行くか」

 アレクセイは、門を軽々と越えて庭園に入ると、発動したトラップの痕を悠々と歩いて行く。


「何だ!あいつらは。あのトラップを掻い潜りやがったぞ!」

 窓辺で観察していたアルフレッドが大声をあげる。

「アレクセイ様!」

 エリザベスは、窓辺に駆け寄ろうとするが、ロキが腕を掴み、止める。

「離して!」

「やばいぞ。本当にあいつは、剣聖のアレクセイ・スミナロフだ」

 アルフレッドの額から冷や汗が流れる。アルフレットも王都にいたため、アレクセイとは面識があった。

「まあ、落ち着きましょう。手はまだあります。私が、剣聖を足止めします。アルフレッド殿、あなたは、王女を連れて、館を出てください」

 ロキは、ドアの施錠を解除し、ドアを開ける。

「わ、わかった。さあ、来い」

 そう言って、アルフレッドは、エリザベスの腕を取る。

「嫌です。離して!」

 アルフレッドは、問答無用でエリザベスを連れ出した。

「アレクセイ様、私はここです!アレクセイ様!」

 館中にエリザベスの声は、虚しく響いた。


「はあ、はあ、はあ、はあ。マスターのヤツ、全く人使い荒すぎるぜ。」

 エドワードは、全てのトラップを発動させ、息が上がり館の前に寝転んでいた。

「おい、寝転んでる暇などないぞ」

 近くまで来たアレクセイが、見下ろす。

「マスターのせいだろ!」

「さっき這い上がって来たのは、アンバー・ドラゴンだ。放ってはおけないぞ」

 そう言った瞬間、地面が地響きを立て始めた。そして、先ほど開いた穴から大きな物体が飛び出してきた。


 ズドドドドーンッ!


 アンバー・ドラゴン。茶色い体色の胴体と尻尾が長く、手足が短いドラゴンだ。羽はあるが、飛べるのかと疑問に思うほど申し訳程度に短く生えているだけだ。


 ギュギャオーーーーーーンッ!

 アンバー・ドラゴンが威圧するかのように咆哮する。


「エドワード、こいつは、お前に任せるぞ」

「え、いいの?」

 エドワードが、アレクセイを見上げる。

「ああ。お前ならやれる」

「ういっす!」

 エドワードは、喜び勇んで立ち上がり、背中の大剣を抜く。エドワードの剣聖剣は群青色の大剣バスタード・ソードだ。大剣ではあるがそれほど大型ではない。

「気を抜くなよ。私は王女を見つける」

 アレクセイは、エドワードの肩をポンポンと叩く。

「ああ、任せてっす!」

 アレクセイは、エドワードにその場を任せ、館に向かう。

換装シノーイ!」

 エドワードが胸の青い輝石に触れ、念じると白色のロングコートの正装状態フォーマルからメタリック・ブルーの鎧状態アーマーに換装された。

「ドラゴン、覚悟しな!」

 エドワードは、アンバー・ドラゴンに突撃した。



 アレクセイが、館のドアを開ける。中に入ると、大きな吹き抜けの踊り場となっており、中央に二階へ上がる階段があった。その階段の頂上には、黒服の男、ロキと呼ばれた男が立っていた。

「これは、これは、剣聖殿。よくいらっしゃいました」

「その黒服。君は、暗黒魔道教団の者かな?」

「剣聖殿に、我が教団のことを知っていていただき、光栄ですね」

「まあ、ドラゴンの現れるところに君たちの存在があることも多いからね。それは、置いておいて、エリザベス王女を返してもらえるかな?」

「何のことでしょうか?わかりませんね」

「まあ、大人しく応じるとは思ってないからいいさ。そこを通してもらうよ」


 そう言うアレクセイの行動は素早かった。跳躍して、一気に2階へと降り立ち、駆けようとする。

「おっと、行かせませんよ。加速移動スぺシュート!」

 ロキの移動能力が上がり、アレクセイの前に立ちふさがる。

「へー。さすが暗黒魔導士だ。そんなこともできるんだ。でも、手荒な真似はしたくないから退いてくれると助かるんだけど」

「剣聖殿相手に敵う気はしませんが、私も教団の騎士ですよ。引き下がれませんね」

「はあ、まあいいさ」

 そう言うと、アレクセイは、一瞬で間合いを詰める。

「なに!」

 ロキの黒服の襟元を掴み、持ち上げると地面に叩きつけた。フードが外れ赤い髪が露わになり、つけていた仮面も転がった。


「グハッ!」


「あれ?君は、どこかで見たことあるな」

 アレクセイの力が緩んだすきを突き、逃れるロキ。

「そうだ。君は、ロキ・アルザイ君だろう」

「さすがは、剣聖アレクセイ・スミナロフ殿。恐れ入りました。並みの剣聖とは段違いだ」

「まだ、やるかい?」

「いいえ」

 ロキは、軽く両手をあげる。

「それに、あなたの相手は私ではありませんから。では、失礼!」

 ニヤリと笑みを浮かべながらそう言い残し、ロキは、アレクセイの目の前から姿を消した。


「ふむ」

 その時だ。突然建物が突風にあおられたかのように揺れた。


 ガタガタガタガタ・・・


「まさか!」

 アレクセイは、すぐにレンズ越しに見える煙が漂っていく2階の廊下の突き当りの扉に向かって走った。扉を開け、外の踊り場に出て見上げると、赤いドラゴンが、森の方に飛んで行くのが見えた。それは、ピンク色の煙が伸びている方角でもあった。

「あんの野郎!」


                           (後編につづきます)

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