献血者デー


「これはもう……、決まりだね……」

「ゴメン……。ぼくにも、どうしてもにやが犯人としか思えないんだよ……」

「にゅ……」


 冷たい雨の降りしきる夜。

 村の中央広場にある六角堂に集まった六人。


 六方位、それぞれの床に彫り込まれたエンブレムに誓って。

 彼らは正しく、村の災厄を排除しようとしていた。


 牛の紋章に立つ農夫の娘、丹弥にや

 蟹の紋章に立つ武器屋の店主、にょ。

 天女の紋章に立つ修道女、にゅ。

 蝎の紋章に立つ執行官、王子くん。

 山羊の紋章に立つ貴族の娘、秋乃。

 そして、魚の紋章に立つ漁師、俺。


 昨晩殺された。

 悪徳商人である村の豪商。


 その胸には深く貫かれた刺し傷があり。

 首筋には二つの牙の痕があった。


 満月の夜にのみ目覚める力を行使する吸血鬼。

 間違いなくこの中に、今はただの人間と変らぬ厄災がいる。


「……では、皆は心が決まったか? 村から排除する者の名を書いて、ここに投票するように」


 俯いたまま。

 一言も発することが無い丹弥にや


 誰もが彼女との楽しい思い出を、それが刻み込まれた胸ごと押しつぶして中央の箱へ足を進める。


 だが。


 彼女と同じように、その場に立ったまま。

 村の結論に歯向かおうとする者がいた。


「いや、待て。…………どう考えても、丹弥にやには動機がない」


 頭の片隅にかかっていた靄。

 その正体を言い当てられた四人は、声の主に振り向く。


「動機があるのは、多額の借金をしていたにょ。悪事を許せなかった王子くん。そして、母親の形見を盗まれている秋乃だ」

「た……、確かに……。でもぼく、凶器になるもの持ってない」

「あっは! ボクにも犯行はできないよ? その時間はゆあちゃんとお茶を飲んでたんだから!」

「にゅ」


 俺は、二人の主張を耳に入れ。

 一人ずつに、ゆっくりと頷いた。


 ……そして。

 怯えるもう一人の人物へ向けてゆっくりと語りだす。


「部屋から見つかったアイスピック。悪徳商人への恨み。凶器と動機、どちらも持つのは一人だけ」

「で、でも……。屋敷へ向かう経路が無い……」

「そうだよ。漁師の先輩の家を通らないと、商人の家に行けない」

「普通の人間になら、な」

「……あっは! そうか! 吸血鬼なら……!」

「にょー!!! 空か!」


 犯行現場へ向かう手立てを突き付けられた秋乃が後ずさる。


 その唇の震えが。

 彼女の胸の内を正しく伝えることを拒んでいた。


「ち……、違う……。あ、あたしじゃない……」

「ならば、お前の家からどうして母親の形見が出て来たんだ?」

「それ……、知らない、の。朝起きたら、部屋にあって……」

「ウソね」

「ウソに聞こえるね」


 先ほどの丹弥と同じだ。

 もはや反論などできなくなった秋乃の手足を一本一本縛るように。


 追放者の名前が書かれた紙が投票されていく。


 一つの紙が。

 一つの縄。


 そして、五枚目。

 丹弥が投じた紙が。


「ごめん……。ごめんね、舞浜先輩……」


 物言わなくなった秋乃の首に。

 冷たくかけられたのだった。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第14笑


 =気になるあの子と、

  クラスの謎を解決しよう!=



 ~ 六月十四日(月) 献血者デー ~

 ※虚実皮膜きょじつひまく

  事実と虚構の境界にこそ

  真の芸術があるとする論




 頭の中で、ザンザカ降ってた雨もやみ。

 昼飯食ってから三時間後。


 頭を使いまくったせいで。

 すっかり失いきったカロリーを求めて腹が鳴る。


 憔悴しきった俺たちを見下ろしながら。

 ミステリアスな笑顔を浮かべているのは。


 同じクラスの、出席番号二番。

 五十嵐いがらし芽衣めいさん。


「……以上で物語はおしまいです。皆様、お疲れさまでした」


 少し低めの落ち着いた彼女の声を追うように。

 マーダーミステリー同好会の皆さんが、盛大な拍手で俺たちを称えてくれた。


「そして、私達、ゲームマスターによる協議の結果が出ました。見事一位になったのは……、保坂君です」

「当然だな」

「「「「おお!!!」」」」


 そして今度は、参加者からの盛大な拍手。


 でも、たった一人だけ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつだけは、呆然と虚空を見つめたままでいた。


「あたしじゃない……」

「まだやってんのか」

「むうううう!!! あたしじゃないのにーーー!!!」

「いてててて! なにすんだよ貴族令嬢! おい、執行官! こいつの暴力を止めてくれ!」


 勝利の余韻に、ついにやけてる顔見りゃわかると思うが。

 このポカポカ攻撃ですら心地いい。


 そして、ムキになる秋乃の姿を見ているうちに。

 何人かの顔色が曇りだす。


「あれ? 五十嵐ちゃん、ひょっとして……」

「にょ? 舞浜先輩じゃない!?」

「そうね……。エピローグとしては、次の満月の夜、また犠牲者が出ます」

「にゅーーーーーー!?」


 途端に大騒ぎになった同好会の部室の中。

 満足げな先輩方が、俺と丹弥の肩をおめでとうと言いながら叩いた。


「ええっ!? じゃあ、先輩が真犯人だったの!?」

「いや? 俺は真犯人の凶器を隠匿してるだけの善良な市民だ」

「あっは! それのどこが善良なのさ! そしたら最初の推理通り……」

「うん、私が吸血鬼。もう絶対言い逃れできないって思ってたよ」

「にやああああああああ!!!」

「にゅーーーーーーーー!!!」


 そして今度は。

 丹弥がポカポカ叩かれる番。


 でも、その楽しそうな笑顔と言ったら。

 王子くんを騙すほどの演技ができて、よっぽど嬉しいんだろうな。


「そうだ! 疑ってごめんね秋乃ちゃん!」

「うわほんとだ! ごめんよ舞浜先輩!」

「だ、だいじょぶ……。没入感が凄くて、クラクラしてた……」

「にゅーーーーー!」


 そしてごめんなさいを体で表現した。

 にゅに抱き着かれたままで秋乃が呟く。


「これ……、すごく面白かった……」

「おお、ほんとだな。めちゃめちゃ時間かかるけど」

「あたしを陥れた立哉君はシャラップ」

「わるかったて」


 昨日の笑い声とは正反対。

 俺は、皆さんの笑い声に包まれて幸せを感じながら。


 ゲストの王子くんを含めた部活探検同好会一同と共に。

 マーダーミステリー同好会の皆さんを、盛大に称えたのだった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「面白かったね……」

「まだ言ってやがる」


 学校からの帰り道。

 秋乃と二人で歩いていても。


 ずーっとさっきのゲームの話ばかり。


「なんで丹弥ちゃん、庇ったの?」

「そりゃあ、そういう勝利条件だったから……? いやお前、最後のネタばらし聞いてなかったのかよ」


 俺は、丹弥の配下。

 既に吸血されて、丹弥に服従している元村民。


 ゲームに勝利するために。

 知恵を絞った結果だろうが。


「採点基準、もう一回話してやろうか?」

「そうじゃなくて……。それだけじゃなくて……」


 秋乃は、どこか遠くを見つめながら口ごもる。

 さっきまで、思考の読み合いをしてたからだろうか。

 こいつの考えてることが、何となく伝わって来る。


 二人三脚の時。

 丹弥を応援してたの見てたからな。


 でもそれで、どうして、なんて聞く?

 やきもちなのか?


「たしか……。今日は来てる……」

「え? ちょ……」


 そして、秋乃が。

 俺の手を急に掴んで走り出す。


 いや、待てって。

 ドキドキするじゃねえか。


 一体俺を。

 どこに連れて行こうと……?




 ……献血車って。




「うはははははははははははは!!! 吸われたいわけじゃねえ!」


 丹弥をかばった理由。

 ゲームに勝ちたいからだけじゃなくて。


 吸われたいからって思ったの?


「ち……、違った?」

「合ってたとしたら真っ先に俺を変人認定するのは俺自身!!!」

「び、美人さんが牙で血を抜くお手伝いをしてるって……」

「それなら納得! って言うとでも思った!? すげえ斬新バカシステム! 誰がそんなこと言ってた!」

「立哉君のお父様」

「またあいつ下らねえウソ言いやがって!」

「ウ、ウソなの?」

「せっかくの血が唾液で薄まるわ!」


 あの野郎のせいでどっと疲れた!

 帰ったら、玄関の外にバケツ持って立たせてやる!


 でも……。


「美人さんに噛まれると、嬉しい?」

「う……。なわけねえだろ」


 にっこり笑った秋乃の口元から。

 きらりとのぞいた真っ白な犬歯。


 秋乃になら、なんて。

 危うく肯定しそうになった俺の腕を。

 そっと握るは白い指先。



 ちょっとまて。

 噛むの?

 え? なに? どういうこと!?



 もはや思考真っ白け。

 何も考えられなくなった俺の首筋に。


 秋乃が近付いて…………。





 思いっきりひっぱたかれた。





「いてえな何すんだよ! ドキドキして損したわ!」

「吸血鬼……。逃げられた……」

「…………そうか。もう吸血鬼がプーンプン飛び回る季節になったか」


 なんというオチ。

 この世界の神は。

 俺をもてあそぶことに命かけてやがるなきっと。


「……ドキドキ?」

「げ」


 しまった。

 いらんこと口走った。


「え? なんで?」

「…………そこで、ジュースご馳走してやる」

「なんで?」


 俺は、余計なことを言い続ける秋乃の口を。

 しぼりたてメロンジュースで塞ぐことにした。


 そんな俺の心の中。

 こいつは知ってか知らずか。

 ニヤニヤしながらこう言った。


「立哉君は、それでいいの?」


 金がねえんだ。

 一番安いのしか飲めん。


「好きなんだよ、トマトジュース」

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