第11話 反撃の狼煙

 アレクセイ・スミナロフは、スフィーティアと別れた後、アマルフィ王国王都サントリーニに戻っていた。ここは、サントリーニの絢爛豪華な白亜の王宮の別棟の一室で特別にアレクセイに当てがわれた広い部屋だ。執務室兼居室としては、十分すぎる広さだ。時刻は、正午過ぎ。アレクセイは、執務机で書類に目を通していた。そして、そこにはアレクセイの他にもう一人男がいた。

「マスター、戻ったばかりのところ悪りいっすけど、御前会議に出席しろってさ」

 気だるそうに、男は、召喚状をアレクセイに差し出す。白いロングコートを着ていることからするとこの男も剣聖なのだろう。栗色の髪のまだあどけなさの残る顔立ちが、スラっとした長身に不釣合いだ。

「エドワード、何度も言っているが、その言葉遣いをなんとかしろ。剣聖の品位が疑われる」

 この男は、エドワード・ヘイレン。まだ見習いの剣聖でアレクセイの弟子ミノーレである。

「へいへい」

 アレクセイは、エドワードの手から召喚状をひったくるように受け取ると、サッと目を通した。時刻を見ると、間もなく始まる時間だ。

「お前は、書類を片しておけ」

「え~、かったるいな」

 気怠そうに返事をするエドワードを無視し、アレクセイは、剣聖のコートを羽織ると、部屋を後にした。


 サントリーニ王宮薔薇ばらの間。

 国王アントニウス・ド・エス・アマルフィ(アントニウス3世)臨席の下、御前会議が行われ、ボン郊外での戦闘をめぐって話し合いが行われていた。

「ブライトン卿の部隊が、ドラゴンの攻撃により壊滅したというではないか」

「虎の子のテンプル騎士団の半数も失ったという」

「ドラゴンの攻撃を突然受けたという。やむを得ないのではないですか。カラミーア伯の報告では、そう書いてある」

「剣聖がついていたのであろう。その剣聖が役に立たなかったのではないか」

「嫌、派遣されたスフィーティア・エリス・クライは、剣聖団の中でも実力者という。現に、ドラゴンを手玉に取り、ガラマーン軍の侵攻を止めたということだ」

「それでは何故騎士団が半数も失われるのだ。騎士団だけでなく、カラミーア軍も大損害を受けたというではないか」

「いずれにしろ、ブライトン卿の処分をどうするのかが議題であったはず」

「カラミーア伯は、ブライトン卿に過失はないとのことだが」

「理由はどうあれ、派遣した騎士団の半数も失ったのだ。それでいて、まだ戦果も挙がっておらん。ブライトン卿はケガをしているという。召還して責任を問うべきであろう」

「また、ドラゴンが現れ、これ以上騎士団が失われるのは、避けねばならんしな」


 先ほどからこれらのやり取りを静かに聞いていた気品漂う青髪の女性が業を煮やして口を開いた。

「待ってください。ブライトン卿を呼び戻し、責任を問うてどうなるというのです!この状況が変わりますか?ガラマーンは、また侵攻の準備をしている兆候があるというでは、ありませんか」

 エリザベス・ヒューチャー・アマルフィ。この国の若き王女だ。王妃の死で国政にやる気を無くした国王に代わり、この国の政務をほぼその手に担っている。

「エリザベス王女、ブライトン卿は、怪我をしております。また、これ以上の騎士団を増派する余裕はありませんぞ」

「ドラゴンが出て来ては、また同じこととなるのではないですかな?」

「テンプル騎士団は、我が国の精鋭部隊。貴重な戦力です。ブライトン卿の騎士団もカラミーアから一旦引き上げて、直轄領の防備を強化されるべきかと」

 エリザベス王女が、立ち上がり、感情を露わにした。

「カラミーアを見捨てろというのですか!なんということを!王国の領土を蛮族どもにくれてやることなどもってのほかです。それは、王直轄領でなくても同じこと。あなた方大臣がそのような考えでいてどうしますか!」

 その赤い瞳は憤りに震えている。そして、王女の怒りに場は、シーンと静まり返り、発言した者たちは俯いてしまう。


「エリザベスよ、落ち着け」

 アントニウス国王が、初めて口を開いた。

「はい。すみません、陛下」

 エリザベス王女は席に腰を降ろした。彼女の後ろには巨体のテンプル騎士団の女騎士が控えていた。彼女は、アナスターシャ・グイーン。テンプル騎士団の筆頭騎士エインヘリヤル10傑の一騎。褐色の肌に黒髪で大きな身体と男性のような逞しい肉体を持ち、武勇に優れ、彼女1人で優に1万騎を相手にすると言われる。「アマルフィの戦乙女ヴァルキュリア」と呼ばれ周辺国からは恐れられている。

「よいか、カラミーアを失うことはならん。引き続き、ブライトンにボン奪還任務に当たらせろ。ただし、騎士団の増派はしない」

 ここで国王は、アナスターシャに目を向けた。

「アナスターシャ、お前が行き、ブライトンを助けてやれ」

「国王陛下、恐れながら、私には王女をお守りするという任務がございます」

 まさか自分に声がかかるとは思わなかったので、アナスターシャは一言食い下がった。

「エリザベスの護衛は別の者に当たらせればよかろう」

「しかし・・」

「これは、決定事項だ。不服か?」

「いえ・・」

 アナスターシャは、王の強い口調に引き下がるしかないと諦めた。

「ターシャ、私なら大丈夫よ。あなたが、行ってくれれば、私も安心だわ。カラミーアを守って頂戴」

 エリザベス王女が、先ほどの厳しい表情から一変して、安堵の表情でアナスターシャを見上げた。

「ハッ!アナスターシャ・グイーン、君命を拝した上は、必ずやガラマーンを駆逐してくれましょう」

 王女の意思に応えようとアナスターシャは奮い立った。


 ここでオブザーバーとして聞いていた赤毛の男が、末席から口を開いた。

「国王陛下、よろしければ、エリザベス王女の護衛を私に任せていただけませんか?勿論、自分の任務も忘れてはいません」

「アレクセイ、貴様何を言う。お前には剣聖としての仕事があるだろう」

 アナスターシャが、不満を露わにした。

「勿論、ターシャ、君が戻るまでの臨時だよ」

 アレクセイと呼ばれた剣聖は、アナスターシャの強い口調に臆することもなく、柔和な笑みを浮かべて答える。

 アレクセイ・スミナロフ。アナスターシャよりもさらに長身の赤毛の剣聖だ。身長の割には細身に感じるが、逞しい肉体が剣聖のロングコートの下にあることを感じさせる。

「気安く、その名で呼ぶな!」

 アナスターシャは、今にも剣を抜きそうな勢いだ。

「やめて、ターシャ。陛下、私もアレクセイ様が護衛であれば安心です」

 エリザベス王女は、アナスターシャを制止し、アントニウス国王に頭を下げた。

「好きにしろ」

 国王は、そう言うと、席を立ち、薔薇の間を後にした。


 会議が終わり、参加者が皆出て行った。エリザベス王女、アナスターシャとアレクセイは一緒に薔薇の間を出ると、アナスターシャがアレクセイに食って掛かった。

「アレクセイ、貴様どういうつもりだ!」

「どういうつもりも何も、エリザベス王女をお守りするのに、君以外で僕以上に頼りになるのはいないだろう。心配はいらないさ」

「ある!私は、貴様から一番姫様をお守りしてきたのだからな。貴様の毒牙にかからないようにな」

「おいおい、人聞きの悪いことを言わないでくれよ。僕が、王女に手出しするわけないだろう」

「そうよ、ターシャ止めて」

「信用できるか!」

 アナスターシャは、剣を抜いてアレクセイに突きかかった。アレクセイは、その剣を持った手を抑え込み、アナスターシャを壁に押し付け、彼女の耳元に囁いた。

「いいか。王女が狙われているのは、僕も知っている。他の者を護衛とした場合、王女を亡き者にしようとする輩の息が掛かった者が送られるかもしれない。王女は、信用しやすい性質の方だ。ここは、僕に任せてくれ」

 アナスターシャが、アレクセイを押しどかし、顔に剣を突きつけて言った。

「アレクセイ、いいか。王女に手を出してみろ。その時はその首を飛ばしてやる」

「わかっているよ」

「もう止めて、ターシャ。私は、アレクセイ様を信頼しています」

 王女がアレクセイの前に出て、アレクセイをかばう。アナスターシャは、すぐに剣を収めた。

「エリザベス王女、アナスターシャ・グイーン、ガラマーン軍を撃破し、すぐに戻りますので、少しの間ご辛抱ください」

 アナスターシャは、王女の前に跪き決意を露わにした。

「頼りにしています。あなたのご武運を祈っています」

 アナスターシャが、一礼して、立ち去ろうと背を向けて歩き始めた。


「さあ、王女。お部屋までお守りします」

 アナスターシャが、振り返ると、アレクセイがさりげなくエリザベス王女の腰に手を当ててエスコートするのが見えた。それを見たアナスターシャは、怒りの表情に変わり、駆け寄ると、剣を抜いた。

「その手をどけろ!」

「まあ、ターシャ」

「はいはい」

 アレクセイは、王女の腰に当てていた手を離した。

「姫に指一本触れることは許さん!」

「もう、やめて、ターシャ」

「王女、やはり心配です。こやつは信用できません」

「アレクセイ様は、私をエスコートしてくれただけです」

「いいか、アレクセイ。王女に触れるな」

「弱ったな。女性をエスコートするのは、紳士の役目だと思うけど」

「お前には、下心があるようにしか見えん」

「そんなのは、ないよ。僕たち剣聖は、恋愛は許されていないからね。王女にそのような感情は、持たないさ」

「信用できんな」


「ふう。ちょっと来て」

 アレクセイは、アナスターシャの腕を取り、引っ張って行った。

「お、おい」

 そして、エリザベス王女とは、離れたところで耳元に何か囁いた。アナスターシャに少し驚いたような表情をがサッと浮かぶが、アレクセイを押しどかすと、エリザベス王女の元にやって来た。

「王女、では行って参ります」

 そう言い残すとアナスターシャは、振り返らずに去って行った。

「アレクセイ様、ターシャに何を言ったのですか?」

「さあて、なんでしょうね」

 アレクセイは、微笑すると、ウインクをして応えた。エリザベス王女の頬は朱に染まり、俯いてしまう。

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