第9話 ドMな懇親会

 僕は駅前の歓楽街を社長と歩いていた。

 シール協会主催の懇親会に参加するためだ。

 博多駅周辺の入り組んだ道を社長は迷うことなく歩いている。足取りは軽くどこか楽しげであった。


「ここだよ」


 僕はいやいや店を見上げた。

 なんの変哲もないただの居酒屋だった。

 会場は二階にあり、広さは技術研修会とは比べ物にならないほど狭く、三十数席はあろう場所にはすでに何人かが座っているのが見えた。

 辺りを見回すがバニーちゃんらしき姿はない。

 覇気のない若者とくたびれた中年がいるだけだった。

「同輩の勝手な思い込みか?」と呟きながら、不自然に空いている中央の席に目が留まり遠慮なく腰かけた。初参加ということもあり紹介もされるかもと考慮してのことだ。

 しかし社長は驚いたような声を上げ手招きをする。


「田中君そこ違うよ。こっち、こっち」

「え?」


 社長は柳のごとくユラユラと席をぬい、会場の一番奥にある壁側の席に座った。

 その姿に「あちゃー」と思わず声が出る。

 見せられた序列の低さを突きつけられ、無残な現実に僕のテンションは下落する。

 社長は『当然です!』という顔で会場の隅でドッシリと構えていた。

 まさに小物会の大物という風格である。

 

 しばらくして主要メンバーが会場に到着したのか、わいわいと会場が賑わい始めた。

 それらを眺めていると、頼んでもないのに社長が主要人物の解説を始めた。


「いま入ってきた人が、全国で三本の指に入る凸版印刷のオペレーターらしいよ」

「ほーう」

「あの気取ったオヤジは輪転機の神様といわれる人らしいよ」

「ふーん」


 社長はどこで聞きかじったのか『らしい』を連発しながら、得意げに人物紹介を繰り返した。


「まあ、これからはプリンタの時代だからね。僕に言わせればみんな骨董人だよ」


 またそれかよと、飽き飽きしたネタに僕の表情が歪む。


「続いて入ってきた巨漢は……」と言いかけたとき、社長は口ごもりながらそっぽを向いた。

 ん? と思いながら巨漢を見ると、ドラゴン印刷のすぐ近くにあるライバル会社の社員だった。

 ライバルといっても相手はシール印刷専門であってシルク印刷とは無関係だ。

 社長を横目で観察すると不機嫌そうな表情をしている。

 色々と思うところがあるのだろうと察しながら巨漢に視線を移した。

 巨漢は僕が最初に座っていた席にドカッと座り大声で場を仕切りはじめた。どうやら協会の中心人物だと思われる。

 やれやれ一部業務が重なるとはいえ会社規模はこちらが上なのに、社長の見せるこの表情はいったい。こんな若造に仕切られるのが面白くないのか、仕事を横取りされたのか、まあ、いろいろあるのだろうな……。

 そう思いながら巨漢を眺めていた時、同席するメンバーがあいさつしてきた。

 資材を治めている原紙メーカの営業二人組と、他県の印刷会社の営業である。

 彼らと軽い雑談をしていると、巨漢の声が響き、続いて乾杯の音頭を取るのが見えた。

 どうやら因縁の懇親会が始まったのだなと僕は鼻で笑った。


 社長はだるそうに立ち上がり、隣の席に移動すると突然シルク印刷の話を始めた。

 何の前置きもなく仕事の話をぶっこんでくる姿に眉をひそめたが、一方で、プリンターの話で方向性を失うのは笑えるところであった。まあ、そんな社長の行動から、何となくではあるが、ドラゴン印刷の参加理由が読めてきたような気はしたのだった。

 僕は総理の話を思い出す。


「うちではシルクで刷ったものをステッカーって呼んでるけど、それはドラゴン印刷でそう言ってるだけで、お客様から見たら大きいか小さいかってだけで同じモノなんだよ。セパを剝がして本体を張り付ける。それだれのモノでしかないんだよ」


 なるほどなと僕は思った。

 ドラゴン印刷の参加理由は単純で、シールしか対応できない相手にシルク印刷の営業をかけているのだ。

 部長は「社長はシルクの会合に参加しない!」と、まくし立たてるが、やる気の無いシールの営業をしても意味はない、そう考えるならば辻褄が合うだろう。


 ――ならば


 僕は勝負名刺を取り出してニヤリと笑った。

 援護射撃をするためにも、これを使う時が来たと考えたのだ。


「おお、この名刺!」

「シルク印刷による四色刷りです」

「ほほぉ~美しいですね、こんなにきれいに印刷されるんですか」

「シルク特有の発色ですよ」

「こんな名刺もらったら捨てられませんねぇ」


 名刺は好評でちょっとした人だかりが出来上がった。

 僕は集まった人に名刺を配りさらに場を盛り上げる。

 その人だかりを見てあの男が反応しないわけがない、営業に来ているならばなおのことだ。

 予想通り社長が現れ、人を分け入り颯爽と営業トークを始めた。


「この名刺~超たかいよ。一枚200円するからね!」


 いきなり金額から入り、場の空気が一瞬にして凍る。

 

「あと、発色といっても蛍光灯の光だとちょっとわかってもらえないかなぁ~」

「え?」


 一同は蛍光灯を見上げ、さらにお互いの顔を見回し視線は社長にもどった。


「光の強さは距離の二乗に反比例するから、この暗い部屋ではシルク印刷の良さはつたわらないかなぁ~」

「光? 二乗に反比例?」

「うんうん、人間は印刷面に反射した可視光線を網膜で感じているだけだからね~」

「……」

「必要ルクスはえっと~、あっ、わすれちゃった~」

「……」

「あとね、印刷面の発色を良くするために自然乾燥ではなく乾燥機を使ってるんだ~」

「……」

「だから金額はそれなりだし、納期も結構かかるよ~」


 できあがった人だかりは消え、社長と僕の二人だけがこの場に残されていた。


「あれれ?」

「あれれじゃねー!」


 僕は頭を抱えて唸った。


「ちょー! せっかく盛り上がってんのに何してくれちゃってんの! 売る気あんのかあんた! あまりにも商売っ気がなさすぎるぞ!」


 酒の勢いもあり、思わず本音が飛びてしていた。

 だが、社長曰く「うーん、どんなに説明しても結局はお金の話になるんだよねぇ~」と、めげないご様子。

 

「お金以外にも訴える方法はいくらでもありますよ!」

「へぇ~そうなんだ~、ふーん」


 ひねくれた答えが、僕の心をざわつかせる。

 お客様に叩かれてのことか、社員の影口が影響か、一人の人間がこの様な発言をあっさりしてしまうことに恐怖を感じてしまう。ある意味、社長の示す見積額のヤバさ、その源はここにあるのではと感じたほどだ。

 だが、そんな僕の心配をあざ笑うかのように社長は続ける。


「だって最後はお金でしょ!」


 あぁ、社長の顔が覆いかぶさってくるぅ。

 僕は吐きそうな気分に襲われた。

 

「うーん、もっと彼らと話したかったなぁ~、電磁波や可視光線、アインシュタインの話も面白いんだよ~」

「目的と手段が崩壊してますよ」

 

 僕はもんもんとしながら、出された焼き魚を箸でつついた。

 社長は僕の魚に視線を移すとニヤリと笑い、さらなるウンチクで畳みかける。

 

「実は僕の家系は漁師でね、魚の食べ方にはちょっとうるさいんだ~。まず、箸でこうして~こうして~」

 

 よほど精神的ダメージが大きかったのか、僕はこれ以上のことは覚えてはいない。

 結局ドラゴン印刷の参加目的は、技術研修会ではなく懇親会での営業というのは分かったがそれだけであった。

 社長はこの後二次会に特攻するらしいが僕はリタイヤだ。流石にそこまでドMではない。

 さて、このあと社長はどうなってしまうのだろうか。

 これ以上参加しても、あの営業トークではどうにもならん、ますます肩身が狭くなるだけだろう。

 そう思うと、なにやら物悲しい気分になってくるのだった。

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かいしゃ勤めはつらいもの ニートのあなた正解です ヒラ少尉 @kousa18

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