アインシュタイン記念日
~ 六月三十日(水)
アインシュタイン記念日 ~
※
熱いストーブの上に一分間手を
当ててみて下さい。
まるで一時間位に感じられる。
では可愛い女の子と一緒に一時間
座っているとどうだろう。
まるで一分間ぐらいにしか感じ
られない。
それが相対性です。
~アルベルト・アインシュタイン~
「この……っ! そこまでして勉強したくねえのかお前ら!」
「逃げろ~!」
「妖怪・椅子ペッタンに掴まってたまるか!」
「説明するのよん! 妖怪・椅子ペッタンとは、嫌がる子供を無理やり椅子に括りつけて、耳元で『勉強しろー』と低い声で脅す、岐阜に一年前から出没するようになった恐怖の生き物なのである!」
「こ、怖い……」
成績最底辺の六人組。
泣く子も黙る舞浜軍団。
そのうち二人。
最近真面目な王子くんと姫くんは。
大人しく、教室で俺の対策ノートとにらめっこしている。
だが。
残りのメンバーときたら。
「お前らはどうしてそう……! 待たねえかコラ!」
「よし! ここからバラバラに逃げるぞ!」
「保坂軍団の掟、その三を忘れないようにね!」
「その三って、何だっけ~?」
「な、仲間が倒れたその時には……」
「「「その時には!!!」」」
「踏み越えてとどめをさしてでも、自分だけ生き残れ」
「最低な掟だなおい!? あと、勝手に俺を軍団長にすんじゃねえ!」
テスト一週間前の閑静な放課後。
そんな校舎内を、校庭を。
縦横無尽に逃げ回った挙句。
分かれ道で、ぴたっと止まり。
四人同時に首だけ振り向いてアッカンベー。
「アインシュタイン気取りか!」
一番頭に来たのは。
きけ子と一緒に右へ向かったロング髪。
俺は、パラガスと甲斐を無視して。
柔剣道場の方へ向かった女子二人を追ってみたんだが……。
「あれ?」
まるで忍者。
二人の姿がどこにもない。
テスト一週間前だ。
柔剣道場にはカギがかかってるし。
お隣りの弓道場だって同じだろう。
一体どこに隠れたのやら。
茂みやら建物の裏やら、怪しいところを探していたら……。
「ちょっと! そこの二年生!」
「ん? 俺か? ……うわっ!? なにすんだ!」
いきなり五人程の女子に囲まれて。
地面に組み敷かれちまったんだが。
正面に仁王立ちする袴からして。
弓道部の先輩か?
どういうつもりなのかと問いただそうとして上げた顔。
でも俺は。
慌ててそのまま横を向くことしかできなかった。
「そんなに顔を見られるのがイヤ? でも、どうせバレるから観念することね」
「違う違う! そんなかっこしてたら誰だってこうするだろうが!」
だって、袴の着くずし方がハンパない。
無理やり縛っただけって感じの上下から。
見えてはいけないものがちらほらと。
弓道着って。
こう見ると結構無防備。
「しらじらしい! 今までずっと更衣室覗いてたくせに、なに言ってるの?」
「はあ!? 覗き!?」
冗談じゃねえ!
でも、覗きの犯人と間違えられてもおかしくない動きしてたからな。
どうやって弁明しよう。
せめて他に。
容疑者候補がいてくれたら……。
「ちょっと待って? もう二人、そばをうろついてた人を捕まえて来たんだけど」
「でかした先輩! きっとそいつらが犯に……、ん?」
「痛い痛い! あたしたちが何やったってのよ!」
「れ、連行される理由を聞きたい……」
別動隊に連れてこられたのは。
俺が探してた二人組。
どこに隠れてたんだ?
……ああ。
そっか。
柔剣道場と弓道場の間。
そこの狭い隙間にいやがったんだな?
じゃあ。
「お前らが犯人じゃねえか、妙なとこ隠れやがって。ほれ、とっとと罪を白状しろ」
「酷いわね保坂ちゃん! なんであたしが女子更衣室覗かなきゃいけないのよ!」
「み、右に同じ……」
三人並んで立たされた。
容疑者の三人。
そのうち二人は、動機ゼロ。
なんなら更衣室を覗くどころか。
中に入っても問題ない。
さあ、犯人は誰でしょう?
「くそう! なんという小学生向け推理クイズ……っ!」
「観念したら? 真犯人さん」
……なーんて。
思ったあなたは不正解。
実はこのクイズには。
中高生向けのギミックが隠されている。
「おい、夏木」
「なによ覗き魔」
「俺は、容疑者としか言ってないぞ?」
「だから、あたしたちは容疑者どまりでしょうに。覗きの犯人、保坂ちゃんしかいるわけないじゃない」
「…………それ」
「は?」
「誰も言ってねえのに、なんで罪状が覗きって分かったんだ?」
俺の名推理を聞くなり絶句して。
とぼけて目を逸らす二人組。
そんな姿を見て。
容疑は薄いと判断したのか。
先輩は。
俺の質問に素直に答えてくれた。
「先輩。そこの狭い隙間に入れば更衣室が覗けるんだな?」
「そうよ。でも、相当細くないと通れないけど」
「あたしじゃないわよ! 細いってだけで犯人扱いしないで!」
「そうは言っても。俺なんか、通れたとしてもシャツが真っ黒になりそう」
確かにと頷いた弓道部の皆さんが。
三人の服を観察し始めると。
ぴたりと視線を一点にあてて停止する。
「…………おい、クラスナンバー2」
「は、話す時は相手を見るように……」
ああ、お前なんかに話しかけてねえよ、秋乃。
俺が問い詰めてる相手は。
やたら汚れたブラウスの一部。
でも、全員が真相に気づいてるその隣で。
自分の胸に汚れが無いことを確認しながら顔を真っ赤にさせて怒るきけ子が。
ブラウスに慌てて砂で汚れを作って。
胸を強引に張りながらはんべそ声で白状する。
「あたしよ! あたしがあんな狭いところ通ったりしたから、服が汚れて! 特にここ! 胸んとこがつかえて汚れてばれてしまったのよ!」
「もういい、お前は十分戦った。だからそっちで休んでろ、妖怪少女・つるぺったん」
「誰がつるぺったんよ!!!」
「いや、でも比較対象が……」
「相対評価、良くない! この世から相対性なんて無くなればいい!」
そして膝を突いて地面を叩きながら。
アインシュタインさえいなければとか。
意味の分からんことをきけ子が叫んでいると。
「なんの騒ぎだ?」
いつものごとく、とんだ地獄耳。
小走りで向かって来るのは。
「ああ、先生。これは……」
「保坂ちゃんが女子更衣室覗いてました!」
「はあ!? ちょっとまてお前! さっきと言ってることが違……」
「保坂。生徒指導室まで来い」
「違う! えん罪だ! この状況見たら、何が起きたか何となく分かるだろ!?」
「相対的に見て、一番怪しいのは貴様だ」
「くそう! アインシュタインめ!!!」
……そして。
連れ去られる俺を見つめながら。
舞浜軍団の二人がつぶやく。
「保坂軍団の掟、その三」
「な、仲間が倒れたその時には……」
「「踏み越えてとどめをさしてでも、自分だけ生き残れ」」
「くそう今すぐ訂正しろ! 保坂軍団じゃなくで舞浜軍団だろうがお前ら!!」
「ほら、キリキリ歩け、団長。例えお前の罪じゃないにせよ、責任をとるのが務めだろう、団長」
こうして。
俺は責任者として。
三時間も立たされた挙句、反省文を書かされることになった。
「……三十分だろう?」
「アインシュタインめ! どこまで俺を苦しめるんだ……!」
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