第10話

 俺達三人で行動するのにあたって、ティリアとリティの両親に何て説明すればいいものか考える必要があるのだが、とりあえず今やるべきことではないので置いておく。


 まずは、三人で参加する旨を後方支援を指揮する男へ伝え、改めて俺達は作戦会議をすることにした。


 丸テーブルを三人で囲み、冒険者達の喧騒に混じって同じような会話をしていく。主に各自で用意する物や連携の確認である。


「用意するって言っても何を準備すればいいのでしょう?」


「回復薬に解毒薬、あとは緊急用の包帯とかか。前線に出ないだろうけど、何があるか分からないから出来るだけ対応できるようにしよう」


「そうね。他に必要な物とかはある?」


「リティは予備の剣が欲しいな。ティリアは護身用の短剣と魔力活性剤も買えるなら買っておきたい。余裕があれば二人の防具も揃えたいけど、まずは日持ちする食料に寝具類か」


「寝具類っていうことは、どこかで寝ることになるんですか……?」


「こういうときは冒険者は一纏めにされて、テントとかで寝ることになる。場所は都度変わるけど、予想だと噴水広場になるんじゃないか」


「宿はやってないの?」


 リティの問いに首を左右に振る。


「残念ながら近場の宿屋は経営者が避難する。代わりにギルド併設の宿が開放されるけど、そこは負傷した者が使うはずだ」


「……そう。私はいいんだけど、ティリアは外でも寝れる? 大丈夫?」


「むー、子供扱いしないでください。大丈夫ですよっ」


 むくれるティリアだが、見て不安になる。リティとは違って、貴族らしい典型的な箱入りお嬢様だ。本当に大丈夫か。


「ならいいけど……日持ちする食料は何日分ぐらい必要? というか、この状況で店はやってるの?」


「ギルドと連携してる店ならやってるかな。情報は行ってるだろうし、冒険者が雪崩れ込むのを予想して今頃は品だしでもしてるんじゃないか? あと、食料は最低でも三日分は欲しい。戦時中はギルド員が食事を配膳するけど、各自の非常食分としてそれなりに買い込みたい」


「なら、わたしにお金は任せてください!」


 ティリアが自腹で全部出すと言わんばかりに豊満な胸元を片手で叩いた。


 貴族であるが、少女一人が自由にできる金をそんなに持っているとは思えなくて俺は深読みしてしまう。ティリアの両親が蓄えている金ではないのかと。


 懐事情が寂しいから甘えてしまいそうだが、俺は自分の貯金を崩して買おう。あとが怖い。


「俺は自分の分は自分で出すから、二人で使ってくれ」


「遠慮しなくてもいいですよ?」


「大丈夫、貯金はあるから」


 なけなしの財産だけど。



 それから数時間が経過し、待機命令が下された冒険者達がそろそろ痺れを切らしてきた頃合いに動きがあった。


 まずギルドマスターが高ランク冒険者を呼び出し、テーブルの上に敷かれた地図を指差したりして複数人で話している。


 確認作業のようなものが終わると直ぐに高ランク冒険者はギルドを出ていき、その後ろ姿を見守っていた低ランク冒険者も集まるように言われた。


 指示通り、ギルドマスターと後方支援の指揮者を半円形状に数多くの冒険者が囲んでいく。


「明日の朝に作戦を決行する。内容はゴブリンキング、オークキング、トロールキングの討伐及び防衛。これから伝えるのは各パーティーの配置場所と役割だ。パーティーランクと人数、実力を加味して決めた。充分に可能な範囲を任せるつもりだ。よろしく頼む」


 集まったところで切り出されたのは作戦での役割分担と配置場所。


 後方支援の指揮者が紙を持って読んでいく。


「まずは役割を先に伝えていく。補給部隊から呼んでいくから呼ばれたやつはあっちに集まってくれ。詳しい話は揃ったらする。では、『悠久の灯火』『清廉一花』『無限のカナタ』『疾風迅雷』『千の扉』」


 続々と呼ばれていくパーティー名。


 配置場所を指示してもらうため、パーティーに属している者が移動していく。


「名前、どれも格好良いです」


「……そうだな」


 気取った名前というべきか。


「ティリアは冒険者の二つ名とかパーティー名に憧れがあるのよ。だから変な名前を付けようとしてたんだけど」


「変な名前じゃありませんっ。そこが格好良いんです! だから、ハルトさんが付けた名前、期待してますね!」


「……お、おう」


 そんな純粋な眼で俺を見ないでほしい。特に考えもせずに付けてしまった今さら悔いている。


「次に警備隊に配属されるパーティーとソロ冒険者を呼んでいく。呼ばれたらあっちに集まってくれ」


 警備隊。名前の通りに、王都に侵入してきた魔物がいれば報告する役だ。つまり、ほとんど出番はないと思われる。


 王都の城壁が最終防衛ラインとなるはずなので、王都に侵入する魔物はいないだろう。


 警備隊が活躍するときは劣勢の更にやばいときか、不測の事態に見舞われたときだ。


 先ほど呼ばれなかったので、俺たちもここに配属される。


 指揮者がパーティー名を呼んでいき、名前が上がった者達が移動していく。ちらほらとソロの冒険者も呼ばれ、大半の者がこの場から去っていく。


「『魔本収集家』『一撃一閃』『新米冒険者三人』『蒼ノしずく』」


 次々と名指しされるパーティー名に俺が書いた名前も入っている。さて行こうかと、二人に顔を見合わせるとティリアが両手を口元に覆って呟いた。


「ふふ、新米冒険者ってやばいですよ。失礼ですけど、弱そうな名前で浮いてます。わたしだったら絶対に付けないです」


 周りに聞こえないように配慮しながらも、言わずにはいられなかったのだろう。俺達のパーティー名だけどな。


「ティリア、それを言っちゃ駄目。そのリーダーが付けた名前なんだから、何かしら意味があるのよ」


 リティ、すまん。俺だ。付けたの。


 いやほら、仮で付けた名前だし。もう少しまともに考えれば良かったか……。


「……俺たちが新米冒険者三人だ。ほら、行くぞ」


 致し方なく、俺は先陣を切って移動していく。


「え?」


「あ、ハルトが付けたやつなの?」


「ちょ、ハルトさん! そんなつもりはなくて!」


 追いすがってきたティリアが弁明してきた。もう遅すぎるが、あとで聞いてやろう。




 警邏隊として集まった冒険者達。


 大勢が密集し、熱気が酷い。ガチャガチャと装備が擦れる音や話し声、雑音が入り交じる。


 その中心をパーティーリーダーが代表してテーブルを囲み、大きな地図に群がっていく。


 リーダーではない冒険者は広く囲み、ギルドマスターと指揮者の声を拾える範囲で集まっている。


 俺も二人を残し、代表して前に出た。


「まず、冒険者ギルド本部は噴水広場に置かれる。ここのギルド内は負傷兵の手当てに使われる手筈だ。で、今回の作戦を説明していくぞ。ここが最前線となる平原で、騎士団が前線で、後方には魔法師団と神官が配置される。左右には高ランク冒険者が各自魔物の数を減らしていく役目となっている」


 地図を指差しながらギルドマスターと指揮者が言葉を交わしながら説明がなされていく。


 ここまでは俺達にはあまり関係のない内容だ。リーダー達が声を上げることなく頷いているのを横目で確認しながら、俺は地図を見ながら現場となる平原を重ね合わせていく。


「それで俺達が活動するのは王都城壁の内側だ。中に魔物が侵入したらギルド本部に報告をする役割だな。低位の魔物で勝てる見込みがあるってんなら、その場で対応してもらって構わない。だが、最終防衛ラインの城壁を超えるってなると、侵入した魔物の数も多いのが予想される。発見次第、迅速に本部へ報告が基本だ」


 俺達がやるべき内容だ。


 そのあとに地図を指差し、詳細なパーティーの配置が決まっていく。


 戦場となる場所が北東の平原のため、北東の城壁側に集中してる。


 扇状に広がってAブロックやBブロックというように各パーティーが受け持ち、ここからここまでは警備するというものだ。そこから魔物が抜けた場合でも、更に内側に配置された者達が魔物を発見できる布陣となっている。


 俺達『新米冒険者三人』は城壁から二番目に近い位置だった。警備する範囲は三人という人数も考慮されたのか、とても狭い。


 大通りの喫茶店付近か。


「以上になるが、何か質問はあるか?」


 内容を言い終えた指揮者が各リーダーを見ながら訪ね、すぐに一人が手を上げた。


「もし、魔物と交戦したとき、隣に配置されたパーティーに応援を頼んでもいいんでしょうか?」


「その場合は臨機応変だ。そもそも手強い魔物だった場合は交戦せずに本部に報告しろ。待機中の騎士や高ランク冒険者が討伐に行く。時間稼ぎができそうならパーティーの一人だけ報告。大多数の低ランク魔物だった場合は他パーティーと協力しつつ、数人が報告に行くようにしてくれ」


「分かりました。ありがとうございます」


「他に質問は?」


「長期戦になった場合のローテーションと、寝泊まりはどうするんすか?」


 俺も質問しようとしたが、横にいた者が全部聞いてくれた。よかった。


「長期戦にならないように尽力するつもりだが、そうなった場合は掛かっても二日だ。魔物の攻勢が緩んだかどうかの判断は前線の騎士が任されている。連絡を密に行いつつ、俺達も休息を入れるつもりだ。寝泊まりはギルド本部に仮設テントが設置されるからそこで寝る。寝具は持参、食料は配布されるが買っておいたほうがいい。ギルド連携の店はやってるからな。足りない物や装備の買い足しはこのあとにでも行くように。他はないか?」


「大丈夫です」


「なら、解散だ。作戦決行は明日の朝、早めに噴水広場に集合してくれ。買い出しや装備の点検を忘れるなよ」


 その締め台詞で各パーティーは霧散していき、各々が物資を揃えるため急ぎ足で我先にとギルドから出ていく。


 しかし、予想通りというべきか。ギルドの出口に大行列を作り、言い争いへ発展していた。


「てめぇ、やんのか?」


「あ? 喧嘩売ってんのか」


「んなこと言ってねえで、さっさと進めや。クソ共」


 ガチャガチャと装備が擦れる音、前が進まない苛立ちから周りに当たる者。


 こんな状況なのに日常茶飯事なことを繰り返す冒険者達。


 それに呆れながら俺はティリアとリティが待つ場所へ戻り、遅れて最後尾付近の列へ並ぶ。


「まずは一度帰る方向でいいか? 宿に帰って金を取ってきたい」


「わたしもお金を取ってこないとです。どうせなら一緒に行きませんか?」


「そうだな。店で買うなら三人揃っていきたいし、そうするか」


 遅々として進まない行列を待ちながら次の予定を簡潔に決める。


 しばらく経ち、入り口を出た俺達は道具屋や武器屋へ向かう冒険者達と反対側へ歩みを向け、そう離れてはいない借りている宿へと足を進めた。





 俺が借りているボロ宿にたどり着くと財産を全て持ち、ティリアの家へ向かう。


 因みに、今晩の宿泊の許可は宿屋の主人に貰ってきた。ここも避難区画になるだろうから、女将さんや従業員は避難対象で無人となる。


 他に借りている冒険者も同じように許可を取っていた。


 ティリアの家は少し遠く、貴族区画に位置している。少し時間が掛かるため、道すがらリティの家にも寄るかと問うと同じ家に住んでいると返答がきた。


 二人は姉妹や双子に見えなくはない。だが、顔立ちや雰囲気も正反対だ。


 どう言葉を掛けようか迷ったが、墓穴を掘りそうで俺は深く聞かずに受け流すことにする。


 そういうのはリティ本人が話すときがきたら、ちゃんと聞こうと思う。ティリアも不安そうにリティを見ていたし、何やら事情が有りそうだった。


 そんなわけで、ティリアの家にたどり着く。


 想像通りの豪邸。門を通り、丁寧に育てられた花壇に挟まれた石畳の道を進む。屋敷の扉横にある呼び鈴を鳴らそうとすると、その前に女性の侍従が出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。ティリア様、リティ様」


 扉を開き現れたのは黒髪を肩で切り揃えた女性で、恭しくティリアとリティへお辞儀をした。


「ただいまです」


「ただいま戻りました。サラさん、おじ様はいますか?」


 リティも軽く挨拶を交わし、この家の主の居場所を訪ねている。


「はい、旦那様は書斎にいらっしゃいます」


「分かりました。ありがとうございます」


「さ、軍資金をねだりに行きましょうか!」


 そういって勝手知ったるように中へと入るリティと俺の片手を掴んで先導しようとするティリア。


 やっぱり、金はタカるつもりだったか。


 この家のお嬢様だからタカるっていう言い方もおかしいと思いながら――ティリアに片腕を掴まれた流れで、中へと踏み入ってしまい――そこで、サラと呼ばれた侍従が待ったをかけた。


「あの、そちらの男性は?」


 ごもっともな質問である。


 俺と侍従は初対面だ。誰かも分からん男を屋敷に上げるなど侍従として許可できないだろう。


「この方がハルトさんですよ! あのハルトさんです!」


 ティリアが至って真面目に侍従へ紹介をする。


 その紹介雑すぎないか。どのハルトだよ。


 どういう伝え方をしたのか定かだが、侍従は既に俺の名前を知っているようで。


「あのハルト様ですか。大変失礼致しました。わたくし、この家に支えさせていただいているサラと申します。以後、お見知りおきを」


 俺のことを足元から頭の先まで数度往復すると丁寧なお辞儀と共に自己紹介された。


 俺も挨拶を交わすためにティリアの拘束を解き、貴族風に右手の拳を胸に置いて一礼する。


「こちらこそ、申し遅れました。ハルトと言います。二人とは冒険者ギルドでパーティーを組んでまして……今回お伺いした理由は緊急討伐において、ティリアのご両親と少しお話がしたくてやってまいりました」


「緊急討伐について、お話は既に耳にしています。しかし、先ほどお嬢様が軍資金を調達と言っておりましたが、聞き間違えでしょうか」


「わたしとティリアは冒険者として参加します。その旨を伝えにおじ様の所へ行きますので」


「そうですっ。そのために色々と買わないといけないのです!」


 ティリアが能天気にあれを買おうだとか、やっぱりあれも欲しいだとかを呟いている。


「……なりませぬ。旦那様が避難のために用意した準備は既に万全となっています。護衛も雇っておりますゆえ」


「サラさん。ティリアが選んで、わたしが決めたの。説明はおじ様にします」


 リティが詳しい説明を省いて言い放つと、納得できていない様子であったが、侍従は頭を下げた。


「……かしこまりました。ご案内致します。どうぞこちらへ」




 侍従に案内された場所は二階の奥。家の持ち主であるティリアの父親が使う書斎だ。


 横に大きな本棚があり、簡易な応接間にもなっている。


 ノックした侍従が確認を取って扉を開き、ティリアとリティが踏み込み、俺も続く。


 ティリアの父親と相対した。


 柔和な雰囲気に眼鏡をかけた男性だ。


 貴族の中でも名の知れた人物であり、侯爵家現当主。上から第二階級の爵位だ。


 そんな人物は書類を片付け、腰を上げて矢継ぎ早に口を開いた。


「やあ、待ってたよ。話はギルドで聞いていると思うけど、急いで避難しなくてはならないよ。そこのキミはハルト君で間違いないよね? キミとは話したいことがあったんだ。丁度いい、詳しい話は避難先で聞こうじゃないか」


 名指しで言われた俺は恐れ多い気持ちで一杯だった。


 俺も元貴族とはいえ、現当主と話したことなんて父親を除けば数回しかない。しかも、幼少のときだ。


 俺をハルトと断言している辺り、既に容姿や情報を入手しているのだろうが、何を話されるのだろうか。


 どう受け答えするか戸惑っているとティリアが前に出て、話を切り出した。


「お父様、お話があります」


「ん、なんだい? 避難しながらでは駄目なのかい?」


「はい、わたしたちは避難せず、冒険者として国を守るために尽力することに決めました。そのためにお金が必要なのです」


「……聞き間違いかな?」


「では、もう一度。わたしたちが冒険者として動くために、お金をください」


 堂々とした金銭要求だった。


「……何を馬鹿なことを言っているんだ。金が欲しいというのならいくらでもあげるよ。でも、この状況で言う台詞ではない。冒険者として働くのは世間の常識を知ってもらうために承諾をした。それもリティがティリアを守ると誓ったからだ。この緊急事態に我が儘は止してくれ」


「おじ様、私はティリアの生存率が高いほうを選びました。避難するのと冒険者として動く。どちらか天秤に賭けた場合、冒険者として活動したほうが無事な確率が高いです」


「魔物の王が複数と聞いている。それと戦うかもしれないのに?」


「はい、ハルトの力ならティリアを戦わずして逃げることが可能です」


 言い切ったリティが俺へと振り向く。


 確信めいた瞳に、俺は狼狽える。


 なんでそんなこと言えるんだ。俺にそんな英雄じみた力は無いぞ。


「……ハルト・ローウェスト。キミが二人をオークの群れから救ってくれたということは聞いている。褒美をやろうと考えていたんだが、少し引っ掛かってね。どこかで聞いたことがある名前だと。だから、キミのことを調べた。魔力を持たない特異体質で、魔法が一切使えない。四年前に王立学園へ入学し、史上最低の成績で卒業。学園で付けられたアダ名は無能のハルト。間違いないよね?」


「……はい、その通りです」


 ローウェストの名は既に捨てたものだが、それ以外は合っている。


「オークをどうやって倒したのか信じられないが、そんなキミは二人を守りきれると? 本当に避難するよりも安全だと言いきれるのかい?」


 鋭い眼光が俺へと突き刺さった。


 俺は咄嗟に頭を下げる。


「……すみません。避難するほうが安全だと思います」


 ティリアとリティから俺と共に行動すると強く言われたものの、どちらか安全かどうかなんて避難したほうが良いに決まってる。


「ん? 彼はこう言っているけど……」


「ハルト、そこはしっかり守りますって言いなさいよ……」


「ズバッと格好良く言ってほしかったです」


 ……いや、無茶言うなよ。どうみても冒険者として参加するより安全だし。そんな残念そうな目で見ないでくれ。


「ハルトはこう言ってますが、彼の探知能力は異常です。数百メートルもの距離を魔物の姿を見ずに察知し、正確無比で射抜く弓の腕前をこの目で確認しています」


「そうですっ。お父様、凄いんですよ! ハルトさんの弓矢って、ビューって直角に曲がってストンってなるんです!」


 二人が俺のことを持ち上げてくる。ティリアは身ぶり手振りでなんかやってる。


 確かに言っていることに間違いはないのだが。


「……ほう、到底信じられない」


 そうなるだろう。俺も誰かにそんなこと言われたら信じられない。


 魔力なんてもんは普通の人からすれば見えないらしいし、一応は英雄の力だからな。


「ハルトは魔力を視て、流れを読んだと言ってました」


「ふむ、それが本当なら危険な魔物と会わずして逃げることも可能か。……とても信じられないが。しかし、二人の命を守るほどの意思が彼にあるのかい。どうなんだ?」


 問われた俺に視線が集まる。


 俺は生唾を飲み込んだ。


「二人は初めて出来た仲間です」


 覚悟は出来ていた。


 彼女達を預けてもらえるのならば、俺の命に代えても守るつもりだ。


「……そうか。二人の信頼も厚いらしい。ハルト君、二人のことを頼んだよ。絶対に守りきりなさい。でなければ、許さないから」


 あっさりと承諾したことに拍子抜けする。


 だけどまるで、二人に何かあったらこの手で殺してやると言外に言われたようだった。俺のことを測るような目は鋭く、威圧感が凄まじい。


「……はっ、必ずや」


 震えそうになるのを堪え、手を胸前に持ってきて貴族の礼をする。


「お父様、そんなわけで色々買うのでお金が欲しいのです」


「すぐに用意できるのは金貨三百枚ぐらいだけど、いくら欲しいんだい?」


「んー、たくさん欲しいです!」


「五十枚もあれば充分だと思います」


「わかった。では、金貨五十枚はリティが預かってくれ。ティリアだと無駄使いしそうだからね。ハルト君はこっちだ。このお金は二人を守るよう、私個人の依頼だと思って受け取ってくれたまえ」


 そう差し出された袋を受け取るとぎっしりと重みのあるものだった。


 開けるのが怖いが、確認のために袋の口を弛めてみる。ちらりと見てみれば金貨だ。


 これ中に入ってるの全部金貨か……。


 ずっしりとした金貨袋の重みが、責任重大なことを伝えてくる。しかし、俺は胃が痛くなってくるのをおくびにも出さず、受け取った。


 この金は二人を守るために頂いたもの。責任の重さだ。





 屋敷を出て、次に向かうのはギルドと連携している店だ。


 貴族区画から冒険者区画へと戻り、道具屋と防具屋を目指す。


 先ほど受け取ったお金があるため、金銭面に心配はない。


 仲良くティリアとリティが話しながら歩き、その後ろに俺がくっついて時たま話を振られ、相槌を打ちながら大通りを進む。


「あ! まだ冒険者のみなさんがいっぱいですっ。早く列に並びましょ!」


 目的の道具屋にたどり着くと店先に並んだ冒険者が順番待ちをしていた。


 ティリアが走って最後尾に行くのを追っかけようとするが、リティが俺の腕を掴んで止めた。


「ねえ、ハルト」


「どうした?」


「これさ、貰って。おじ様から貰ったお金とは別のやつ。私個人の貯金だから少ないけど……私からも依頼するわ」


 お金が入った袋を押し付けてきたリティ。


「二人を守れってことだろ。既に金は貰ってるぞ?」


 リティは首を振る。


「私の依頼はどうしようもない場面になったら、私が囮役になるからティリアを連れて生き延びてほしいってことよ」


「……リティを見捨てて、ティリアだけでも救えってことか?」


「そう。ハルトなら可能でしょ?」


「……そんなのティリアが許さないだろ」


「そこを羽交い締めにしてでも連れて行って欲しいの」


「悪い。受け取れない」


「なんでよ。お願いだから、受け取って」


「……俺は二人の命を預かる身だ。二人共、そもそも見捨てるつもりがない。だけど、一つの可能性として、そういう場面になったら俺が囮になるよ」


「……ハルトがそこまでする義理はないでしょ。そんなに深い仲でもないし、まだ付き合いが短いじゃない」


「そうだな。でも、俺にとって既に二人は大事な仲間なんだ」


「……全然わからない。そこまでしようとする意味があるの?」


「……言うのが恥ずかしいから一度しか言わないぞ。俺を無能として切り捨てず、普通に接してくれた二人は特別なんだ。だから、守るよ。俺の命に賭けて」


 人生初なんだよ。ちゃんと俺のことを見てくれたのは。


 リティがティリアを守りたいと思っていることと同じく、俺も二人のことを守りたいんだ。


「……そう。わかった。でも、守られるだけじゃ嫌だから、私がハルトのこと、しっかりと守ってあげるわ」


「ああ、頼りにしてるよ」


 そうやって二人で話していると、列に並んでいるティリアが大声を上げた。


「二人とも遅いですよー。早く来てくださいー」


「はいはい、いま行くから」


「悪い、遅れた」


「二人でなに話してたんですか?」


「内緒」


 リティが悪戯するような笑みを浮かべ、俺と目線を合わせる。


「むー。一人だけ除け者ですっ」


 そんなこんなで話ながら時間を潰して順番待ちをしていると、どこからか大音量の声が聴こえてきた。


 聴こえてくる声は魔法で拡声したもので、雑音が入り交じったものだった。


 それは主に、今回の戦場に巻き込まれる恐れがある住人の避難誘導だった。


『避難指示が発令されました。北東に隣接している区画が立ち入り禁止区域となります。噴水広場から北東に位置する区画の入居者は早めの避難を。避難場所は騎士訓練所、並びに王立学園が解放されています。繰り返します。避難指示が発令されました――』


 兵士の姿もちらほらと見かけ、避難民の先導や立ち退きを頼んでいる。


 明日が開戦だ。


 俺達は後方部隊だが、何かあるのか分からない。不測の事態に陥っても大丈夫なように、準備をしっかりと備えよう。


 そうこうしていると列が進み、冒険者に溢れ返った店内に入り込む。三人で物色し、あれやこれやと買い込んでいった。

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