第6話 目覚めたらそこは天国でした(前編)

 チュンチュンチュン。

 カーテンの隙間から覗くお日様の光。程よい体のだるさをフカフカのお布団が包み込み、私に二度寝の誘惑を誘ってくる。


「むにゃむにゃむにゃ、あと5分……って、朝の水汲みしなきゃ!」

 あれ、ここどこ?

 ついつい何時もの癖で家のお手伝いをと思ったが、よくよく考えれば私はエリスを連れて既に独立済み。その過程で王都へと向かっていたはずなのだが、目覚めればそこは豪華な一室。

 えっと、これはどういう状況?


 見渡せば鬼ごっこができるほどの大部屋に、見たこともないような豪華な家具に装飾の数々。今まで寝ていたベッドはゆうに3人は寝れるほどの大きさで、上を向けばベッドに天蓋まであるというオマケ付き。

 まてまて、私は一体どこにいるんだ?

 目覚めたばかりの脳をフル回転させ、眠りに付く前の記憶を手繰り寄せる。

 たしか王都へと向かう乗合馬車に乗ってたのよね。その時たまたま乗り合わせたフローラさんとユミナちゃんと世間話をしていて、急に馬車が止まったかとおもうと山賊に……って!

 そうよ、山賊に襲われて私の服とパンツが! って、あれ?


 いままで気づかなかったが、私が着ているのは高貴なお嬢様方が好みそうないわゆるナイトウェア。間違っても私が持っていた服ではなく、実家に居ては恐らく一生お目にかかれそうにない高級品。

 気になってちらっと服を捲って確認するも、本来そこにあるはずの端切れをつなぎ合わせただけの布はなく、清潔さを示す白色の生地に可愛らしいレースが施された真新しいパンツ。間違えなくこちらも私の持ち物ではないと断言できる。

 するとここは……天国?


 この世のものとは思えない一室に、一生履くことが出来ない程の肌触りのよいパンツ。カーテンの隙間から覗くお庭は綺麗に整えられており、花壇いっぱいに綺麗な花々が咲き誇っている。

「うん、やっぱ天国だ」

 死んでしまったことは悲しくないといえばウソだが、それでもエリスやユミナちゃんがこの場に居ない事は唯一の救い。

 ちょっぴり寂しい気持ちが溢れてしまうが、若い二人を救えたのだとすれば、私が生きた意味も多少はあったのかもしれない。ぐすん、お姉ちゃんは居なくなっても頑張って生きるんだよ。


 カチャリ

「あれ、お姉ちゃん?」

「アリスちゃん、起きたんですか!」

「おはようございますアリスお姉様」

 扉が開き声がする方へと顔を向ければ、そこにいたのは可愛らしいドレスを着た二人の妹人と、私の契約精霊でもある精霊のフィー。因みに着慣れていない感じのドレス姿がめっちゃ可愛い!

 少々頭が混乱している関係からユミナちゃんを妹扱いにしてしまったが、決してお父様の隠し子でもなく、亡くなったお母様の子供でもないのは、二人の名誉のために補足させてもらう。

 っていうかいつの間にユミナちゃんは私のことをお姉様って言うようになったんだっけ?


 私はふら〜っと三人に近づき、ぎゅっと力一杯抱きしめる。因みにフィーはそんな私の頭の上にちょこんと乗っかる。

「三人とも死んじゃったんだね。ごめんね、守ってあげられなくて」ぐすん。

 守ってあげられなかった罪悪感と、再会できた喜びがひしめき合い、なんとも複雑な感情があふれるが、私に抱きしめられた二人からは苦しいだの、落ち着いてだの、ロマンチックの欠片もない言葉が返ってくるのみ。

 もう少し感動の再会を共有してくれたっていいのではないだろうか。


「お姉ちゃん苦しいぃ!」

「落ち着いてくださいアリスちゃん」

「死んでません、死んでませんから!」

 へ? 死んでない?

 促されるままハグを緩め二人の足元をみるも、そこには可愛らしい靴を履いた白くて細い足。慌てて空中に浮かんだフィーにも足はあるし、よく考えれば私はベットからここまで自力で歩いてきた。

 どういう事? 幽霊に足が無いっていうのはただの迷信?


「あらあらそんな姿で、でも思っていたより元気そうで良かったわ。ふふふ」

 再び声が聞こえる方へ顔を向けると、今度は豪華なドレスに身を包んだフローラさんの姿。その隣には例の付き人さん……たしかカナリアと呼ばれていた人が紺色のメイド服を身にまとい、更にその後ろには名も知らぬ複数のメイドさんたちが目に映る。

 昨日(?)出会った時には地味な服の上に旅のローブを羽織り、フードで頭をスッポリ覆っていらっっしゃったというのに、今はまるでどこぞの貴族かとも思えるゴージャスさ。だけどその凛とした立ち居振る舞いが不愉快さを感じさせず、これが本物のご婦人かと思わせるから不思議なものだ。


「あの、えっと。フローラさん?」

 うん、間違いなくユミナちゃんのお母さんことフローラさんだ。

 一瞬だれ? とか思ったが、隣にカナリアさんもいるし、昨日フードの隙間からチラッと見えた鮮やかなブロンドも健在。何よりユミナちゃんが『お母様』とか呼んでいるのだから間違いないだろう。


「念のためにお医者さんに診てもらったのだけれど、どこか体に違和感はない?」

「体ですか? (キョロキョロ)いえ、全然大丈夫です」

 そういえば私ってあの後倒れちゃったんだっけ。フローラさんが言うには過度の緊張状態から、助かった事で一気に張り詰めていたものがなくなってしまい、急に体の力が入らなくなったんじゃないかとの事だった。

 そして事も私はあろうか事かのフローラ様の息子さんに……『///////』


「あらあら、うふふ」

 一体なにが『あらあら、うふふ』なのかは知らないが、ついつい昨日倒れこんだ時の様子を思い出し一人赤面してしまう私。

 何故かメイドさん達からは生暖かい笑顔を向けられ、ユミナちゃんからはこれまた何故か喜ばれてしまう。

 な、なんなのよ、もう!


「そ、そんな事よりここってどこなんですか? それに私が着ている服も」

 このままじゃ何故か羞恥を晒してしまいそうで、慌てて話題を切り替えることに。あえてパンツが違うと口走らなかった私は、どうやら随分と成長したと褒めてもらいたい。

「安心して、ここは私の家よ」

「あぁ、そうなんですね、ちょっと安心しました。私はてっきり豪華すぎて天国じゃないかって…………」

 えっと……いまフローラさん、なんつった?

 私の聞き間違えでなければここはフローラさんが暮らす家。それは同時にユミナちゃんのお家でもあるわけであって、こんな天国のようなお屋敷で暮らせる人は当然貧乏な訳がなくて……。

「えぇーーーーー!?」

 いやいや、家ってレベルじゃないでしょ! そう言えばフローラさんの後ろに控えられているメイドさんの数、ちょっとおかしくない!? っていうか何で今まで不思議に思わなかったのよ!!


「事情が事情なだけに少し説明しないといけないわね。とりあえずお腹も空いているでしょうし、まずは着替えを用意するわ」

 そういえば私だけパジャマのままだったわ。

 混乱する私にフローラさん……いや、フローラ様が少し神妙な面持ちで話し掛ける。

 どうやら何かご事情があるようだが、まずはおっしゃるとおりパジャマからは着替えた方がいいだろう。

 これでも元貧乏騎士爵の出身なので、最低限の淑女の在り方ぐらいは教わっている。ダンスだ茶会などは誘われても全力お断りするが、パジャマ姿で部屋の外をウロつかない程度はわきまえている。


「で、ですよね。そういえば私の服は……って、何故わたしは脱がされてるんですか!? っていうかコルセット!? まってまってこれどういう状況!?」

 あれよあれよメイドさん達が近づいて来たかと思うと、三人がかりで服を脱がされ、着けた事もないようなコルセットが私のお腹あたりに装着されていく。

「大丈夫よ、パーティーじゃないのだからそんなにキツく締めないわ」

「そうなんですね、なら良かった……ってそういう意味じゃなくて! 服、服、私の服は!?」

 若干メイドさんが持つ豪華なドレスを前にすっかりビビりまくる私。この場合庶民派貧乏の私の心情を察してもらいた。

 だけどそんな怯える私に対し、フローラさんは部屋に据え置けられた机を指差しながら一言。

「でもね、アリスちゃんの荷物って……」

「あっ……」

 そこに置かれていたのは無残にも馬の蹄で踏み荒らされた私の持ち物一式。流石に食べ物関係は処分されたのか置いてはいなかったが、替えの服は全てボロボロ、大切なパンツは原型さえ留めておらず、こっそり持ち出した焦げ付くフライパンでさせ、何故か真ん中部分が大きく凹んでいた。

 さすがにこれを着ろと言うのなら、スク水で1日生活しろと言われた方は幾分マシではないか。いや、やらないけどね。


「一応カナリアが全部回収してくれたのだけれど、これじゃ使い物にならないでしょ? 倒れる前に着ていた服もあるけれど随分痛んでいたようだし、流石に

この家であの服を着せておくのは私としてもねぇ」

「そ、そうですよねぇ……」

 一体私は明日から何を着ればいいのだろう。

 換えの服は全滅、縫い合わせようにも一から作った方がいいほどの破損状況、

貴重なパンツも1枚になってしまったし、唯一手元に残っているのは倒れる前に来ていた服一式。

 当然服を買うようなお金なんて持っていないし、服を作れるような生地もない。

 絶望と荷物を投げてしまった後悔とでひどく落ち込むも、メイドさん達はその間せっせと私を着飾っていく。

 あまりの手際よさに胸元にパット5枚を入れらたことさえ気づかず、僅か数分後にはドレスを纏った私が完成しているのだった。

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