パフェの日


 ~ 六月二十八日(月)

     パフェの日 ~

 ※主客転倒しゅかくてんとう

  物事の順序とか立場とかが

  逆になること。




 テスト一週間前。

 最後の贅沢。


「うま……」


 『バスを降りて正面の店』。

 そんな形容詞を持つ店なんてごまんとあるだろうに。


 この界隈では。

 一軒のみを指し示す。


 学校最寄りの駅前から。

 バスで30分。


 終点の、デートスポットとして有名な公園まで停留所にして二つ手前。


 バスを降りた正面に建つ。

 そんな喫茶店の名物は。


「ん! いつ食べてもおいしい!」

「僕、ここでパフェ食べるの夢だったんですよ……」


 採れたてフルーツをたっぷりと使った。

 『奇跡で季節のフルーツパフェ』


 俺も、実験に夢中で秋乃が帰ろうとしないから一人で駅まで歩いてた時に。

 甲斐ときけ子に誘われて一度だけ来たことがあるんだが。


 新鮮なフルーツの甘みが。

 舌と鼻腔をくすぐり続け。


 くどさがまったく無い生クリームからは。

 紅茶の香りがほのかに感じられて。


「お、おいし……」


 この、探偵にかぶれてとうとうハンチングなどかぶりだした。

 舞浜まいはま秋乃あきののように。


「この顔である」


 初めて口にすると。

 誰だって目をまん丸にする。



「そう言えば……、結局犯人出てこなかったんだろ?」

「ん? ああ、オウムの話?」


 察しがいいな、委員長は。

 よく犯人って言葉だけで分かったな。


 ……オウムが逃げた件について。

 疑われているうちのクラス。


 犯人が名乗り出るはずもない、偽装も容易な行動履歴を書かされたんだが


 案の定、該当者は一人もいなかったって話だ。

 

「なんでうちのクラスの生徒が疑われてんだろうな……」

「見間違えだと思いますけど。そんなことする人がいるとは思えませんから」


 さすが、『我がクラス唯一の癒し姫』。

 乙女くんがにこりと笑うと。


「そうだ、こんな時こそですよね? 名探偵の所長さんはどう思いますか?」

「この間、答えは発見した……、よ?」

「すごい! どんな答えなのでしょう?」

「クラス章が入れ替わってた……」


 ああ、羽鳥君の時みたいにか。

 でもさ、所長。


「なぜそんなことする必要がある」

「それは、犯人が断崖絶壁で話すことだから。あたしは知らない……」

「おい所長」

「だから、立哉君が告白して?」

「ほんとまてよ所長」


 助手が犯人ってパターンには著作権があるんだぞ?


 まあ、ソースが親父だから信憑性はゼロだけど。



 そんなくだらない話で盛り上がってるうちに。

 結構いい時間になって来た。


 ほんと遅いな、メイジとトラ男。


 あいつらの選択授業、急に中止になったから。


 俺たちより一時間。

 下手すりゃ一時間半は早く学校でたってのに。


「五十嵐さんから連絡来てねえのか?」


 委員長に聞いてみたんだが。

 どうやら聞こえなかったようだな。


 自分の手柄でもねえのに。

 乙女くんに、やたらと自慢してやがる。


「どうよ、伊藤。美味しい?」

「はい! 僕、これ食べるの夢だったんです!」

「そればっかだな、お前」

「ごめんなさい……。一緒に来るお相手とかいなくて……」

「そうなんだ。食べたくなったらいつでも声かけてね?」

「嬉しいです!」


 乙女くんの、無邪気な笑顔を見て。

 委員長が一瞬、頬を赤くしたようだが。


 すげえ分かるわ。

 俺も、毎日誘ってやりてえって思ったもん。


 それにひきかえ。


「あたし……、これ、一生食べていたい……な?」

「こっちを向くな。自力で考えてみせろ」


 お前の企み顔、すげえ腹立つな。

 ギャップのせいで、一口たりともおごってやりたくねえって思っちまう。


「でも、五十嵐さんたち、ずいぶん遅いですね……」

「そうだな。……ん?」


 乙女くんのつぶやきと同時に。

 店の窓越しに見えた姿。


 お店の前の横断歩道。

 二人して走って来るのは。


「遅いよお前ら」


 秋乃が探偵事務所を開いてから。

 なにかと一緒に行動しているトラ男と。


「三十分も二人でいて、気分悪かったわ」

「こっちのセリフだ!」


 不機嫌を隠しもせず。

 ソファーに座る、委員長の横へ向かったメイジ。


「しかもコイツ、金持ってねえから俺が払う羽目になった……」

「私は電子マネーしか持ち歩かない主義なの。今時キャッシュオンリーって」

「礼ぐらい言えっての」

「そうね。御馳走様」

「感情ゼロトーンで言われてもな。役者かお前は」


 俺の隣に座ったトラ男が噛みつき続けてるけど。


 ほんと仲悪いな。

 でも、一つ気になることがある。


「二人してどこかにいたのか?」

「通りを挟んだ向こうにも喫茶店があるの」

「お前らが、バス降りた正面の店とか言うからあっちに行っちまったんだ」

「連絡しても、返事ないし……。ねえ、しまっちゅ?」

「ふえっ!? ……うわ気付かなかった! ごめんね、芽衣!」

「ふふっ、意地悪言ってごめんなさい」


 ……ここのところ。

 脳が推理を求めている。


 だから俺は。

 今までの会話に。

 いくつかの矛盾が隠されていることに気が付いた。


 どうやら所長も気付いたらしい。

 眉根を寄せて。

 瞼を伏せがちにして考え込む。


 しょうがねえな。

 こういう時、盤面を動かすのは助手の仕事か。


「えっと、変な質問するようだが……、栃尾君、五十嵐さん」

「ん?」

「なあに?」

「一緒だった時間、三十分ってどういうことだ?」

「どうもこうもねえだろ。バス降りて、正面に見えた喫茶店に入ったらこいつがいて……」

「三十分待ちぼうけだっただけよ?」


 一見すると。

 何の変哲もない話だが。


 めちゃくちゃおかしい。


 俺たちが店に入ってから。

 既に三十分。


 バスは三十分置きだから。

 喫茶店に三十分いたなら。



 俺たちと同じバスに乗っていたことになる。



 それと、もう一つ。


「なんでバス降りて正面が道の向こう側になるんだよ。後ろ向きに降りたのか」


 バスから降りれば。

 道路は背中側に来るのが道理。


 道路側に向くのは。

 子供向けアニメでしか発生しない超常現象。


 そんな俺の言葉に。

 一瞬、メイジの体が固まったように見えたが。


 でも、そんな反応を指摘するより早く。


「ああ、そうか! 俺、後ろ向きに降りたから勘違いしたんだ!」

「つくならもっとましなウソつけ」


 トラ男が無茶苦茶なことを言い出して。

 全員からの冷笑を浴びた。


「ウソじゃねえよ!」

「ありえねえだろ。どうして後ろ向きに降りたんだ?」

「う……、お…………」


 ほら見ろ怪しい。

 トラ男は腕組みしながら。

 上手い言い訳を考える。


「いや、話すようなもんじゃねえんだが……」

「いいから言えよ」

「…………俺の後ろから降りようとしてたばあさんを、こう、な?」


 そして、両手で持ち上げるような仕草をした後。

 恥ずかしそうにそっぽ向いちまった。



 この話を聞いて。

 乙女くんは萌え袖から覗く指で口元を押さえて感動しているようだ。


 でもな、騙されんな。

 こいつの話はウソ。


 だって、待ち時間が三十分なのに。

 俺たちと違うバスに乗ってた矛盾は。


 まだ解消してねえ。



 『バスを降りて正面の店』。


 この言葉が意味するもの。


 特殊な降り方をしなくても。

 成り立つとすれば一つだけ……。


「な、謎は全て解けた……!」


 いや、所長。

 言いたい気持ちは分かるが。


 ちょっと待つんだ。

 これは随分デリケートな問題だ。


 俺たちと同じ方向。

 つまり、『下り』に乗っていたのではなく。


 『上り』のバスに乗っていたのならば。

 全ての矛盾は解消する。



 でも。

 それの意味することは。



 二人が、デートスポットに行っていたことを黙っているって意味に……。



「立哉君が、このお店の味を超えるパフェを作れるようになれば……!」

「うはははははははははははは!!! 花より団子っ!!!」



 やれやれ。

 最悪の事態はまぬかれたな。


 でも、秋乃にチョップをかましながら。

 俺はその視線に気づいてた。



 …………知られたくないことを知られた。



 ミステリアスな瞳は。

 そう物語っていたのだった。


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