オウムとインコの日


 ~ 六月十五日(火)

   オウムとインコの日 ~

 ※明明白白めいめいはくはく

  推理しようもねえほど潔白




 家に帰ってからも。

 一晩中メッセージ送って来て。


 さらに家を出てからも。

 ずっと夢中で繰り返すこの言葉。

 

「謎、無い?」

「無いわね」

「どこかに死体とか……」

「あるわけねえだろ」


 昨日、たった一日で。

 推理ドラマの主人公になりたくなったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 なんというご迷惑。

 始業前の楽しい時間に。


 五十嵐さんの席までやって来て。

 探偵さんの御用聞き。


 ……出席番号、二番。

 五十嵐いがらし芽衣めいさん。


 アシンメトリーに、髪を斜めに切り揃えた。

 ミステリアスな雰囲気を持つ彼女は。


 バレない程度、いつも黒とか紫とかのラインをネイルに入れてるんだが。


 その雰囲気と名前をもじって。

 俺は心の中で。


 メイジって呼んでたりする。


「ねえ、保坂。ひょっとしたらなんだけど……」

「そう。昨日のゲームに相当やられたらしい」

「お、面白かった……!」


 メイジの机に顔を乗せて。

 子供のように、目をキラキラさせた秋乃。


 その頭に手を乗せながら。

 彼女は、嬉しそうに俺に振り返る。


「そう。よかった。……ついてたわね、保坂。凶器のカードを最初に手に入れるなんて」

「ビビったよ。普通に転がってるんだもん、丹弥にやの部屋に。以降、完全隠匿」

「あ、そうだ! あ、あのね? あたし、丹弥ちゃんの動機が気になってて……」

「いい吸血鬼なんだよ、丹弥。血を吸うに当たって、みんなに恨まれてる商人を選んだんだ」

「な、なるほどね……。じゃあ、立哉君の時は?」

「俺も、元殺人鬼だったんだ」


 ふむふむと頷く秋乃を。

 まるで小動物を愛でるような瞳で見つめるメイジ。


 のどかな朝の教室に。

 微笑ましい光景。


 誰が見たって。

 抱く感情は一つだろう。


「あんたらさっきからなに怖い話してるのよ!!!」

「だ、大丈夫!? あたしは秋乃ちゃんのこと信じてるから、なにがあったか話して?」


 メイジの左隣。

 委員長が眉根を寄せると。


 委員長と、次のライブの話をしていた。

 佐倉さんが、真っ青な顔をして秋乃の手を掴む。


 そうだよな。

 誰が見たって。


 犯罪者たちの感想戦。


「違う違う。ゲームの話だよ」


 俺の説明に。

 がっくりと肩を落とす委員長と佐倉さん。


「うんうん! なんだびっくりしたよ!」

「なにそれびっくりさせないでよね? ゲームって、ピコピコ?」

「おばあちゃんか。……いてえぞ、ボールペン」

「人に向けて突かないようにしなさいとはどこにも書いてない」

「やめねえか。内失血した痕みたいになってる」


 夏服になって剥き出しの腕に。

 無数のボールペン痕。


 それを、秋乃はでかい虫眼鏡でふむふむとか観察してるけど。

 動機も凶器もまるわかりだからな?


「ピコピコじゃないなら、ボードゲーム?」

「カードゲーム……、でもねえか。五十嵐さん、あれはなんなんだ?」

「テーブルトークRPGのジャンルの一つよ、マーダーミステリーは」


 おお、なるほど分かりやすい。

 と、思ったのは俺一人。


 そう言った文化にまったく関り無さそうな三人が。

 揃って俺をにらんで説明を求める。


 こら、その内一人。

 てめえは昨日遊んだだろうが。


「一つの役になり切ってお芝居する遊びだよ」

「え? ゲームなのに台本があるの?」

「設定しかねえ」

「……は?」

「情報とかアイテムが描いてあるカードをひいて、それを交換したり公開したりして犯人を推理する……」

「待って待って。さっぱわからん」


 いや、まいったな。

 めんどくせえぞ委員長に説明すんのは。


 俺が、この状況をニヤニヤ眺めるメイジに助けを求めていると。


 秋乃が、空気も読まずに自分の興味を優先して話の腰をばきりと折った。


「いいんちょ! 謎、無い?」

「謎? ……ああ、あるわよ? さっき芽衣と話してたんだけど」

「お、教えて……!」


 あれ?

 どういうことだろう。


 メイジは、謎なんかないって言ってたよな?


 そんなメイジが急に不機嫌そうにして。

 視線をそらしてるのも妙に気になる。


「飼育小屋あるじゃない? あそこから、オウムが逃げちゃったのよ」

「だ、大事件……!」


 それがどうしたと突っ込もうとしたら。

 秋乃がこれでもかって勢いでかぶりつく。


 お前さあ。

 これは事件じゃなくて事故の部類だろ。


「それ、解決する……!」

「こわ! ……ねえ、保護者。なんで秋乃はこんなんなってんの?」

「偶然、漁の解禁日に当たったんじゃねえか? 今なら釣り放題。秋乃の大群が船の真下を通過中」

「いらないわよ、生簀一杯の秋乃ちゃんなんか」

「そう言わずに。 早速二匹目を釣ってみると良い」


 一瞬、いやそうな顔をした委員長だったが。


 ふと、何かを思い出した様子で。


「ああ、そう言えば……」

「ぱくっ! そ、それも解決する!」

「……餌付ける前に、海から飛び出て針に食いついたぞ? 旬の秋乃」

「ほんと入れ食い……。あのね? あたしのシャーペンが消えたの」

「そういうの待ってましたお客様!」

「誰がお客様よ!」

「えっと……、ま、まずは証拠を……」


 そして振りかざす巨大虫メガネ。

 お前、それで火事とかおこすなよ?


 とは言えシャーペンが消えたのか。

 すぐに見つけてやらねえと。


「ま、まずは動物が入って来た痕跡を……」

「シャーペン、どこに置いてたんだ?」

「机の左っかわ」


 委員長の席は一番前の左端。

 人通りは少なそうだが。


「じ、実は机が傾いてるとか……」

「手で落としたんじゃねえの?」

「かもね。でも、床には無かったっぽいんだけど」


 これには佐倉さんも同意してる。

 どうやら一緒に探したんだろう。


 と、いうことは。


 ……委員長の後ろの席。

 風見君の席に勝手に座ってなにかやってるパラガスが一番怪しい。


「い、今は窓が閉まってるけどさっきまで開いてて、そこから風が……」

「書けた~! 体育祭のアンケート出しとくね~、しまっちゅ~」

「しまっちゅよぶな!」


 へらへら笑いながら立ち去ろうとするパラガスだが。


 最も怪しい容疑者を逃がす訳にはいくまい。


「待てお前」

「ん~?」

「どうやってアンケート書いたんだ?」

「え~? ……あ、そっかそっか~。シャーペン、貸してくれてありがとね~」

「貸してないわよ! 黙って持ってくな!」


 あっという間に解決したよ。

 こんなの謎でも何でもねえ。


 俺は、詫びもできねえ単子葉植物の代わりに委員長に謝ってると。


 さっきまで、でかい虫メガネ片手に床やら机の足やらを確認してた秋乃が。


 どういう訳か。

 戻ってきたパラガスを両手で押しとどめる。



 ……まさか。

 俺は、目先の情報に踊らされたのか?


 そして秋乃は。

 俺が暴けなかった真相にたどり着いたとでも言うのか?


「なんだよ舞浜ちゃん~。これ、返しちゃダメなの~?」


 そんな言葉に。

 力強く頷いた秋乃は。


 パラガスの鼻先へ。

 びしっと指を突きつけた。




「は、犯人は…………、この中にいる!!!」

「うはははははははははははは!!! 言いてえだけじゃねえか!」




 なんてばかばかしい。


 俺は五十嵐さんと苦笑いを交わした後。

 席に戻るパラガスの後を追おうとしたんだが。


 ここで。


 小さな事件がさらに発生した。


「し、しまっちゅの裏切り者……!」

「しまっちゅいうな。あと、裏切り者って何よ?」


 急に、わなわなと震えだしたのは。

 佐倉さんだった。


「長野君に、シャーペン貸すなんて……!」

「朋美。あんた絶対不幸になるから考え改めな?」

「長野君が触ったシャーペン……」

「こわいこわい。あげないわよ?」


 パラガス大好きという。

 まったく意味不明な佐倉さん。


 怒りの方向性も。

 さっぱり意味が……、いや?


「た、立哉君。なんで佐倉さん怒ってるの?」

「まあ、好きな人に自分の物を貸したいって気持ちも、分かるっちゃ分かる」


 眉根を寄せる秋乃だったが。

 安心しろ。


 多分、これを理解できてる俺の方がアウトロー。


「じゃあ……。立哉君、あたしのシャーペン、いる?」

「いらねえわ」


 あ、しまった。

 ここはウソでも貸して欲しいって言うところ。


 今のやり取りを聞いてあきれ顔になった女子三人と。

 パンパンに膨れた秋乃の顔見れば証拠は十分。


「いいんちょ……。ボールペン、貸して?」

「よし来た」


 こうして始まった。

 逃げてはいけない罰ゲーム。


「いたいいたい」


 無事だった方の腕にも。

 目一杯の斑点を付けられた。





「…………保坂はどうした」

「保健室の先生に捕まって、新種の病気とかで、さっき総合病院に……」

「じゃあ、舞浜が保坂の代わりに立ってろ」



 先生のジャッジ。

 間違ってるぜ。


 別に代わりはいらねえ。



 俺は、病院で。

 どういう訳か。


 立たされたまま診察受けてるからな

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