第16話

 ティリアとリティが住まう屋敷にお世話になることになった俺は慌ただしい日々を送り、数日が経過していた。


 その間、ゴブリンキングを倒したときの詳細をギルドマスターに報告したり、亡くなった冒険者達の追悼式などに参加していた。


 フードを被って、顔を隠してだ。どこに行っても俺のことは噂されており、尾ひれが付きまくった話が飛び交っている。


 ゴブリンキングを倒したことは防衛戦の立役者として多数の冒険者が称賛し、酒の肴にしているほど。


 低ランク冒険者には憧憬すら抱かれ、初々しい顔をした新人冒険者達が新しい英雄について話し合っているのを何回か目にした。


 期待感が凄くて、恐々としてしまう。


 あと、エイミーさんがギルド端にある新規受付で、ゴブリンキングの激闘を誇張して冒険者に登録しに来ていた者に語っていたりして、あの人なにやってんだろうと毎回思いながらギルドを行き来していた。


 そんなわけで、ギルドマスターに伝えることは伝え、ゴブリンキングの討伐報酬もたんまりと貰いつつ、俺はしばらく外出を控えて屋敷に籠ることにした。





 屋敷には年頃の少女が二人が居る。


 ティリアとリティだ。


 二人の朝は早く、陽が出始めた頃には起床している。学園が再開されたおかげで登校の準備をしているのだ。


 二人して朝食を取り、俺も朝は早いほうなので一緒に囲んでいるものの、学生服の二人に挟まれると場違い感がある。


 朝食はいつも豪勢だ。冒険者をやり始めた頃とは比べ物にならないぐらいで、舌鼓を打っている。


 あと、一緒に食べるということも久しぶりで、囲んで食べているのが美味しい要因の一つだろう。


 ナイフとフォークを綺麗に使っているリティと、雑に切り分けて跳び跳ねた汁が頬にかかるティリア。


 いつものことなのか、無言でリティが紙ナプキンでサッとティリアの頬を拭いている。


 二人は王立学園の一年生だ。貴族と優秀な平民だけが通うことを許された学舎へ、毎朝早く登校している。


 俺も一時期は通っていた学園。授業時間や割り当てなどのカリキュラムは把握している。


 午前中から座学授業が行われ、午後は剣や魔法を学ぶための実技。学園では実力至上主義なため、年に四回の実技試験があり、一年に一度の総当り戦も開催されている。


 実技試験は魔物を倒すやつで、総当り戦は学年毎の対人戦だ。時期的に総当り戦が行われるのだが、魔物の王が襲来したこの時期にやるのだろうかと疑問に思った。


「そういえば、今年は学園祭ってやるのか?」


 朝食を囲んでいる二人に聞いてみる。


 総当り戦のことを通称学園祭と呼ぶ。


「やるって言ってましたよ。延期もしないみたいです!」


「ハルトも暇だったら見に来てよね」


「もちろん二人の応援に行くよ。レベル高いだろうし、楽しみだな」


 一年に一度、学園祭は王都の中心部にあるコロシアムで大々的に行われている。一般開放もされ、貴族や一般人関係なく観戦できるお祭りだ。


 といっても、楽しむのは外側の人間だけである。


 出場するのは学園の生徒のみなのだが、騎士団や魔法師団のお偉いさんも来ていて結果を残さなければいけない。


 出場する生徒全員はエリートだ。魔法や剣術に詳しくなくても見応えがあり、学園主催ということで学園祭と呼ばれている。


 英才教育をされた貴族と優秀な平民。予選では総当りで、本選は一対一で戦う。


 是非とも、二人の応援をしなければ。


「……ハルトが来るっていうなら、もう少し特訓しないといけないわね」


 ぼそりと呟くリティ。


「ぇ」


 ティリアのフォークの動きが固まった。


「ティリア、一緒に頑張りましょう?」


 微笑みを浮かべたリティ。


「ぅぇぇ……いやですぅ。リティちゃん、容赦ないので絶対にいやですっ!」


 朝食の最後の一切れを口に頬張るとティリアが逃げていった。


「まあ、そこまで頑張らなくても……」


「大丈夫。二人で決勝まで行くから、ハルトは応援よろしく」


 リティはやる気だ。二人揃って決勝まで行くには相当大変なことだが、この調子だと徹底的にティリアのことをしごきそうだった。


 すまん、ティリア。頑張ってくれ。


「ティリアのことお手柔らかにな」


 苦笑いをしつつ、そうして朝食を食べ終わると学園に出発する二人を侍従と一緒に見送る。


「では、いってきます!」


「行ってくるわ」


「おう、二人とも気を付けてな。行ってらっしゃい」


 さて、彼女達を見送った俺がやることは二人に負けず特訓である。


 といっても、英雄の力の検証だ。


 まずは侍従へ庭先を借りると断りを入れ、広い芝生の上に胡座をかいて座る。


 次に目を瞑り、思考を巡らす。


 ――学生時代に散々やってきたとはいえ、また新たな事実を突きつけられた。


 聖霊の力。


 聖霊とは属性魔法の原点たる精霊を統べる者である。


 聖霊と精霊で、言葉や役割も似ているが、存在は上位互換。


 宙に浮かび、至るところに存在する魔力の塊。青色の集合体となる精霊と、言語を操って膨大な魔力を支配下に置く聖霊。


 俺が聖霊を従えることが可能というのならば、魔力を支配下に置くといってもいい。


 まあ、使役という言葉には語弊があるかもしれないが、要は力を貸してくれるかそうでないかの違いだ。


 この魔力に恵まれた世界で精霊を支配下に置ける。それはとてつもないことだ。何でも出来るようになる。


 例えば、俺の左手を復活させた事象なんかがそうだ。弓矢に取り付かせて物理を無視して動かすのも可能となり、威力も凄まじいものになる。


 あれをモノにしたい。英雄の名に恥じない力を意図して出来るようにする。


 まずは、聖霊を呼び出すところから。


「――聖霊よ」


 口に出して呼びかける。


 魔力が集まってきた。


 青色の線が走り、重なる。とてつもなく小さいが、精密な魔方陣が創られる。


 そこから金髪の少女の頭の半分ほど出てきて、そこで止まった。


 完全に出てきていない。


 あのとき助けてくれた妖精のような見た目をした聖霊だが、顔の半分と二枚の透明な羽が出ている状態で半眼で俺のことを睨むように見ていた。


 聖霊は両手を魔方陣に置きながら、一向に出てこようとせず、なんか機嫌が悪そうだった。


「……まだ、ねむい」


「えっと、聞きたいことがあって呼んだんだけど、また今度にしたほうがいいか?」


「んー、まりょくかいふくしてない。でも、がんばる」


 そういって、ぴょこっとアホ毛を揺らして魔方陣から出てきてくれた。頭の上に乗ってくる聖霊に、俺は視点を上に向けながら口を開く。


「そうか。なら、いくつか聞かせてくれ。えーと、聖霊で間違いないんだよな?」


「せいれい?」


「聖霊じゃないのか?」


「せいれいってなに?」


 ……どういうことだろう。自分の存在を分からないということか。それとも、聖霊と呼んでいるのは人間だけで、別名があったりするのか。


 とりあえず、俺は聖霊について知っていることを一から説明していく。 


「んー、わからない」


 まあ、聖霊だろうと聖霊じゃなかろうと、どっちでもいいか。聖霊並みの力があるっていう点が大事なのだ。


「そっか……。そういえば、名前ってあるか? 何て呼べばいい?」


「ない。なまえ、つけてほしい」


「俺が?」


「ん」


 いきなり言われて困るが、名前か。


 見た目が妖精だし、フェアリーだろ。略して。


「フェリ、なんてどうだ?」


 安直すぎか。


「フェリ、なまえ?」


「そうだ、嫌か?」


「んーん、フェリにする。フェリになった」


「じゃあ、これからフェリって呼ぶからよろしくな」


「ん、フェリもハルトによろしくする」


 ぽんっと頭を叩かれ、俺は頷いた。聖霊も喜んでいる雰囲気があって良かった。


「それでフェリって、これからも力を貸してくれるってことでいいのか?」


「ちから、かす。ハルトとけいやくしてる。うまれたときから、まりょくかいろ、つながってる」


「どういう意味だ?」


 魔力回路って何だ。生まれたとき?


「ハルト、まりょくないのは、フェリがもらってる。さんねんまえに、このせかいにフェリうまれた」


 ということは、俺が魔力がないのはフェリと繋がっているからで、三年前――英雄の紋章が発現したときにフェリがこの世界に生まれ落ちたってことか。


 辻褄は一応合っているが、本当かよ。


「……じゃあ、俺の魔力はフェリに全部いってるってことか?」


「ん」


 フェリは俺にとって、衝撃な事実を告げる。


 俺は何とも言えない気分だ。大きく息を吸って整理する。


 俺に魔力が無いのはフェリのせい。


 そうか、そういうことだったんだなと納得はした。


 そもそもどうして俺とフェリが繋がったのかも謎だが、この感情をぶつけるのはお門違いだろう。


 だけど、やり場のない怒りのような感情が渦巻いている。


「……ごめん、なさい」


 頭の上に乗っているほど小柄な少女は俺の心意を感じたのか、か細い声で謝ってきた。


「フェリが悪いわけじゃない。でも、そっか……俺に魔力が無かったのはフェリと繋がっていたからなんだな」


「フェリのことおこる?」


 俺は頭に乗っかっている少女を両手で包み、胸前に持ってくる。


 上目遣いで俺のことを窺う少女。


 アホ毛は萎れていた。


「いや、怒らないよ。フェリが居なければゴブリンキングに殺されてた。救ってくれた恩人だ、ありがとうな」


 力を込めないで、人差し指でアホ毛を撫でる。


「んっ。これからも、ちからかす。フェリはハルトといっしょ」


「ああ、よろしくな」


 聖霊ことフェリと仲良くなった俺は色々な話をしながら出来ることを確かめていった。




 フェリとコミュニケーションを図りつつ、ぽつぽつと会話を交わして過ごす侯爵家では快適な暮らしを送れている。


 ご飯は美味しいし、小腹が空いたなと思えば侍従が準備してくれる理想の生活。


 屋敷にはティリアとリティが学園に行っている間は基本的に侍従と俺だけで、庭先に出てフェリと戯れるのが日課になってきた。


 フェリの魔力は順調に回復しており、あまり魔力消費が激しくないもので特訓している。


 弓矢に精霊を纏わせるやつだ。


 あれを自在に操作するのは簡単だったが、複数操作で別の動きをさせるとなると難しかった。


 いつも魔力感知で脳裏に浮かべていた精霊と意識共有と同じ要領だが、あれを複数同時にやるのだ。


 頭が割れそうになる平行作業である。頭の中に別の景色が何個も浮かぶようなもので、慣れるまでもう少し掛かりそう。


 そんなことを二週間ほど継続していた。


 そして、遂に王家からの馬車がルーベルト家にやってきた。


 俺宛の書状を持った使者が現れ、侯爵様と俺を合わせて対談する。


 内容としては、国王と他英雄との会合に参加しろとのこと。


 使者として来てくれた貴族は俺に対して丁寧な扱いをしてくれたが、書状の中身は有無を言わせぬ感じだった。


 そんなわけで、日にちと時刻を指定された俺は王城へ向かうことになる。


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