第19話



 学園祭は滞りなく進み、全学年の生徒が予選で凌ぎを削った。


 ティリアとリティの二人も無事に予選を通過し、明日の本選にも出場する。


「ハルトさん! 見てくれましたか!?」


 予選が終わり、コロシアムを後にするとティリアが侯爵様の馬車を見付け、リティと一緒に駆けてくる。


 馬車に二人が乗り込みつつ、俺は予選通過を果たした二人を労った。


「二人ともお疲れ。ティリアは誰も寄せ付けない完璧な魔法だったな。色々と凄かったぞ」


 俺は含みを持たせて返す。苦笑いをしながらだ。


 ティリアは防衛という戦術を貫き通していた。


 終始、周りで戦っている生徒そっちのけで要塞を創り、上位十二名になるまで耐えて予選を突破したのだ。


 生徒の人数も少なくなり、ティリアは空中の画面に映し出される頻度も増えた。しかし、延々と要塞を修復し、拡大していく様が流れていた。


 ティリア本人はそこに映らず、土壁だけである。


 それは計らずとも、派手な試合を期待して見に来ていた観客を裏切っており、会場の至るところからブーイングが飛んでいた。


 俺は隣に座る侯爵様が険しい表情をしていくのを間近で見ながら、胃が痛い思いをしていたのだが。


 ティリアは俺の心情を露知らず、ドヤ顔でやりきった顔をしていた。


「です! 完璧な勝利でした!」


 満面な笑顔を咲かせたティリアに横へ座ったリティが苦笑し、侯爵様やサラさんも微笑ましく笑みを浮かべている。


「会場中がブーイングの嵐だったけどね」


 リティの突っ込みに、ティリアが得意気に鼻を高くした。


「ふふん、そんなの気にしませんよ。強者は戦わずして勝つのです!」


「はは、魔力も温存できただろうし、明日に期待だな」


 序盤は土壁を壊そうとする者が多かったが、中盤以降は見向きもされていなかった。それだけ強固な要塞だったのだ。


 本選は一対一なので、要塞となるほど大きな壁を創る暇もなく、普通に魔法を使うだろう。


「とっておきの魔法を用意してるので、楽しみにしていてくださいね!」


「二人とも、とても素晴らしかったよ。家に帰ったら、祝勝会を開こうではないか」


 侯爵様が機嫌良く提案し、サラさんが準備致しますと相槌を打つ。


「おじ様、明日が本番です。祝勝会は短めにして、ティリアとは対戦相手全員の対策を練ろうと考えています」


「そうだったね。では、本選に差し支えない程度にしようか?」


「そうですね」


「え……お肉をいっぱい食べて、いっぱい寝るんじゃダメですか?」


 ティリアが涙目で上目遣いをしながらリティを見詰めている。


「ティリア。ハルトが観てるんだから、決勝まで頑張りましょう?」


 そう言うと、楽なほうを振り切るように顔を左右へ振ったティリアは、両頬を叩いて気合いを入れた。


「……ですね! 頑張ります!」


「その調子よ。私も頑張る」


 明日に本選が控えているため屋敷に帰ると小規模な祝勝会を開く。侯爵家にしてはささやかな催しだった。


 明日が本番。


 各予選でそれぞれ残った上位十二名。合計四十八人による本選である。


 総当り戦の本選は晴れ舞台だ。


 観客席から応援する親族以外はあまり関係のないことだが、出場する生徒達の未来がここで決まると言っても過言ではない。


 本選はコロシアムに作られた平坦な石畳で一対一で優劣を着ける。


 上位入賞者には国王直々に声を掛けられる栄誉が与えられ、将来有望な者は騎士団や魔導師団の団長から引き抜きの話をされる。


 学園卒業後の行く末が決まるのだ。


 出場者の大半は貴族である。国王や国の中核となる役職者達に顔を覚えてもらえる機会は早々なく、一年に一度の機会だ。


 本選は学年別ではないトーナメント制。


 勝ち上がるには予選以上に運が左右され、対策を練る者が多い。


 ティリアとリティもテーブルに座ってノートを開き、あーだこーだと喋っている。


 この人は火属性魔法を使うから、開幕は水属性の初級魔法をばら蒔く。とか、そんな対策が聞こえてきた。


 俺は二人の邪魔をしないように離れて見守り、そうして夜の時間が過ぎていく。





 本選当日。


 昨日と同じように二人が朝早くから出ていき、俺や侯爵様も馬車でコロシアムへ移動していく。


 俺の服装は昨日と変わって完全武装である。弓筒三個に約六十本の弓矢を入れてきた。


 今日の最後、セレモニーがあるのだ。


 武装していても侯爵様の護衛として認識されるので注目は集めないだろう。


 そんなわけで、混雑している大通りを緩やかに進みつつ、会場の中へ入る。


 熱狂的な観客が既に席を埋めており、俺達も席を確保しながら本選が始まるのを待った。


『では、本日の総当り戦本選を実況して参りたいと思います。実況と解説は予選と引き続き――』


 実況者と解説者の挨拶から始まり、魔導具が起動されて四つの画面が空中に浮かび上がる。


 画面にはトーナメント表が公表され、四十八人の生徒の名前が書かれていた。


 俺は二人の名前を探し、中央付近に見つけた。六回目に対戦するところにあった。両方ともである。まさかの初戦で二人が対戦する。


 たまたまこうなることもあるのだろうが、意図的なものを感じる。


 一学年で実力が飛び抜けている二人だ。初戦で潰し合わせ、上級生の顔を立てるような配置にしたのかもしれない。


 運営側が決めているので真偽は定かではないが、四学年で優秀な成績を修めている者は初戦で被らないように配慮されているのが毎年見受けられる。 


「二人が戦うことになったね……」


「はい、学園側が仕組んだような気もします」


 侯爵様と話していると学園祭本選の一回戦が進行し、魔導師達が試合場となる一段高い四角形の石畳を創ったところへ、生徒二人がやってくる。


 剣を持った生徒と、杖を持った生徒だ。


 予選とは違い、遮蔽物のない純粋な試合。障害物が設置されていないので、自力が強い者が勝者となる。


 魔法を使う者は相手を近付かせないように距離を取りつつ、いかに魔法を当てるか。


 剣を持つ者は相手の間合いに入りつつ、いかに一撃を当てるか。


 剣か魔法を使う者達の対決だ。比率的には丁度半々。


 その中に俺のように弓を持つ者や、冒険者が使う鈍器のようなものを持つ者は居ない。


 学園の生徒は主に魔法か剣のどちらかである。就職先となる騎士団か魔法師団のためだ。


 適正がある者は両方とも学んでいるが、高い水準まで修めるには才能が必要で学園側は片方を極めるように推奨している。


 因縁の相手である剣聖センラも主席で卒業したが、魔法の才能がありつつも学園在学中は剣術に重きを置いていた。


 だから、剣聖に選ばれたのかもしれないが、魔法を極めていたら賢者になっていた未来もあったのかもしれない。


 そんなことを考えていると一回戦目が終わっていて、杖を持った生徒が魔法で押しきっていた。


 順に進行していくと、ティリアとリティの試合が行われる。


 二人が試合場へ上がり、互いに礼。


 青色の剣を持った少女と、大杖を持った少女だ。


 正反対の二人。仲は良くて、いつも一緒に居ることから姉妹のように見える。本当に姉妹なのかどうかは分からないが。


 二人はルーベルト家に居るが、リティは少し距離を置いているように感じる。侯爵様の呼び方も二人して違う。


 お父様と、おじ様。


 名前も似ているし、何か事情がありそうだが、俺はまだ聞いていない。いずれ話してくれるときに聞こうと思っている。


 そんな二人は少し会話を交わし、お互い笑みを浮かべると四角形の石畳の外側にいる審判が合図した。


『――試合始めッ!』


 開始の言葉で、先に動いたのはティリアだ。後ろに下がりながら魔法を詠唱し、リティの前方へ土壁を五つ同時に創る。


 予選でも見た土魔法だ。


 今回は詠唱を短文化して早さ重視にしているが、その分耐久性は無いため脆いだろう。


 リティの前に置かれた障害物は観客席下部にある壁と同じぐらいで、跳んで距離を詰めるか、壁を破壊するしかない。


 選んだのは前進だ。


 剣を突き立て、壁を粉砕していく。厚さ三十センチにも満たない壁は身体強化をしたリティにとって雑作もない障害物だった。


 速すぎる動きで壁に詰め、剣を突き立てて壊していく。


 轟音が会場に響き、歓声が上がる。


 リティの速すぎる動きは一回戦に出場していた他生徒より段違いだ。


 壁を破壊する派手な演出も相まって、観客から応援の言葉が投げられている。予選の際にもリティは目立っていたが、本選でも注目を集めているようだった。


 反対に、ティリアは五つの壁が破壊されようとしたとき、初級魔法の水属性――ウォーターボールを壁目掛けて放った。


 水球は遥かに大きく膨れ上がり、唸りを上げて最後の壁を壊したリティへ襲いかかる。


 ティリアは放つと同時に更に詠唱し、火炎球を顕現させる。


 粉砕した土の塊を蹴ったリティは回避に専念し、余裕を持って避けた。


 誰も居ない場所へ、空中に舞った土の塊へウォーターボールがぶち当たり、拡散する。続いて火属性魔法のファイアーボールも水球と同じ場所に当たると霧散していった。


 水蒸気が闘技場に行き渡る。


 そこで、ティリアの渾身の魔法が放たれた。


 雷属性中級魔法――ライトニング。


 大杖から迸った雷光が水蒸気を上げる箇所へ命中し、爆発するような音が轟かせ青電が明滅した。


 現象を利用し、範囲技に昇華した魔法。


 リティは辛うじて範囲から逃れたようだが、ティリアの連続魔法は終わらない。


 風魔法を詠唱し、闘技場に落ちている土塊を利用した石つぶてを飛ばす。


 リティは避けたり弾いたりと防戦一方となり、ティリアが隙を見て大技を詠唱した。


 俺はここで勝敗が決したなと、二人を眺める。


「……ティリアは詰めが甘いですね」


「優勢のように見えるが……?」


「いえ、リティは本気を出していません。最初から速いですが、ゴブリンキングを翻弄した動きではありませんので」


「ほう……」


 そう言っている間、ティリアが詠唱している最中にリティは地面と平行になるほど姿勢を低くして駆けた。


 一歩目から消えたような速度だ。


 あまりにも速い疾駆。観客の中に見えた者は少数だろう。


 いつの間にかティリアの背後にいて、首筋に剣を置いている。


 実況や審判も困惑していたが、リティの勝利だ。






 ティリアに勝ったリティの快進撃は凄まじく、二回戦も三回戦も余裕で勝ち上がっていた。


 このまま決勝まで進むのかと思いきや、四学年の主席候補となる生徒と当たると善戦したものの惜しくも敗北となる。


 しかし、あの速すぎる動きはティリア以降は見せておらず、魔力が尽きたものだと予測した。それでも勝ち上がれていたのは普通の身体強化でも強いのだ。


 二人は試合が終わると俺達のほうを探してやって来ており、一緒に最後まで観戦する。


 席は隣の人が譲ってくれた。多分、護衛の人。


「リティちゃん強すぎでした! 初戦敗退は残念です!」


 ティリアは言動とは真逆に、悔しくもないのか朗らかな笑みで言っていて、リティは肩を竦めていた。


「ティリアのあの魔法はびっくりしたわよ。ライトニングなんて使ってるの初めて見たけど、いつの間に覚えてたの?」


「ふっふっふーん。魔法書を丸暗記して二日前に覚えました!」


「そんなこと可能なのか……?」


 二人が話している間を割って、俺は思わず聞いていた。


 ティリアは中級魔法のライトニングを覚えたばかりらしい


 だが、魔法書を丸暗記で覚えるなんて初めて聞いた。しかも、初級ではなく、中級魔法である。


「ハルト、普通の人はそんなの無理よ。この子は魔法に関して天才だから真に受けないほうがいいわ」


「……だよな」


 魔法を覚えるには個人差があるが、そう簡単に習得できるものではない。俺は魔力がないのでそもそも不可能だが、優秀な者でも中級魔法を覚えるのに数ヵ月は要する。


「心外ですっ。魔力の流れとか原理を理解するのに六時間ぐらいは掛かるんですよ……!」


「普通の人は六時間で魔法を覚えないわよ」


「六時間で中級魔法か……凄いな」


 ティリアは俺が思っていた以上に天才だ。


 魔力も豊富で、魔法を覚える才能もある。本人にやる気があれば、将来は魔法師団のトップになれるんじゃないだろうか。


 そんなお喋りを和気あいあいとしつつ、学園祭の準決勝と決勝を観戦した。


 四学年の生徒の対決で、どれも見応えがあった。この後は表彰式に移りつつ、今回特別なセレモニーが行われる手筈となっている。


 俺の出番が近い。


「そろそろ、控え室に行こうと思います」


「ああ、ハルト君。頼むよ」


 俺と侯爵様が目を見合せ、立ち上がって拳を胸に置く。


「はい、お任せください」


「え? 何かあるんですか?」


 ティリアとリティが突然立ち上がった俺に目をぱちくりとして、侯爵様に改まった礼をしていることから、不思議に思っているようだった。


 二人には伝えていないから当然の反応だろう。


「この後に英雄のお披露目があるんだ。心配しなくていいからな」


 侯爵様もこの様子では言っていない。


 俺が負けたら二人のどちらか、もしくは両方が剣聖の妾になってしまう。弄ばれ、捨てられる最悪の展開だ。


「だから、その格好なんですね! お披露目、頑張ってください!」


「ハルトが何するのか分からないけど、頑張って」


「ああ、行ってくるよ」


 俺は観客席から移動し、階段を下りて関係者以外立ち入り禁止区画へ進む。


 控え室で待つと、それほど時間もかからずに呼ばれて闘技場に繋がる道を案内された。


 薄暗い通路だ。少し歩いた先には光が見える。


 観客が大勢集う闘技場。


「――フェリ、準備は出来てるか?」


「ん!」


「――なら、行こうか」


 俺は今回に限り、自重する気はない。


 フェリの力を借りて、剣聖を倒す。


 それは確定事項だ。


 更に、二度と二人へ近付かないようにするため、聖霊の力を全力で行使する。


 二人に危害を加えるというのなら、手加減をするつもりはない。


 俺は英雄の力を持って剣聖を潰す。

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