たわしの日


 ~ 七月二日(金) たわしの日 ~

 ※心慌意乱しんこういらん

  焦って慌てて大混乱




 オウムが帰って来た。



 そんなニュースが飛び込んでくるなり。


「用が済んだら立っておくんだぞ貴様ら!」


 授業中の教室から飛び出したのは

 四人の男女。


 無関係のやつが何人混ざっているのやら。

 そいつらは、先生のいう通り。

 今すぐ罰を受けてしかるべし。


 そうだな、ざっと見渡した限り。

 ただのやじ馬が、1、2、3、4、と。


「全員無関係っ!!!」

「私が戻って伊藤君を連れてこよう」

「助かるよ、五十嵐さん」


 いや、語弊があった。

 十四日に乙女くんからお稲荷さんの話を聞いたわけだから。


 彼女は容疑者。

 つまり、関係者だ。


 さらにもう一人。

 容疑者と呼べるのは。


「伊藤、心配してたから。よかった……」


 演技とは思えない程。

 優しい笑顔で胸を撫でおろす委員長。


 あと、薄い線だが。


「ごめん。強引に連れ出して」

「いえ、ほんとはすぐにでも行きたかったので、嬉しかったですよ?」


 もっとも動機が薄い乙女くんは。

 もっとも犯行が容易な人物だ。



 そんな三人を前に。

 一体だれが犯人なのかと。

 鋭い眼光で所作を確認するのが。


「……伊藤君、内股で歩くの。可愛い……、ね?」


 もとい。

 どうでもいいことに気を取られているのが。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 まあ、盤面を動かすのは。

 助手の役目という事らしいし。


 役立たずは捨て置いて。

 俺が揺さぶってみるかな?


「……なんで委員長と五十嵐さんまで出て来たんだよ」

「圧倒的好奇心!」

「しまっちゅに同意」

「しまっちゅいうな!」


 うーん。

 普通な反応。


 そう言われては。

 これ以上探りを入れる訳にもいかない。


 せめてどっちが先に犯行現場へ向かったのか分かれば。


 推理の進めようもあるんだけど。


 ……ん?


「あれ? そう言えば五十嵐さん、委員長のことしまっちゅって呼ぶようになったんだな?」

「…………昔からよ?」

「いや? 委員長のことをしまっちゅと呼ばない希少種として勝手に親近感持ってたから」

「名探偵に親近感持たれるなんて光栄ね」


 たしか、安西って呼び捨てにしてたと思うけど。


 度重なる状況証拠のせいで。

 全てが疑わしく見えてるだけ?


 推理の迷宮。

 情報に惑わされて迷子になりかけた時は俯瞰で見ることが大事。


 ……うん。

 この情報は事件と関係なさそうだ。


 捨て置こう。



 助手の俺が。

 推理を進めている間。


 所長は、乙女くんからオウムの生態を聞いて楽しそうにしてるけど。


 お前もちょっとは仕事しろよ。

 そうじゃねえと……。


「着いちまった」

「こ、ここに向かってたんだから、着くのは当然……」


 いやはや。

 推理してえのかしたくねえのか。


 どっちなんだよ所長。


 先に到着してた飼育部の先輩二人へ。

 慇懃な挨拶してる場合じゃねえ。


 ……とは言え。

 下手に動くのも怪しいか。


 ここは、自然に振る舞いながら情報を集めよう。


 先輩たちは。

 オウムの体に怪我が無いか確認中のようだ。


 そして乙女くんは。

 掃除用具を手に、しばらく主が不在だった鳥籠をフックから外している。


「ああ、私がやろう。伊藤は、先輩方の作業をしっかり学ぶいい機会だろう」

「あ、そうですね。それではお言葉に甘えさせていただきます」


 しまった。

 一番自然な仕事、メイジに取られた。


 秋乃はオウムの健康診断に興味津々なようだし。

 俺も掃除に混ざらせろ。


「よし、五十嵐さん。たわしを私に渡してくれ」

「……なるほど、ダジャレか。確かに面白いが、こちらのブラシの方が無難だろう?」

「なに言ってるのよ芽衣。この、鉄でできた櫛みたいの使うんじゃない?」


 三者三様。

 違う得物を手に主張し合うが決着がつかない。


「おい秋乃。どの道具使うのが正解だと思う? たわしかブラシか櫛か」


 そこで、第三者の意見を聞いてみれば。


 返ってきた答えは。


「立哉君を使えばいいと思う」

「うはははははははははははは!!! 俺、便利!!!」

「同意ね」

「同じく」

「やめんか。オウムがそんなセンテンス覚えたらどうする気だ」


 俺がムッとしながらたわしを振り回していると。


 身体検査を終えたオウムが。

 乙女くんの腕に掴まったまま連れてこられる。


 そんな中、秋乃は。

 いつもの常識知らずを発動した。


「覚える?」

「何の話?」

「オウムが覚える?」

「ああ、オウム返しって言うだろ。オウムは、聞いた言葉を繰り返すことができるんだ。…………いてえよ。ばんばん背中叩くな。吹くねえこいつって顔すんな」


 冗談だと思ってやがるな?

 ようし、証拠を見せてやろう。


 さて、なんて言おうか。

 ここは無難に、おはようとでも言うべきか。


 考えこんだのは、ほんの一瞬。

 でも、その一瞬が。

 明暗を分けた。



『ホサカヲツカエバイイトオモウ』



「「「「うはははははははは!!! ほんとに覚えた!!!」」」」

「やめんか恥ずかしい!!! ええい、違う言葉で上書きしてくれる!」


 慌てて騒いだ俺だったが。

 先輩方に止められて押し黙る。


 確かに、オウムを驚かせて。

 また逃げられたりしたら大ごとだ。


 お稲荷さんそばの窓は開いたままだし。

 下手に飛ばれたりしないように、俺はオウムからゆっくりと距離を取ったんだが。



 どうやら、ちょっとだけ間に合わなかったようだ。

 オウムは、翼を大きく広げると……。



「おい」



 ひょいとジャンプして。

 俺の頭の上に飛び移った。



「びっくりしました! また逃げちゃうんじゃないかと……」

「あはははははははは!!! お、お腹痛い……!」

「ほら、保坂君。新しい言葉覚えさせるチャンス」

「……降りてください」

『オリテクダサイ』

「そうじゃねえだろ」

『ソウジャネエダロ』

「あはははははははは!!!」


 くそう。

 すっかりコンビ芸人扱いだ。


 そんな爆笑コントを前に。

 お前は一体何やってんの?


「こら。顔に胸よせんな」

「そじゃなくて……、オウムさん、お稲荷さんのそばにいたでしょ?」

「おお」

「だれかが、赤い糸で結ばれますようにってお願いしてるの覚えてないかなって」

「なんて下世話!」


 これだから女子は。

 聞きたい衝動が勝って。

 聞かれた人の気持ちを考えやしねえ。


 でも、俺が腹を立てているとも知らず。

 こいつはオウムに捜査を依頼した。


「オウムさん? これから、お稲荷さんにお願いする人の言葉、覚えてあたしに教えてくれる?」


 言葉を記憶する。

 そんな賢い鳥でも。


 所詮、鳥は鳥。


 人間の言葉なんか理解できるはずもない。


 なんて、俺は考えていたんだが。

 どうやらこいつは違ったようだ。


 ちゃんと秋乃の言葉を理解した上で。

 最適な答えをそのくちばしから紡ぎ出した。



『ホサカヲツカエバイイトオモウ』



「「「「うはははははははは!!!」」」」


「か、籠に入るかしらね……」

「エサは何がいい?」

「やかましいわ」


 この鳥。

 笑いの神様かよ。


 そして、誰もが笑い続ける間にも。

 終業のチャイムが響き渡る。


 ひとまず、鳥は籠に戻して。

 次の授業に向かわないと。


 俺は、渡された籠をフックに引っ掛けて。

 頭に乗せたオウムを、一旦腕に移す。


 そしてみんなが、今しがたの爆笑コントで笑ったまま部室を出て行くとき。


 ふと、違和感に気が付いた。



『ホサカヲツカエバイイトオモウ』



 …………秋乃は。

 立哉って言わなかったか?



 どうにも拭いきれない違和感を胸に。

 俺は、オウムを籠の中へ移す。


 えっと、あいつの言葉をさかのぼって思い出そう。

 お稲荷さんにお願いする人の言葉を覚えろ。

 赤い糸で結ばれますようにってお願いしてる人はいなかったか。

 その前は……。



 注意散漫。

 後悔先に立たず。


 考え事のせいで。

 籠についた扉の小さな金具を摘まむのに時間がかかった。


 だから。

 俺は、扉を閉じる前に。



 大声を上げて。

 オウムを驚かせちまったんだ。



『トチオト、アザイイト、ムスバレマスヨニ』



「ええっ!? 今お前、なんて……、うわっ!? ま、待てっ!!!」


 慌てて伸ばす腕よりも。

 翼の一振りが勝るのは道理。


 オウムは、再び。

 籠から外の世界へと飛び立ってしまった。




 …………叱られるのも。

 非難も甘んじて受けよう。


 でも。

 そのおかげで。


 謎が…………。



「トラ男ぉ!?」



 謎が。

 さらに深まることになっちまった。


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