第7話 目覚めたらそこは天国でした(後編)

「それじゃ改めて名乗らせて貰うわね」

 場所をお屋敷の庭園へと移し、軽い食事とお茶をいただきながらフローラさんが改めて名乗りを上げてくれる。

「私はフローラ・ハルジオン、こちらが娘のユミナね」

「ユミナ・ハルジオンです。お姉様」

「あ、これはご丁寧に」

 ん、ハルジオン?

 これで全員が立っていれば、淑女のように優雅にカーテシーで挨拶されるのだろうが、私の体調を気遣ってか4人ともが既に着席済み。因みにフィーは机の上でちょこんとすわっているので、数にはいれていない。


「あのぉー、聞き間違いでなければ今ハルジオンって聞こえたのですが……」

 ハルジオン、これは私が元貴族だとかいう問題ではなく、レガリア王国で暮らしていればその名を知らぬ者がいないほどの有名な家名。

 この国では王族をトップに据え、その下に四大公爵と言われている4つの公爵家が存在するのだが、私の記憶が正しければそのハルジオンの名は四大公爵家に属してしまう。

 因みに参考までに伝えておくと、公爵家の下には侯爵、伯爵、子爵・男爵と続き、私の実家でもあり貴族の中では最下位の騎士爵とつながっていくのだが、その持っている経済力も発言力も上と下とでは雲泥の差。

 もちろんこれらの基準がそのまま裕福かと言えばそうではないのだけれど、爵位が上がればあがるほど領地の大きさが増え、入ってくる収入も当然それに伴い増加する。後は自治領で取れる特産物なのでその一族の収益が上下するのだが、よほどバカな領地経営か生命に関わる程に飢饉にさえ合わなければ、一族が飢えることなどないだろう。


 タラタラタラ。

 私の額から冷たい汗が流れ落ちる。

「ふふふ、そんなに緊張しなくてもいいわよ」

 いやいや緊張するっていうの!

 ここが一般的な貴族のお屋敷でも逃げ出したくなるというのに、王国にその名を轟かせるほどの大貴族。発言力は国王様に次ぐ第二位と言われ、抱える財力はトップクラス。

 この世界は階級が全てなので、当然不埒な真似をしただけでも捕まってしまうし、お屋敷に侵入しようものなら問答無用で切られてしまう。

 流石にそういった事にはならないだろうが、それでも言葉遣い一つ、態度一つで私とエリスの未来が決まってしまうとなれば、緊張するなという方が無理ではないだろうか。


「そそそそ、それで、わわわわ私達は、こここここれから、どどどどどうすればいいのでしょうか?」

「ぷぷっ」

「お、お姉様、それは流石に緊張しすぎ。くくく」

 私のあまりの緊張ぶりに、フローラ様とユミナちゃんがお腹を抱えて笑いこむ。

「まぁ急には難しいわよね。クスクス」

 フォローのつもりかフローラ様がやんわりと宥めてくれるが、その直後に思い出してしまったのか、再びお腹を抱えて笑いこむ。

 し、仕方がないでしょ、それだけ私たちにとって雲の上の存在なんだから!


「くすくすくす、ごめんなさいね。まずはお礼とお詫びをしないといけないわね」

「お詫びですか?」

 いまだ笑いの渦から抜け出せないのか、時折苦しそうな様子で話されるが、フローラ様から飛び出た言葉の一つに疑問を抱いてしまう。

「えぇ、今回の襲撃騒ぎなんだけれど、実は公爵家のお家騒動から起こってしまった事なの」

「はぁ、お家騒動ですか?」

 フローラ様の話によると、現公爵様……つまりフローラ様の旦那様が爵位を継承した頃から事件は始まったのだという。

 どこの世界でも基本長男が後を継ぐと決められているが、王族や公爵家ともなると、求められるのははやり人を動かせる程の人望と能力。この大陸には嘗て無能な王子様が後を継ぎ、一国を滅ぼしたという逸話もあり、時折当主の判断で次男や三男が後を継ぐ事があるのだという。

 それがこのハルジオン公爵家でも起こり、先代が次男であるフローラ様の旦那様を選んだ事で長男さんが激怒。表立っての嫌がらせから、裏では殺人まがいの脅し、それでも一向に屈しない次男を疎い、遂には妻であるフローラ様と娘のユミナちゃんを襲うまでに至ってしまった。

 ただ今回は事前に情報が入っており、囮用の馬車と捕獲用の騎士団を用意されたらしいのだが、なぜかその作戦が事前に漏れてしまい、本命であるはずの乗合馬車の方が襲われてしまったのだという。


「本当なら無関係な人たちを巻き込みたくなかったのだけれど、私たちもまさか乗合馬車が襲われるとは思ってもいなくて」

 それはそうだろう。地方の人が少ない街道ならいざ知らず、王都へと直接繋がる街道はそれなりの人たちが行き交う道。ましてやお金にもならない乗合馬車を襲うより、荷物を沢山積んだ荷馬車を襲った方が遥かに得る収入は多いはず。

 わざわざ囮用の馬車まで用意していたのだから、それなりの対策は打たれていたはずだし、ご本人方も騎士団のじゃまにならないよう考えた末の対策だろう。それに何より悪いのはその長男さんであって、被害者であるフローラ様達が悪いわけでは決してない。

 それにしても美少女の私が狙われていたって訳じゃなかったのね。うっかり口を滑らせなくてよかったわ。


「それでその長男さんはどうされたんです?」

「まだ捕まってはいないわ。だけどアリスちゃんのお陰で山賊の頭を生け捕りにできたから、罪状は確定したの。後は騎士団に任せておけば捕まるのは時間の問題になるはずよ」

 お頭さんというとやはりあのスキンヘッドの男性の事だろう。

 フィーが上空から降らした氷の礫が、恐らくクッション性ゼロのスキンヘッドへクリーンヒットしてしまった。

 頭って当たりどころが悪いと一瞬で気絶しちゃうのよね。大切なパンツを踏みつけたのだから、このぐらいの罰が当たってもらわないと私の怒りが収まらない。


「それなら良かったです。これでもう心配する事はないですね」

 うんうん、平和が一番。これでまだフローラ様やユミナちゃんが狙われ続ければ、心配でご飯が喉を通らない。集めた食べ物はもうないけど。

「えっ、責めないの?」

「はい? 何を責めるんです?」

 あれ、私また変なこと言っちゃった?

「だってアリスちゃん達は私たちのお家騒動に巻き込まれて、命を落としそうになったのよ? 特にエリスちゃんなんて本当に危なかったわ」

「でもそれってフローラ様のせいじゃないですよね? 悪いのは山賊たちであって、裏で操っていた長男なんですよね? 寧ろ被害者なんじゃ……」

「……」

 あれあれ、私またまた変なこと言っちゃった?

 フローラ様が珍しいものを見るような表情で私を見つめる。私的には何も変なことを言ったつもりもないし、気遣って言葉を選んだわけでもない。寧ろ民主主義万歳! 的なノリのつもりで言ったつもりなのだが。まぁ民主主義は関係ないか。


「アリスちゃん。うちにお嫁に来ない?」

 ブフッ

 突然の申し出で、思わず飲みかけのお茶を吹き出してしまう。

 この場合私を責めるのは間違いだと思うんだ。


「本当ですかお母様!」

「えぇ、アリスちゃんほどの子を手放すのは勿体ないわ。それにあの朴念仁のジークがアリスちゃんを見て戸惑っていたし、アリスちゃんも案外意識しちゃってるでしょ?」

「そうですよね! 私もそうじゃないかって思っていたんです。だってあの朴念仁のお兄様がお姫様だっこですよ! アリスお姉様にも見せなかったなぁ、お兄様が恥ずかしながらもお姉様をお姫様だっこする姿を」

 まてまてまて、何その聞いてはいけないような情報は! 私ってば気を失った後ジーク様にお姫様だっこされちゃってたわけ!?

 それにしても母親と妹から朴念仁扱いされるジーク様って……。


 この後お嫁さんになる話を必死にお断りしたことだけ付け加えておく。

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