第10話 助けられた命

 城の正面入り口から見て右手の一番奥の部屋に3人はいた。そこには、広いテーブルの上にカラミーア領の立体的な地形地図があった。

「まず、スフィーティア。カポーテ様が、その・・、いやらしい眼であなたを見ていたことをお詫びします。あの方は、無類の女性好きでして・・。あなたのように美しい方を見ると見境がなくなるのです。でも、悪い方では無いのです。勇猛で戦となれば、先頭に立って戦い国と民を守り、領民からも慕われているのです」

 モニカは困ったように話し始めた。

「気にしてはいません。よくあることなので、慣れています。私は、どうも・・、男性を・・魅了させてしまうことがあるようで。その、自分で意識しているわけではないのだけど・・」

 スフィーティアが横を向き、頬をかく。少し照れているようだ。

「カラミーア伯が、良い領主だというのは、わかっています。この領都の活気のある様と領民の幸せそうな笑顔を見ればね。軍政を担うあなたの手腕も大きいのでしょうが、モニカ」

 モニカは、首を横に振って、下がった赤い縁の眼鏡を人差し指で押し上げた。

「とんでもない、わたしの役割など小さいものです。カポーテ様が領民のためを第一に思い、良い家臣を集め善政をなされている結果です」

 モニカは伯爵のことを褒められてうれしそうだ。

「モニカ、あなたは、カラミーア伯に好意を持っているのですか?」

 思いもよらぬスフィーティアの言葉に、モニカの顔がみるみる赤くなる。

「な、何をおっしゃるのです!わたしは、臣下です。そのような気持ちは、あ、ありません。そ、尊敬しているだけです」

 モニカは、恥ずかしくて俯いてしまう。

「ワッハッハッハ。モニカ、図星かの?」

 ブライトン卿が、ここで余計なことを言ってしまう。

 モニカがキッと睨む。

「ブライトン卿、まだ腕の治療が必要なようですね。見て差し上げましょう」

「ぐわーーッ!」

 モニカが、ブライトン卿の吊ってある右腕をつねった。

「神経はあるから、大丈夫ですね」

「クスっ」

 スフィーティアがその様子を見て、笑う。


「エー、エヘン。さて、本題に入りましょう。まず、スフィーティアに伺います。あなたは、ここに来る途上でドラゴンを倒したと言いました。そのことを教えてください」

「ああ、リザブ村付近でヘリオドール・ドラゴンと遭遇した。ヘリオドール・ドラゴンは、気象を操り、雷を落とす厄介な相手だ。早めに遭遇して倒せたのは幸いだったと思う」

「ヘリオドール・ドラゴンですか・・」

 モニカが腕を組み、顎に手を当てる。

「それがどうかしたのか?」

 ブライトン卿が尋ねる。

「いえ、スフィーティアが遭遇したドラゴンは、もしやクリムゾン・ドラゴンではないかと思っていたものですから。実は、ボンへの侵入前にもカラミーアにドラゴンが出現していました。20日前と15日前のことです。場所は、こことここです」

 モニカが、カラミーア領の大きな地形地図上のその場所を杖で指す。

「両方とも村のようだな」

 ブライトン卿は、モニカにつねられたところを撫でている。

「はい。両件とも国境とは離れた場所への出現でもあり異民族との呼応はありませんでしたが、襲われた村が壊滅させられました」

「何か関連性はあるのかのう」

 ブライトン卿が顎に手をかける。

「場所がかなり離れていますね。モニカ、ドラゴンの目撃情報はないのですか?」

「ドラゴンの目撃情報はあります。その情報からすると、20日前と15日前のドラゴンは同じでクリムゾン・ドラゴンと思われます。襲われた村は。強い炎で焼かれ、灰と瓦礫しか残ってないことから考えると、炎竜であるクリムゾン・ドラゴンに襲われたのは間違いないでしょう。ボンを壊滅させたドラゴンとは別のようです。こちらはあなたが倒したヘリオドール・ドラゴンと同じと思われます。となると、我々の取る道は、このクリムゾン・ドラゴンへの対処です。スフィーティア、あなたの言うように、場所が離れている。そして小さな村を襲撃している。そこがポイントだと思います」

 モニカが人差し指を立てる。

「どういうことだ?」

 ブライトン卿が、モニカの方を向き、早く話せという風に目を向ける。

「ドラゴンに襲われた村では、住民が皆殺されています。残忍なことです」

 モニカは、両掌を上に広げ、渋い顔をする。

「それは、奇妙ですね。ドラゴンは、人を殺すが、人殺しを目的にすることは無い。人間は奴らの好む餌ではないですから」

「私もそれは聞いております。ただし破壊は好むため、大都市さえ襲われ、建物が破壊されると。その瓦礫などを食べることはあるようですね」

 スフィーティアがモニカの発言に頷く。

「ドラゴンは、空気からほぼ栄養が取れる驚異的な生物です。時に土や岩などから鉱物を摂取するが。建物を破壊するのも人間が集めた金銀などの鉱物を食べるためとも言えます」

「ドラゴンは贅沢じゃのう」

 ブライトン卿が茶々を入れる。

「そうですね・・」

 あることを思い出し、スフィーティアの眉間がピクリとし眼に一瞬怒りの色が差す。二人は気づいていないようだが・・。

「殺戮を好むドラゴンがいないわけではないのですが、今回のドラゴンは、違うと思います。何か目的があっての行動か、あるいは何かを探しているのか?」

「私もそう考えています。目的は、わかりませんが、クリムゾン・ドラゴンは、何かを探しているのだと思います」

 スフィーティアも頷く。


「それで、今後のクリムゾン・ドラゴンの出現場所ですが、村に焦点を合わせます」

 モニカは、地図上の西方の村々を杖で指していく。

「領内に村は数多いのですが、私の部下の魔道士を領都より西方の村の周辺に配置しました。私とは、この水晶を使いリアルタイムで連絡が取れますので。ドラゴンの出現が確認されたら、スフィーティア、あなたに知らせます」

 そう言うと、モニカは懐から手のひら位の薄青い水晶を取り出し、示した。

「そして、私が現地に飛べばいいわけですね」

 モニカが頷く。


「ブライトン卿。あなたには、再びガラマーン軍に当たっていただきます。一度はボンまで追いましたが、再び増兵している模様です。脅威となっていたドラゴンをスフィーティアが退治した今ドラゴンの襲撃を心配する必要はないでしょう」

「ふふ、いいだろう。わしもこのままでは、本国に戻れん。次は、奴らを駆逐してくれよう。して、我が騎下のテンプル騎士は何騎残っているのか?」

「戦闘に参加できそうなのは、50騎ほどでしょう。懸命に治療しましたが、助けられない命が多すぎました」

 モニカが首を横に振る。

「そうか・・」

 ブライトン卿は、瞑目した。

「陛下より預かりし、虎の子のテンプル騎士を半数も失うとは。ドラゴンが相手とは言え、わしの責任は重い」

「その点は、すでに伯爵より国王陛下に上奏し、ドラゴン出現による不測事態故、卿の責任では無いことを申し上げております」

「いや、そうではない。わしの責任よ。判断を誤り、多数の貴重な騎士の命を失わせたのだ」

 ブライトン卿の沈痛な面もちに、モニカも黙ってしまった。


 すると、スフィーティアが口を開いた。

「ブライトン卿、このスフィーティア・エリス・クライ、心からお詫びします。あなたの部下や他の兵士の命を救うことができなかった。私には、その力があったのにできなかった。近くにいたのに、ドラゴンの攻撃を許してしまった。守れる命を守れなかった・・」

 スフィーティアは、ブライトン卿に頭を下げていた。すると、ブライトン卿がスフィーティアの肩に手を置く。

「スフィーティア、わしらは、お主に助けられたのだ。お主がいなければ、わしもモニカもここにはいないだろう。わしは、多数の部下の命を失わせたことに大いに責任を感じておるが、自らの行動を悔やみはせん。あの時はそれしか、わしには選択肢が無かったのだ。お主とて、神ではない。救える命もあれば、救えない命も当然ある。それを後悔する必要はないのじゃぞ」

「そうですよ。あなたがいなければ、我が軍は全滅していたかもしれません」

 

スフィーティアは、俯いてしばらく黙っていたが、重い口をやっと開いた。

「ありがとう。もうこの話はよしましょう」

 スフィーティアが首を横に振る。

「モニカ、ドラゴン出現の連絡があったら、すぐに知らせてほしい。私は少し休ませてもらいます」

「わかりました。すぐにあなたの部屋に案内させましょう」

「ありがとう。でも、少し風を浴びたい。後ほどお願いしよう」

 そう言い残すと、スフィーティアは、部屋を出て行った。


 城の尖塔の天辺。いつの間にか、日も暮れていた。スフィーティアはそこに腰かけていた。長い金色の透き通るような髪が風になびいていた。彼女の遠くを一点を見つめるその青碧眼はどこか悲しげであった・・・。

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