第3話 竜狩り

「来たか!」


 瞑目して、シュライダーに座り、戦況を確認していたスフィーティアは、眼を開き、遠く戦場に目をやった。雨で視界が悪くなっていても彼女には見えていた。緑色のドラゴンが、テンプル騎士団目掛けて落ちて行き、先頭の集団を押し潰したのが。

 緑色のドラゴンはエメラルド・ドラゴン。アーシアのドラゴンでは一番よく見かけるドラゴンだ。風を操る力を持っている。

「エメラルド・ドラゴン。目標のドラゴンではないか・・・」

 スフィーティアは、顎に手をやり、一瞬思案する。

「放ってはおけまい。さて、仕事の時間だ」

 ドラゴンが暴れだすのを見ると、ニヤリと笑みを浮かべ、スフィーティアは、シュライダーを駆り戦場に向け、崖から飛び出した。


 カラミーア軍は、呆然とした。期待のテンプル騎士団がエメラルド・ドラゴンの出現で一瞬にして壊滅したのだ。ガラマーン軍がこの時を待っていたというばかりに俄かに活気を取り戻し始めた。痛めつけられた、テンプル騎士団への反撃に出る。

「伯爵、戦線の立て直しのために、ここは一旦引くべきです」

 先陣の崩壊を確認すると、女魔導士がカラミーア伯に助言する。

「うーむ」

 カラミーア伯は、戦機を図り兼ねていた。

 すると、エメラルド・ドラゴンがにわかに動きだし、暴れだした。周囲のカラミーア兵目掛けて突っ込んできたのだ。周囲の兵を頭で薙ぎ払い、噛み千切った。そして、カラミーア伯の率いる部隊を目標に定めた。明らかに、目的を持っての行動に見えた。活気を取り戻した、ガラマーン軍の部隊がエメラルド・ドラゴンに続いた。


 エメラルド・ドラゴンと目が合うと、女魔導士は、叫んだ。

「伯爵、逃げますよ!」

「うむ、撤退じゃ!引けー!」

 カラミーア伯が合図をすると、伯爵率いる騎兵部隊の両翼が鶴翼のよう前に出ると、伯爵を中心に撤退を開始した。そして、両翼がドラゴンを包みこむようにして弓による攻撃を開始する。

 しかし、ドラゴンには、弓は通らない。そして、エメラルド・ドラゴンは絡んできた騎兵を無視し飛び立つと、包囲してきた騎兵の後方に移動した。ドラゴンは空中で静止すると、尻尾の先端を丸め、竜巻を起こす体制に入った。

「う、やられる・・。ここまでか」

 カラミーア伯が弱気な発言をする。

「伯爵!諦めてはダメです。ここは私が防ぎますので、そのまま撤退してください」

「軍師。そなたを信じよう。だが、死ぬなよ。ここは任せたぞ。全軍引くのだー!」

 女魔導士が頷くと伯爵を先に行かせ、他の騎兵も伯爵に続き、サンタモニカの横をすり抜けていく。

 サンタモニカは伯爵を見送ると、右手の杖を掲げ、魔法を詠唱し始めた。尻尾の先が光を放つと、エメラルド・ドラゴンが、翼を大きく前にはためかせた。すると竜巻が発生し、どんどん大きくなっていく。竜巻はサンタモニカの方に進み始め、巻き込まれた騎兵等が宙に巻き上げられていく。

「ウワーっ!た、助けてくれ」


(ま、間に合って!)

 サンタモニカの心の叫びだ。その願いが通じたのか、間一髪で防御魔法マジックバリアが発動し、竜巻を受け止めた。

「クッ・・、何ていう衝撃なの」

 竜巻の勢いは衰えない。


 グウォーッツオ!


 凄い風だ。

(まずい、こ、これではもたないわ)

 竜巻の力に押され、マジックバリアが崩れかかっている。

(やられる・・。ここまでなの?)

 マジックバリアが破れた刹那、サンタモニカは目を閉じた。


「え、私生きてる?」

 目を開けると、眼の前に、バイクのような乗り物に跨った背の高い美しい女騎士が白銀の乗り物の前部を上げた状態で宙に浮き、竜巻に対し左腕を前に出し食い止めていた。よく見ると、彼女の左腕の透明なブレスレットから光が周囲に放たれ、竜巻を打ち消し始めた。


 シューッ、シューッ、シューッ。


 すると、不意に日が差し、彼女の靡いた金髪が神々しく輝いていた。女騎士は、竜巻を打ち消したのだ。

「な、どうなってるの?」

「ここは、私に任せて君も引け!そして、軍を立て直すんだ」

 女騎士がサンタモニカに振り向いた、目の前に、先ほどのエメラルド・ドラゴンが近づいていた。

「あ、あなたは・・、剣聖なの?」

「そうだ。さっさと行くんだ」

 サンタモニカは、頷き、馬を走らせた。スフィーティアは、見届けると、エメラルド・ドラゴンの方を見た。

「お前じゃ役不足だが可愛がってあげよう」


 声を上げると、スフィーティアは、シュライダーの状態を水平に戻し、アクセルを全開にして、ドラゴンの方に突っ込む。シュライダーのエア(操作)パネルをいじり、ドライブモードにすると、シュライダーから飛び立った。スフィーティアはエメラルド・ドラゴンの横をすり抜ける刹那首筋を掴み、そのまま上空高くに舞い上がった。一方、シュライダーは、そのままガラマーン軍に突っ込み、縦横無尽に暴れまわり、ガラマーン軍の兵士達を追い立てていく。

「ほうら、退かないと潰されるぞ!」

 高く舞い上がったスフィーティアは、ドラゴンを別のガラマーン軍の部隊に投げつけた。ドラゴンの落ちて行く地点から、ガラマーン軍の兵士達が散り散りに逃げていく。

「キケン、キケン」

 そして上空から突進し、叩きつけられたドラゴンの腹を蹴りつけた。

 

「ブギャーッッ!」


 エメラルド・ドラゴンは堪らず大きな悲鳴を上げる。さらに尻尾を掴み、ドラゴンを振り回しながら、ガラマーン軍の部隊の方に進んでいく。

「ほうら、逃げろ、逃げろ」

 左手の透明なブレスレットに目で合図をすると、ブレスレットの一部が淡く点滅し少ししてシュライダーが引き返して来た。スフィーティアはジャンプしてシュライダーに跨ると、竜を振り回し、ガラマーン軍の部隊の方に突っ込んで行く。


 剣聖の出現を確認したカラミーア伯が撤退を止め、遠くでこの模様を眺めていた。そこに、サンタモニカがやって来た。

「伯爵」

「おー、モニカ無事であったか。良かった」

「あの剣聖に助けられました」

「そうか。お主の言う通りであったな。剣聖とは、凄まじいものだな。あのテンプル騎士団を一瞬で壊滅させたドラゴンをおもちゃ扱いにするとは」

「そうではありません。あの剣聖は別格だと思います。数年前にドラゴンと剣聖の戦いを目撃したことがあります。先ほどのドラゴンと同じくらいのドラゴンでした。剣聖が結果的に勝ちましたが、余裕があるようには見えませんでした。それに・・」

 サンタモニカが何かを言おうとしたが、伯爵が遮った。

「しかし、あの剣聖は何故ドラゴンをすぐに殺さないのだろう?」

 伯爵は、あまり聞いていなかったようだ。サンタモニカは溜息を付いたが、心を切り替える。

「伯爵、あの剣聖は、何故かはわかりませんが、ドラゴンを利用して、ガラマーン軍を引かせようとしているように見えます」

「そういえば、そのように見えるな」

「ここは、チャンスです。わが軍の態勢を立て直し、撃って出るのです」

「そうか、わかった」

 カラミーア伯はモニカの助言に奮い立った。


 シュライダーに乗ったスフィーティアは、エメラルド・ドラゴンを振り回しながらガラマーン軍に突っ込んだ。ガラマーン軍の戦線は崩れていたが、兵士等に死者は出ていないようだ。


「今ぞ!反撃の時だ!敵を追い払うのだ!」

 カラミーア伯は戦機と判断し、部隊に反撃を命じる。

「おおー!」

 カラミーア軍は、転進を始めた。


「そろそろお前との遊びも終わりだ」

 スフィーティアは、カラミーア軍が転進してきたのを確認すると、シュライダーからジャンプすると、エメラルド・ドラゴンを地面に叩きつけた。そして腰の剣聖剣『カーリオン』を抜くと、ドラゴンの心臓に剣を深く突き刺し、抉った。ドラゴンはビクッとし、緑色の眼が光を失い動かなくなった。


「皆の者よ!ドラゴンは退治された。我らはガラマーンをこの地より追い払うのだ!我に続けー!」

 カラミーア伯は、撤退し始めたガラマーン軍を追い立てていく。

「おおー!」

 カラミーア伯を先頭に追撃戦が始まった。

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