クラス1の不良少女が再婚をきっかけに義理の姉になりました〜コンプレックスを褒めたら仲良くなった

依澄つきみ

クラス1の不良義姉さん

「ねぇあんた、さっきから何あたしのことジロジロみてんの?」


 肘をつきながらボ〜ッと一点を見つめていた僕に、突然1人の少女が話しかけ……というより文句をつけにきた。


 端正な顔立ちに綺麗な長い金髪を携えた少女ーー津雲つくも利羅りら。いかにも不良な金髪に、鋭すぎる目つき故に同級生はおろか、先生にまで怖がられている。


 そんな持ち前のものすごい威圧感で文句を告げた彼女に、僕は若干ビビりながら返事をした。


「えっと、見てませんよ? 僕はただあっちの方をボ〜ッと見てただけで……」


 少し辿々しいなと自分でも思うくらいの返事をしてしまった僕だが、津雲さんは射殺すような鋭い眼光を閉じ、徐に踵を翻した。


「あっそ」


 そして小さな声でそう呟くと、僕が先ほどまで見つめていた先にある自席へと戻っていく。

 席についた津雲さんは、僕と同じようにつまらなそうに、そしてどこか寂しそうに、肘をついた。


 恐喝されるのかと思ってしまった僕は、何もなかったことに安堵し、小さく肩を撫で下ろす。クラス1の不良と恐れられている津雲さんとの初会話があれだったんだ。ちょっとくらいびびってしまったのは許して欲しい。


「それにしてもジロジロ見てると思われたのか。下向いていよ」


 後ろ向きな解決策を自身で提示したその時、僕の唯一の友達の真人まさとが、ひそひそ声で近寄ってきた。


「よぉ和人かずと、お前朝から災難だったな、あの津雲利羅に絡まれるなんて。ご愁傷さま」

「そう思うのなら、少しでも助けようという意思を見せて欲しかったよ」

「無理だな。じゃあお前、友人の前にチェンソー振りかぶった男がいたとして、『やめてくれ!』って言えるか?」


 相変わらずなんとなくわかり辛い例えを出してきた真人に、僕はその光景を必死にイメージし、そして自信満々に答えた。


「うん、無理だね。ごめん」

「わかってくれたならそれでいいさ。お前が冗談でも出来ると言わないタイプで安心した」


 学生らしいバカみたいな会話を繰り広げ、僕は微笑を浮かべる。その後も同じようななんの生産性もないしがない会話をしていると、真人がふととあることを呟いた。


「ああいうタイプって、家だとどんな感じなんだろうな? 漫画とかだとほら、意外と甘えん坊だったりするだろ」

「津雲さんのこと? どうだろう、変わんないんじゃないかな。というか想像できない」

「夢ないなぁ。ま、気持ちはわかるけど」


 その会話の途中、僕はふと津雲さんを一瞥した。気づかれないよう、ギリギリ視界の隅に収まる感じで。


 クラス1の不良と恐れられているため常に1人、会話をしている光景をほとんど見ない彼女。いったい家だとどんな言動をしているのだろうか? 

 ちょっと気になる僕だったが、確認する術などあるはずがない。


 この頃は当たり前にそう思っていた。

 まさか、確認以上の展開が訪れるなんて……


 ※


「父さんな、再婚することにしたよ」


 自宅に帰りリビングで一息ついていたところに、父さんが特大級の発言をかましてきた。

 再婚したかったらいつでもどうぞ、と言ってきた僕だが、流石に突然すぎて動揺してしまう。


「い、いきなりだね……とりあえずおめでとう」

「いきなり繋がりで悪いんだが、今日からその相手の女性が娘さんと一緒にこの家で住むことになったんだ」

「報連相……」


 再婚すること、この家で同居すること、その人に娘がいることをものの1分ほどの間に知った僕は、混乱してきた頭を抱えため息をついた。

 とはいえ、父さんには幸せになってほしいし、同居にしても、いずれ家族になるのだから同居は早い方がいいと思う。


「色々突っ込みたいことはあるんだけど、まぁいいよ。それで、いつから住むのその人たち?」

「実はな、もう来てるんだ。呼んでくるよ」


 そう言って父さんは、ニコニコ笑顔で立ち上がり、玄関の方へと向かっていった。

 まさかもうすでに呼んでいたとは思わなかったけど、そのことに今更文句をつけてもしょうがない。『僕が聞いてないから帰れ』だなんて言える立場でもないし。


「そういえば娘さんって何歳なんだろ? 僕は兄さんになるのか弟になるのか……ほんと何も知らないなぁ」


 もうここまでくると笑えてきた。今はこの非日常的な感覚を楽しむことにしよう。

 そう決意した時、高揚した父さんの声と、聴き慣れない2人の女性の声が聞こえてきた。


 ーーいや違う、1人は聞いたことがある気がする。


「いらっしゃい2人とも! 実家だと思ってくつろいで!」

「ありがとう! 利羅、挨拶して」


「お世話になります。利羅と、そう呼んでください」


 利羅、少なくともメジャーではないその名前を言い放った女性の声に、僕は聞き覚えがあった。なにせ、今朝聞いたばかりなのだから。

 耳に残るトラウマ付きで……


 靴を脱ぐ音が聞こえ、3つの足音はどんどんと僕に近づいてくる。途中聞こえてきた内容から、どうやら父さんには息子がいて、自分の娘と同級生であると言うとこまでは知っているらしい。


「これはもう、確定かな?」


 脂汗をかいていることが自分でもはっきり分かるくらいになった僕の元に、3つの中で1番若い足音がとうとうリビングに顔を出した。


 彼女は綺麗な長い金髪を小さく揺らしながら、丁寧に挨拶と共に頭を下げる。


「今日からお世話になる津雲利羅です。どうぞよろしくーー」


 礼儀正しくリビングに向かい挨拶を言い放つ津雲さん。よろしくと同時に顔を上げた時、予想通りというか、僕の顔を見て硬直していた。


 さて、覚悟決めよう。


「あ、えっと……よろしくお願いします。津雲さん」

「あんた、今朝の……! ーー最悪」


 最後の言葉は聞き取れなかったけど、その表情で何を言いたいのかはなんとなくわかった。最悪とかだろうね。


 先程の挨拶からもわかったけど、家ではものすごく丁寧な良い人をやっているのだろう。それが僕の口により不良であることがバレる可能性があるのだ。それは確かに最悪だろうと思う。

 だったらまずその金髪を直したらとは思うけど。


「真人、君の妄想は半分正解半分不正解だったよ」


 小さくそう呟いた僕は、苦笑いを浮かべる。

 かくして、クラスメイト以上の関係などあり得ないと思っていた津雲さんとの共同生活が始まってしまったのである。


 ※


「学校では話すの禁止。家でも、お母さんとあなたのお父さんの前以外では仲良くする必要はない。互いの部屋には入らない。あたしと義理の家族になるという話も禁止。そして、学校でのあたしを家で話すのは禁止ーーこれがあたしの提示するルール。あなたは?」


 突然始まった共同生活。津雲さんは亡くなった母さんが使っていた部屋を自身の部屋として使うことになった。

 そして今は、その部屋の中で僕たちの決まり事を制定していた。


 簡単にいえば、これだけはするなという約束だ。


「そうですね、僕も津雲さんにほとんど同意、です。ただその、1つ付け加えるなら、お風呂の立てかけ看板みたいなの作りませんか? 漫画みたいに裸を見ちゃうとか危ないじゃないですか」


「確かにね。わかった、お母さんに伝えておくわ。それと、あたしを家で呼ぶときは義姉ねえさんとでも呼びなさい。津雲だとお母さんとややこしいから」


 辿々しく話す僕に対し、理路整然としっかり話す津雲さん。じゃなかった義姉、さん。リビングでも感じたことだが、この人は本当に不良なのだろうかと疑いたくなるほどしっかりしている。僕の警戒心も、最初に比べれば薄まった気がする。


 相変わらず目つきは怖いままだけど。


「わかりました。じゃあそういう感じでいきましょうか」

「話が早くて助かるわ。話はこれだけだから、もう戻っていいよ」


 そういうと義姉さんは椅子に座り、僕の存在などこの空間にないかのように携帯をいじりはじめた。

 本当に仲良くする気はないらしい。


「それじゃ、おやすみなさい……」


 なんだかモヤモヤした気分のまま僕は部屋を退出し、自室のベッドに横になった。天井を見上げながらこの数時間のことを思い出す。そして、この先うまくやっていけるのかと不安を感じながら、僕は就寝した。




 それから数日、あの日に立てたルールはつつがなく実行されていた。

 父さんと義母さんの前ではそこそこに話し、学校はうまいこと別々に登校。学校では1言も話しをすることはなく、真人にも義理の家族になった話はしなかった。


 ついでに、僕が挙げた風呂場での看板ルールもちゃんと施行されている。


 こうして微妙な距離感を保ったまま、案外上手く生活していた僕たちだったが、とある日の夕食終わり。食器を片付け、いつものように義姉さんが2階の部屋に上がろうとしていた時、義母さんがガサゴソと何かを取り出し、テンション高めに僕らに言葉を投げげかけた。


「じゃじゃ〜ん! ゲーム買ってきたから、みんなでやらない?」


 義母さんが手に持っていたのは、今流行っているパーティーゲームだ。多種多様なミニゲームがあり、『家族でやれば大盛り上がり』という宣伝文句でも有名だ。


「おっ、いいじゃないか! みんなでやろう!」


 父さんは当然ノリノリでそれを了承し、義母さんとも仲良くなりたい僕も、そのすぐに了承した。

 しかし、問題の義姉さんは少し考え込んだ様子を浮かべると、微笑を浮かべながら階段の方に足を進めた。


「あたしはいいや。あんまりゲームとか得意じゃないし」


 そう言うと義姉さんは手すりに手をかける。さっきの発言が本当なのか嘘なのかはわからないが、その背中は少し悲しそうに映った。

 その足を止めたのは、彼女が最も大事にしているであろうあの人だ。


「えぇ〜! こうして家族でゲームなんて久しぶりだから、お母さん利羅ともやりたかったのになぁ」

「うぐっ……!」


 このセリフはクリティカルヒットだったらしい。落ち込む義母さんを見た義姉さんは、上に昇る足を止めざる得なくなり、面倒くさそうに唸り声をあげると、ため息を吐きながら降ってきた。


「はいはい、やるよやるやる! でもほんとに得意じゃないからね!」

「ほんと! やっぱり優しいね利羅は!」

「うっさいなぁ。早くやるよ!」


 そう言ってドシンと音が聞こえてきそうなほどに勢いよくソファーに座った義姉さんは、ただでさえ鋭いその目をさらに細めながらコントローラーを握った。


 ゲームが起動する。軽快な音楽とキャラクターボイスが部屋に響き、他の皆もコントローラを握り始める。

 僕もこのゲームはやってみたいなと密かに思っていたので、実は内心ワクワクしている。


「よしそれじゃ、ゲーム開始!!」


 こうして、義母さんの掛け声と共にミニゲームが始まった。

 結果から言うと、このゲームをしたことで、僕と義姉さんの関係は変わっていくことになる。




 ゲームに慣れていない父さんは何度も最下位になり、1位常連は僕だった。両親は勝っても負けても楽しんでいるようで、『やった〜!』とか『今のすごいね!』など、声色から発言まで、ある種理想的な楽しみ方をしている。


 では僕と義姉さんはどうかと言うとーーものすごくギスギスしていた。


「ああもう! 何であたしの邪魔ばっかすんのよ! 何? あたしのことそんな嫌い?」

「いや別に、ばっかり邪魔してるわけでは……」


 義姉さんは僕に一向に勝てないことでフラストレーションが溜まったのか、段々とゲームの苛立ちを僕に向け始めてきた。

 ボタンを押す力が増していく。


「っッ! あ、もっ……ゔゔっ!」

「ご、ごめんなさい津雲さん!」


 普段よりもさらに眼光が鋭くなっていることに加え、今回はそこに眉間に皺までもが寄っている。

 この数日で印象はだいぶ変わっていたのだが、やはりこの人は怖い! 


 僕はそのあまりの迫力に、両親の前だというのに素に戻ってしまった。その結果、当然のことながら父さんと義母さんに怪しまれてしまう。


「ねぇ利羅、和人くんとほんとに仲がいいの? まさかとは思うけど、和人くんをいじめてるわけじゃないでしょうね?」

「和人、どうなんだ?」


 義母さんはゲームを止め、義姉さんを問いただす。父さんも僕を静かに問いただした。

 義姉さんは冷や汗をかきながら押し黙ってしまう。このままでは誤解を生んだままになってしまうと考えた僕は、辿々しくだが弁明をする。


「あ、僕は別に、義姉さんにいじめられてたわけではないですよ。特に何かされたってわけでもないですし……ただまぁ、仲は正直良くはないです」


 嘘は言っていない。学校でも言われない文句をつけられたが、強いて言うならそれくらい。殴られたりパシリにされたりもしない。


「和人くんの言っている話はほんと? 利羅?」

「あの……うん」


 義姉さんは、義母さんの問い詰めに顔を逸らしながらか細い声で答えた。

 しばらく娘を見続けていた義母さんは、小さくため息を吐くと、無音の部屋に響くほどの大きさで自身の手を叩き合わせた。


「よし! 仲良くないなら仲良くなればいいのよ! 互いの良いところを見つけた時、人は初めて仲良くなれるの。と言うわけでーー」


 そう言って立ち上がった義母さんは、僕たちの前に仁王立ちすると、二カリと大きく笑みを浮かべた。そして予想していなかった提案をしてくる。


「と言うわけで、今からみんなでお互いの良いところを言い合いましょう! はいまずはお父さんから!」


 強引に始まった『良いところを言い合う会』。名指しされた父さんは一瞬驚きつつも、平静を取り戻してそれぞれの良いところを述べた。

 言い述べ終えた父さんは次に義母さんに回し、義母さんは義姉さんにパスをする。両親から出てきた内容は、優しいとか真面目とか、そう言う内容だった。


「次は、あたしか」


 パスを回された義姉さんは、父さんと義母さんの良いところをすらすらと述べる。


「お義父さんは穏やかで優しい。お母さんはあたしをここまで育ててくれた。和人は……ルールをちゃんと守ってくれて真面目」


 こういう場だからそういてくれているのだろうというのはわかっている。だけど、もしかしたらそういう風に思ってくれているのかと思うと、少し嬉しくなった。


 言い終えた義姉さんは無言で僕を見つめ、次はお前だと無言で促す。


 さぁ、僕は義姉さんの何を褒めよう。無難にいくなら真面目とか優しいとか? だけど僕たちが仲良くないということから始まったこの会だ。優しいとかは嘘くさいかもしれない。


「父さんは僕を大事に育ててくれて、義母さんは明るくて家族を引っ張ってくれる。義姉さんは……」


 褒めなくちゃ、褒めなくちゃ、そう思いながら僕は義姉さんをチラチラと見渡す。とはいえいつまでも見つめているわけにはいかない。

 義姉さんに何をいうのかと全員が僕を見つめる状況に耐えられなくなった僕は、咄嗟にいつも思っていたことを口にした。


「えっと、髪が綺麗! ……あれ? 今のってセクハラ?」


 僕がその言葉を呟いた瞬間、場の空気が張り付いたのを感じた。全員が僕を驚いたような表情で見つめ、特に義姉さんは驚きのあまりか硬直している。

 そこまでのことを僕は言ってしまったのだろうか? これはまずい。


「あの、何か問題のあること言ってしまいました? だったらすぐ謝りーー」


「ちょっと2階まで来て」


 僕の言葉を遮るように、義姉さんは急に立ち上がり、僕を2階にくるように告げて去っていった。

 一体何が起こったのだろうか? 何が何やら分からず義母さんを見ると、その目は少し潤んでいた。


「義母、さん?」

「和人くん、あの子にその言葉を言ってくれてありがとうね。2階に上がったら、正直な気持ちを伝えてあげて」


 正直、義母さんが今何を思っているのかはわからない。何がどうなってその瞳が潤んでいるのか、事情を知らない僕には知る由もない。

 だけど、この瞳を見て、動揺した義姉さんの態度を見て、動かないわけにはいかない。


「僕、行ってきますね」


 ただ2階に上がり、そこにいる義姉さんの話を聞く。たったそれだけのことだが、少し緊張してしまう。徐に階段を上がる僕は、義姉さんの部屋がほんの少しだけ隙間を開け、電光が漏れているのを確認する。

 そして、そんなわずかばかり開かれた扉から、僕を誘導するように片手だけが伸び、手招きをした。


「入ってこい、ってことだよね」


 これから何を言われるのだろうか? これからの展開を考えながら一息をつき、ゆっくりと手を伸ばした。


 中に入ると、すぐ近くに義姉さんはいた。僕から目を逸らし、電光のせいだろうか? 少し顔が赤く見える。


 扉を閉め、無言で指し示された椅子に座ると、早速本題に入った。


「あのさ、あたしの髪が綺麗って言ったの、本気?」


 か細い声でそう呟いた義姉さんに、僕は頭の中で『?』を浮かべた。

 この質問自体は予想の中に入っていた。しかし、言われるとしても乱暴に、少なくとも儚げに言われるとは露ほども予想していなかった。


「本気ですけど……やっぱり言われるの嫌でした?」

「ち、違うの!! その、逆で……」


 前のめりに否定の言葉を述べた義姉さん。逆ということは、嬉しかったと思ったわけだ。綺麗だと思ったのは事実だが、自分で染めた色を少し褒められて、それで泣きそうな表情を浮かべるだろうか? 義母さんは泣くだろうか? いや、泣くはずがない。


 この疑問の答えは、すぐに義姉さんから漏れ出し、僕を再度驚かせる。


「この髪、この金髪は、地毛なの」

「地毛!? え、もしかして義姉さんってハーフなんですか?」


 義姉さんは小さく首を縦に振り、自身の髪を撫でるように触れる。

 しかしこれは相当驚いた。ハーフということを知らなかったのもそうだし、津雲つくも利羅りらという不良イメージにこの髪色が大きな一翼を担っていたのは否定できない。


 実際僕も綺麗だと思う一方、若干の恐怖を感じていた。


「この色さ、亡くなったお父さんの色なんだよね。ある意味形見っていうかさ。この色を消したらお父さんとの繋がりが完全に切れちゃう気がして。それで小学生の時、お母さんに『パパの髪の毛であたしずっといるよ!』って言ったらお母さん泣いちゃってさぁ」


 思い出話を嬉しそうに話す義姉さんは、口元を緩ませ、わかりやすく頬を赤らめていた。その様子は、地毛だと分かったからなのか、とても普通の女の子に見えた。


「それが嬉しくってずっと金髪だったけど、歳を重ねるごとに気味悪がられたり怖がられたりすることが多くなってさ。ただでさえこの鋭い目つきじゃん? それも相まっていじめられたりしてね」


 容易に想像できる光景だった。僕ら高校生でもそうだが、他人と違うということを極度に怖がり、拒絶するきらいがある。特に日本人はそうと聞く。

 1人だけものすごく目立つ金髪で、鋭い目つきと組み合わさり生意気に見えたことだろう。


『そう見える』というだけで、充分な迫害対象たり得るのだ。彼らの中では理屈が通っている。


「何回も染めてやろうって思ったの。学校からも言われてたし。だけどさ、あん時のお母さんの顔思い出したら、やる気無くなっちゃってね。それで開き直ったの。受け入れないならあたしだって拒絶するって。怖がられてる方が楽だってさ」


 生まれ持った性質を受け入れられず、母親の喜ぶ顔のために誰かと仲良くなる可能性を排した。高圧的な仮面を被ることで寂しさからも逃げられる。

 それが、僕らが怖がってきた不良、津雲利羅の正体だった。


「お母さんにだけ受け入れてもらえればいい。そう思ってたあたしに、あんたは髪が綺麗って言ってくれて……びっくりして……嬉しかった」


 目を背けながら顔を赤らめる義姉さんに、僕は申し訳なくなった。僕だって、彼女を怖がっていた1人だ。わざとそういう態度をとっていたのだとしても、金髪1つで偏見を持ってしまったことには変わりない。


「ゲームしてた時、睨みつけちゃってごめん。あんなんしてたら怖がられて当然だよ。それと、学校でいちゃもんつけたのも謝る」

「学校でいちゃもん……あぁ、あの時の」


 僕と義姉さんの初会話。ボ〜ッと遠くを見ていた僕を、『何ジロジロ見てるんだ』という言葉とともに鋭い眼光を飛ばしてきたあの日。

 思えばあの日に感じたどこか寂しい雰囲気は、わざと他人を遠ざけていることの後悔やらだったのかもしれない。


「昔からジロジロ見られてたせいでね、無駄に視線に敏感になっちゃってさ。コンプレックスだから」


 幼い頃から物珍しい目で見られ、どうせ受け入れられないという諦めから他人を拒絶した義姉さん。間接的に彼女を傷つける考えを持ってしまっていた僕がかけられる言葉は、これくらいしかない。


 僕は義姉さんに1歩離れ、距離を離した。不思議そうに見つめる義姉さんをよそに、僕は、謝罪とともに頭を下げる。


「ごめんなさい! 僕正直、最初は義姉さんのこと、津雲さんのこと怖いって思ってました。金髪で目も怖いし、初会話があれだったし……僕も津雲さんを色眼鏡で見てた他の人たちと同じです。何も変わらない」


「和人……」


 顔を上げるのが怖い。義姉さんの目を見つめるのがとても怖い。だけど、ちゃんと誠意を持って言葉を伝えないと、今回ばかりはいけないと思った。


 徐に顔を上げ、義姉さんの目をじっと見つめる。一瞬ぎゅっと奥歯を噛み締め、言葉を告げた。


「許してもらえるとは思ってないし、これから先、もう一生仲良くもしてくれないとは思う。だけど、義姉さんの本当を知った今、これだけは伝えないといけないと思いました。ーーごめんなさい」


 殴られるのだろうか? 軽蔑されるのだろうか? いずれにせよ、よくない未来が訪れるのは容易に想定できる。

 声が響かぬ空白の時間が流れ、額に汗が伝った。許しの言葉で無くともいいから何か言ってほしい。そう思うのは強欲なのだろうかと自分に問いかけ始めたその時。義姉さんは小さく言葉を紡いだ。


「ーーあたしは、この髪色と目つきのせいで、誰からも受け入れてもらえないと思ってた。だから周囲を拒絶して、壁を作って……だけど」


 義姉さんは僕の額に優しく手を添える。そして目にこぼれそうな汗を1粒拭うと、今まで見せたことがなかった優しい笑みと、柔らかな眼差しが僕に向けられる。


 その表情には、不良少女などという肩書きは全く似合わず、ただ、綺麗だと思った。




「だけど、色眼鏡で見てきた人たちも、あたしという人間を出せば受け入れてくれる……かもしれないって、和人が教えてくれたからさ。和人が頑張って謝ってくれたように、あたしも頑張って、他の人と関わってみようかと思えたよ」


「義姉さんっ……!」

「それに言ったでしょ? あたしも悪かったって。ある漫画にね、こんなセリフがあるの。『あいつはけなした! ぼくは怒った! これでこの一件はおしまい!!』ってね。要するにお互い様ってことよ。合ってる?」


 急に自分の出した例に不安を覚え始めた義姉さんは、再び鋭い目つきになりながら髪をいじくる。困り顔で眉間に皺を寄せる様子に、僕は思わず吹き出してしまうのだった。


「ははっ! そこで自信なくなるかな普通! 最後はビシッと決めてよ」

「うっさいなぁ。しょうがないでしょ良いの思いついたって思っちゃったんだから!」


 その後僕たちは、始めた兄弟らしい会話を始めた。両親の前の取り繕った会話じゃない、自然な会話。どこを抜き取ってもしょうもなさしかないそんな話。だけどこの時、ようやく家族になれた気がしたのは、僕だけじゃないと、今は信じることにしよう。


「義姉さん、笑った時の目、すごい綺麗だったよ」

「んなっ! どこのナンパ男よあんた? 将来が不安になってきたわ……まぁでも、ありがと」


 薄く頬を赤らめ、溶けようなほど甘やかな優しい眼差しを向けられた翌日。

 僕たちは今日初めて、一緒に学校に行くことにした。登校途中、色々な人に視線を向けられた。特に同じ学校の人に。これが義姉さんの感じてきた感覚。確かにこれは気になるし不快だ。


 教室に入ると、ざわざわと別野話題で盛り上がっていた視線は、一斉に僕たちに向けられる。シーンという音が聞こえてきそうなほどの静寂の中、宣言するように僕は声を出す。


「さて、早く入ろうか? ーー義姉さん」


 その言葉を皮切りに、静寂は一気にざわつきへと変貌する。自席へと着くまでに一体何秒見られたろうか? 思わず笑ってしまうほどの視線の数だ。

 クラス1の不良を義姉さんと呼ぶ。恐らくクラスメイトは僕ごと避けるようになるだろうが、構うもんか。これから改善していくんだから。


「ーーな、なぁ和人、お前さっきのまじ?」


 小さくか細い声で、話しかけてきたのは、僕の唯一の友達、真人だった。まさか話しかけてくれるとは。

 僕はそのことが嬉しくて口角が上がる。


「ほんとだよ。津雲利羅は僕の義理の姉さんだ。ちょっと口調は強いけど綺麗で優しくて、お母さん思いの良い人だよ」


「口調は強いは余計だ和人」


 前方より、義姉さんの声が降り注ぐ。どうやら僕の紹介文に御立腹らしい。悪意を超えたつもりはなかったのだが、そう思われたのであれば失礼だった。僕は苦笑いを浮かべながら謝る。


 そんな僕とは対照的に、ビビってのけぞる真人。義姉さんはそんな彼をじっと見つめ、少し深呼吸をする。そして、1歩前に出ると、小さく頭を下げた。


「ごめん。今まで怖がらせるような態度とって。これからは気をつける。だからあたしも、その……仲間に、入れ、て……もらえないだろうかな?」


 緊張しすぎで変な挨拶になってしまった義姉さん。口をつぐみ、耳まで真っ赤だ。

 恥ずかしさで目を逸らした義姉さんに、真人は僕に視線をむけ、こう呟く。


「なんか、イメージと違って普通に良い人っぽいんだが。おい和人、今日3人で帰るから、ちゃんと予定合わせろよ。津雲さんも、お願いしますね」

「あ、ああ!」

「真人……良いやつすぎない?」


 とてもぎこちない言葉に態度。抜いてもらえてない敬語。しかし、義姉さんが勇気を出した1歩は間違いなく足跡をつけた。誤解を解いて、他の人と関わる。そんな簡単なようで難しい第1歩。


 ここから始めていこうと思う。僕と義姉さんで。


 徐にこちらを見つめる義姉さんは、優しい眼差しを向け、窓から差し込んだ風に金の髪をなびかせなが羅、小さく微笑むのだったーー。

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クラス1の不良少女が再婚をきっかけに義理の姉になりました〜コンプレックスを褒めたら仲良くなった 依澄つきみ @juukihuji426

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