第7話 第3艦隊初陣①

 1942年10月中旬


 数日前に中型商船改造空母の「飛鷹」を加えて空母7隻体制となった第3艦隊はトラック環礁の春島錨地から出港しようとしていた。


「第4駆逐隊出港始めました! 第10駆逐隊、第16駆逐隊、第17駆逐隊続きます!」

「第11戦隊『比叡』『霧島』動き始めました! 第2航空戦隊『隼鷹』『飛鷹』『龍驤』『瑞鳳』出港しまーす!」

「基地航空隊から対潜水艦部隊の97式艦攻飛来! 10機以上!」

「敵潜水艦出現の予兆なし!」

「第1航空戦隊『翔鶴』『瑞鶴』本艦に続いて出港します!」


といった報告が次々と第3艦隊旗艦の空母「飛龍」の艦橋に届けられた。


「ついに、新生機動部隊の初陣だな」と第3艦隊司令長官の山口多聞中将が興奮を抑えきれない様子で呟いた。


 闘将で知られている山口は、今この時点で既に闘志が爆発しそうだ。


「長官、機動部隊はまだトラック環礁を出ようとしているところですよ」と山口の闘志を抑えるかのように第3艦隊参謀長の草鹿龍之介少将が言った。


「あと、この機動部隊の今回の攻撃目標はミッドウェーで戦ったような敵機動部隊ではなく、鈍足の輸送船団とその護衛艦艇群ですよ」と草鹿が付け加えた。


「分かっているよ参謀長」と山口が草鹿に笑いながら返答した。


「しかし、日本海軍の機動部隊に鈍足の輸送船団を攻撃せよ、という命令が下る日が来るとは夢にも思いませんでした。内地のほうで何かあったのでしょうか」と第3艦隊主席参謀の大石拓大佐が発言して、草鹿が如何にも同感だと言わんばかりに大きく頷いた。


「トラックで小耳に挟んだ情報に寄ると、短期決戦の目論見が崩れたから、長期持久戦に方針を切り替えて、様々な施策が水面下で進行中だとのことだ」と山口が2人の疑問に答えた。


 その後、第3艦隊司令部では今回の作戦についての最終確認が行われ、第3艦隊は南太平洋にその足を進めたのだった。


 丁度日本海軍の第3艦隊がトラック環礁から出港しようとしていた時、南に数千キロ以上離れた海面では、アメリカ陸軍(第10軍)3万5千人と弾薬、武器、その他の装備を満載したXB16輸送船団と護衛部隊のアメリカ海軍第12任務部隊(TF12)がハワイから数週間前まで日本軍の占領地域だったラバウルに向かっていた。


 TF12旗艦、空母「ワスプ」の艦上には厳しい目つきで艦橋の窓から外を見つめている一人の男がいた。


 フランク・J・フレッチャー中将


 彼はアメリカの内陸部に位置してしるアイオワ州の出身であり、1902年に米国海軍兵学校に入学するまで海を見たことがないような男であった。


 米国海軍兵学校に入学してからは、戦艦「ロードアイランド」乗組員、哨戒艇「マーガレッド」艇長、駆逐艦「ホイップル」艦長などを歴任した後、1936年には戦艦「ニューメキシコ」艦長なども経験している。


 見た目は一見、初老の優男に見えるが、目の眼光は鋭く、常に静かな闘志を心の内に留めている将だ。


 1942年の5月、6月に行われた珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦では米海軍機動部隊の司令官として戦い、後者の海戦では自らが座乗していた空母「ヨークタウン」は日本空母艦載機の激しい空襲に晒されて無念の沈没となった。


 しかし、戦力で勝っていた日本海軍相手に互角以上の戦いをしたことが上層部に高く評価されて今年の8月に中将に昇進したのだ。


「何か嫌な予感がするな」とフレッチャーは艦橋で小さく呟いた。


「太平洋艦隊司令部からの報告に寄ると、約1ヶ月半前から日本海軍機動部隊の行動がつかめなくなっているらしいですからね」とフレッチャーの小さい呟きに敏感に反応した、TF12参謀長のパウエル少将が言った。


「でも、6月の海戦で日本海軍機動部隊にかなりの打撃を与えましたし、仮に日本海軍機動部隊が活動可能な状態になっていたとしても、日本軍は戦艦、空母といった大物ばかりを狙う傾向が強いので、輸送船団なんて狙ってきませんよ」

とパウエルがフレッチャーを安心させようとした。


「他にも気になることがたくさんあるのだがね」とフレッチャーがパウエルに考えが甘いぞと言わんばかりに言った。


「その事について太平洋艦隊司令部に一言言ったのだが、『大丈夫だから行ってこい』と一蹴されてしまった」とフレッチャーが不意に自嘲的になった。


 その後も30分ほどパウエルと作戦全般のことについて話し合っていたフレッチャーだったが、結局彼の嫌な予感が払拭されることは最後まで無かった。

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