第11話



 一夜明けて、次の日は曇り空だった。


 雨が振りそうなほど濃い曇がどこまでも広がっている。早朝ということもあって気温が低く肌寒い。


 そんな王都では街中が慌ただしく動いていた。


 住民が居ない区画。この場に集うのは今回の討伐戦に参加する者達。


 甲冑を身に纏う騎士、ローブを羽織る魔法師、純白のローブを着た神官、装備がそれぞれ違う冒険者。


 他に一般兵や傭兵も参加していて、小耳に挟んだ情報では騎士団の指揮下に入るらしい。


 総勢二千人の集団が北東区画に入り交じり、集結しつつある。


 俺達は様々な所属別の者とすれ違いながら、噴水広場へとやってきていた。


 ここには急遽作られたギルド本部が設立され、仮説テントや急患用の設備などが整えられつつある。いまなお、ギルド員が汗水流して作業していた。


 そこへ冒険者達が徐々に集まっていく。


 低ランクだろうが高ランクだろうが、完全武装に身を包んでおり、やる気に満ち溢れた顔だ。


 俺達三人も装備を一新し、万全の準備をしている。


 リティは軽装ながらも重要な部分は鉄の胸当てなどでカバーし、いつもの青色の剣に小型の盾を新調した。寒さ対策にローブも着ていて隠れているが、腰には予備の剣も差している。


 ティリアはいつもの魔法使いとしての黒いローブに、下には魔法で編まれた代物を着込み、防御力を上げている。


 護身用の小さな剣も持っており、背中一面に大きめなバックを背負い込んでいて魔力回復薬をたくさん入れている。


 俺の装備はあまり変わりない。寒さ対策に上着を着ているが、防具は何も着ていない。どうせ着込んだところで身体強化が使えないため、意味がなく重いだけだ。


 その代わりに、腰のポーチには回復薬やら包帯を詰め込んでいて非常時の手当てには万全だ。


 あと弓筒を三個用意し、大量に弓矢を持ってきている。替えの弓矢と張り替え用の弦も準備した。


 これだけあれば困ることにはならないだろう。


「……いよいよ、ですね」


「ああ、準備出来るものは準備した。無理せずいこう」


「ええ、やれることをやりましょ」


 そんな会話をしつつ、暫くすると冒険者が勢揃いした。


 一つの塊となった冒険者達はギルドマスターがギルド本部から出てくるのを今か今かと静かに待っている。


 待つのは開戦の合図――。


 一段高いところへギルドマスターがやってきて、咳払いをすると全員が聞こえる声量で言葉を放っていく。


「――てめえら、開戦だ! 絶対に死ぬなよ。冒険者は冒険なんてしねえ。魔物を一匹でも多く殺し、全員が生き延びろ。――国を挙げての総力戦だ。お前ら気張っていけ!」


『おうよ!』


『やっていこうぜ!』


 気合いの入った声に冒険者達は応じ、各自の武器を掲げていく。


「よし、俺達もいくか」


「やるです! 頑張りましょ! おー!」


 気合いが入っているもののどこかズレた声を上げるティリアを先頭に、冒険者達が広場から散り散りと出ていくのに混ざる。


 配置場所に指定された場所へと歩いていこうとするが、そこで声が掛けられた。


「あの、ハルトさん! お気をつけて!」


 背中から俺に向け、透き通った声の主へと振り向くと、なんと受付嬢のエイミーさんが両手をぎゅっとして応援してくれていた。


「ありがとうございます。頑張ってきます」


 片手を上げ、応える。


 そうすると、エイミーさんが笑顔で手を振ってくれた。


 花の咲いたような笑顔だ。あんな風に応援されたら男となれば活力となるものだ。頑張ろう。


「や、やばいですよ。ハルトさん、冒険者の方々が一斉に振り向いてます!」


 ティリアが慌てた様子で俺の裾を引いた。


「まあ、あれだけ受付嬢と仲良いアピールされれば注目されるわね」


 ティリアとリティが周りの反応を実況していて、俺も辺りを見渡すと本当にほとんどの冒険者達が俺を見ていた。というより、睨んでいた。


「なんだあいつ」


「けっ、ヒョロくせぇガキが調子乗んなよ」


 注目を集めるつもりはなかったのだが、エイミーさんは顔も声も綺麗だからな……。


 既に目立っている俺だが、これ以上の嫉妬を買わないようにティリアとリティの後ろを隠れるように着いていく。


 広場から一直線に敷かれている大通りには国の勢力が所狭しと向かっていた。


 高ランク冒険者はそのまま門へと続き、平原で騎士達と力を合わせて戦う。


 大通りの途中で曲がって街中に留まるのは警備を任された低ランク冒険者だ。魔物の侵入を阻み、ギルド本部へ報告する役目。


 俺達も門から第二区ほど離れた場所で、途中までは高ランク冒険者と同じ道を通っていく。

 

 国の精鋭部隊である騎士や魔法師達もいた。


 甲冑に身を包み込み、国の旗を掲げて二十人ほどで隊列を組んでいる騎士団所属の者達だ。等間隔に中隊規模で門へと進軍し、足並み揃えた息の合いようは見事の一言。


 傍ら、十人ほどでバラバラに歩くのは黒いローブを着た集団だ。魔法師団所属で、ローブには国旗が縫われている。


 魔法での遠距離攻撃を得意とする部隊であり、国の中でも魔法の才能がないと入団することが叶わず、狭き門として知られている。


 そんな風に彼等を眺めていると、見覚えのある顔を複数見つけた。知り合いとかではなく、元学園の同級生だった。


 ふと目が合ってしまい、俺は咄嗟に顔を伏せる。


 遭遇したくない者達と出会ってしまった。


「あれ、ハルトじゃね?」


「あ、ほんとだ。あの格好って冒険者?」


「最近、噂も聞かねえから国を出たって思ってたけどな。冒険者やってんのか」


「無能にはお似合いだな」


 そんなことを周りに聞こえるように大声で話しながら男四人が俺に近付いてくる。


 顔を上げるとニヤニヤと薄笑いを浮かべた男達。


 軽薄な外見をした四人の先頭に立つのは赤髪の男。


 王立学園、第46期生。首席、センラ・ルーエン。


 学園をトップで卒業し、剣の才能は凄まじく、魔法の才も優秀な男だ。


 センラの後ろには学園時代でも代わり映えのない取り巻き三人も後ろに着いてきていて、俺達の進行方向を塞ぐ。


 出来るのならば、気分的にこの場から逃げ出したい。


「へえ。お前、冒険者をやってたのか、無能なのに」


「無能だと、ゴブリンすら倒せるかどうか怪しくね?」


「いや、仕方ねえよ。身体強化もできねえんじゃ、ゴブリンにワンパンだぞ」


「ゴブリンにワンパンとかウケる」


 胃がきりきりする。学園時代を思い出してしまう。


「……ハルトさんの知り合いですか?」


 ティリアの問いに、俺は曖昧に頷く。


 知り合いかどうかと言われれば、学園でクラスメートだっただけ。会話も俺からは一度もしておらず、同じ学び舎で空気を吸ってたぐらいの認識である。


 好意的に関係性を示すのなら顔見知り。俺の心情的に言い表すと赤の他人だ。


「……俺と同年代で学園を卒業した奴らだよ」


 ティリアとリティにすると先輩にあたる人物だ。


「おいおい、お前と同じにすんなよなー。ちゃんと成績取って卒業したからよ」


 取り巻き達の否定に俺はどうすることもできず、無言で四人を見詰める。何を喋っても悪手になりそうだった。


 にやにやと笑っている取り巻き達の名前は何だったか。中流貴族のはずだが、印象が薄い。


 そんな取り巻きに囲まれているセンラはティリアとリティをしげしげと観察しているが、何しに来たんだこいつら。


「……この人たちから悪意を感じます」


「感じ悪いわね」


 ティリアとリティが四人組に不快感を露にするが、全く堪えてないようで普通に話しかけてくる。


「へえ、可愛いじゃん。こいつ無能なんだけど、一緒にパーティー組んでんの?」


「ハルトって身体強化すらできねえんだぜ。危なくなったら一人で逃るかもしれねえし、パーティーなんて組むなよなー」


「そんなこと、ありえません」


「……ハルトの何を知ってるのか知らないけど、決め付けるとかキモいんだけど」


 ティリアがむすっとして答え、リティも機嫌悪く言った。


 そんなやり取りの後に、センラが俺へ話を振ってくる。


「なあ、無能。こんな可愛い子を捕まえて、無能ってこと黙ってパーティー組んでんのか?」


「……違う。騙してなんかいない」


「そうですっ、ハルトさんはそんなことしてませんから!」


「そもそもハルトは無能なんかじゃないわよ。周りの見る目がないだけ」


「……騙されてるとしか思えねえけど。つうか、無能なのに討伐戦に参加すんのか?」


「ああ、俺たちは街の警備役として参加するだけだ。戦闘には高ランク冒険者が参加する」


「そうか、オレ様は騎士団所属だが、この四人の少数精鋭で動くことを許可されてんだ。まあ、無能は大人しくしとけな。オレ様が全部ぶっ殺してやるからよ。これ、何か分かるだろ?」


 そう言って、脈絡もなく右手の甲を見せてきた。


 白く細い右手の甲に、黒い線で模様が描かれている。


 刺青には非常に精密な魔力が宿っている。何かしらの魔法要素が含まれているものだった。これを手掛けた者が居るのならば神と呼ぶに相応しい。


 というか、俺が革の手袋で隠しているものと同じやつだった。微細に違いがあるが、紛れもなく英雄の紋章――。


「――剣聖様……!?」


「それ、その反応だよ。どうだ、すげえだろ?」


 横にいたティリアがいち早く反応し、センラがドヤる。


 まじまじと右手の甲を見るティリア。リティも声には出してないが、驚いている。


 俺も同様の顔をしているはずだ。 


「お前が……剣聖?」


 まじかよ。才能があるのは学園で知っていたが、こいつが選ばれていたのか。


「す、凄い……本物です」

 

 こいつが剣聖……今回の討伐戦における英雄の一人だ。いや、確かに学園時代から頭三つ分ぐらいは抜けてて教師陣から絶賛されていたが。


「これは『輝剣の担い手』っていう印で、オレ様は聖堂教会から正式に剣聖の称号を授かって英雄の一人に選ばれた。だから、お前の出番はねえから安心しろ。魔物を倒すのはオレ様だからよ」


「感謝しろよ、無能。センラがこう言ってんだからな」


「そうそう、平伏してもいいぐらいだぞ?」


 剣聖には期待するが、取り巻きのこいつらは何なんだろう。


 俺も一応は英雄だぞ。こいつらには絶対に言わないけど。


 ティリアとリティにもどう話すか悩んで結局言ってないんだよな……。


「ん? なんだ、その顔は。オレ様が魔物共を駆逐してやるって言ってんだぞ。戦えもしねえ無能は魔物が怖くて仕方ねえだろ?」


「……そうだな。頑張ってくれよ」


 今回の討伐戦においての立役者となる剣聖には盛大に頑張ってもらいたいのだが、センラの顔がむかつく。


 魔力のない俺を気遣って言ってるように聞こえるが、常に顔が笑っているのだ。俺の反応を見て楽しんで愉悦に入っているのだろう。


 だから思いの外、素っ気なく返事してしまった。


「おいおい、そりゃねえぜ。無能はこういうとき、ご活躍を願ってますって頭を下げればいいんだぜ?」


 取り巻きの一人が上から目線で言ってくる。悪気もなく、当然といった顔で。


「……剣聖様のご活躍を祈ってるよ」


 致し方なく、俺はその通りの言葉を発する。なんで俺が、わざわざこんなことを言わなければならないのだろうという気持ちのほうが強いが。


 苦虫を噛み潰したような顔をしていると、ティリアがそんな俺を見かねて腕を引いた。


「――ハルトさん。もう、行きましょうっ」


「ハルト、行くわよ」


 ティリアが腕を引き、リティが道を塞ぐ取り巻き達を横に退ける。


「おい、無能は無能らしくしてろよー!」


 後ろから上がる笑い声を背中に聞きながら、俺はティリアに腕を引かれて情けなくこの場を去った。





 大通りを曲がり、指定された警備場所に近い路地裏に着く。俺は壁に背中を預け、一呼吸入れてから口を開いた。


「悪い、見苦しいところを見せたな」


 情けなかったと思う。


 二人に格好良いところを見せたいわけではないのだが、俺はいつまで経っても無能に変わりないことを実感させられた。英雄になったところで公表してもいないので、それは変わらない。


 いや、俺が英雄だと大々的に公表しても変わらないはずだ。やれることが限られている。


 魔力が有るか無いか、それだけの違いでこうも変わるのだ。


 同じ貴族なのに馬鹿にされ、罵られ、無能と蔑まされる。


 学園を成績優秀だったセンラは剣聖となり、俺は英雄となったものの魔法の一つも覚えることなく低ランク冒険者をやっている。


 雲泥の差だ。


 同じ英雄に選ばれたっていうのに、土俵が違う。


「あの人たちほんとにおかしいですっ! 人として、あり得ません!」


「そうだけど、ティリアは落ち着いて」


 地団駄を踏んでティリアが憤っている。それをリティが宥めているのを傍らに、俺は吐き捨てるかのように呟く。


「……俺は『無能のハルト』だからな。あいつらが言ったことは正しい。無能は無能らしく、な」


 学園を卒業し、解放されたと思っていたのに冒険者になっても卑下に生きていかないと駄目なんだろうか。


「ハルト、あなたは悔しくないの?」


 リティが真っ直ぐな目で俺に問いかけてきた。


 その無垢なる青い瞳には情けない姿の俺が映っていて。


 本当に嫌になる。自分自身がとても不甲斐なくて。


 誤魔化すように、肯定も否定もせず目を瞑り、俺は逃げた。


 その瞳に見透かされそうだったから。


「……」


 悔しいにきまってる。悔しくないと言えば、それは嘘だ。ずっと俺は無能なんて言われたくなくて、頑張ってきた。


 でも、生まれたときから魔力が無いんだ。


 魔法に関する資料を読み漁った。


 プライドなんか捨てて、王立学園で学んだ。


 俺に、少しでも魔力があれば――そう、何度も思ったからだ。


「私は悔しい。魔力なんて関係ないじゃない。弓の腕前は一流だし、索敵に限っては頭おかしいと思えるぐらい。ハルトは無能なんかじゃない。その力は歴とした武器で、帝国に行けば評価されるものよ。だから、ハルトが馬鹿にされると私も見る目がないと言われてるようなもの。頭にくる」


「それは……すまない」


「謝らないで。私が勝手にあなたへ一目置いているの。ハルトとパーティーを組んだ理由も、あなたには勇気があったから。オークを倒してくれたとき、あなたは格好良かった。剣を投げて倒すとは思わなかったけど、絶体絶命のピンチを救ったのよ。……謝るぐらいなら、そんな腑抜けた顔をしないで背筋を伸ばしなさいよ」


「リティちゃん、すごく怒ってます……?」


「怒ってないわよ。これは説教よ」


「なら、どうしてそんなに怒った顔なんです?」


「……それはその、ハルトに、頑張ってほしいから」


 ごにょごょと二人で会話しているのを前に、俺はリティの言葉を反復する。


 リティからすると励ましているのだろう。そして、うじうじしないで前を向けと。


「……リティ、ありがとう」


「ハルト、あいつらを見返しましょう。剣聖だか何だか知らないけど、言われっぱなしは癪よ」


「見返す……? どうやって?」


「あなただけの武器があるでしょ。その異常な弓。それで冒険者ランクを上げるの。国中に名前が知れ渡るには最低でもBランクは必要ね」


「なるほど、それです! 超有名な冒険者になりましょう!」


 実現できるか分からない夢物語だが、彼女二人は本気で言っている。


 俺にそんな実力があるのか謎だが、期待していてくれる二人を裏切りたくはない。


「……いずれ、なれるように善処するよ」


「ハルトさん、そこはキリッとした顔で言うんですよ!」


 お手本のようなドヤ顔をするティリアへ、リティがコツンと頭を叩いた。


「こら、余計なこと言わないの」


「うぅ、はーい」


 涙目で頭を押さえたティリアがおかして、思わず笑みがこぼれる。


「有名な冒険者か。目指してみるよ」


「超有名な冒険者ですよっ!」


「そんな変わらないじゃない。でも、そうね。超有名な冒険者、三人でなりましょうか」


「三人でならきっとなれます! わたしが保証します!」


「ティリアの保証は心配になるんけど……でも、そうね。まずは目先の討伐戦、必ず生き残りましょう」


「……だな。精一杯、尽力するよ。索敵は任せてくれ。俺、本気でやるよ」

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