第21話古代地中海世界
そして、夕食を作って食べたあと、子供部屋で美亜に地中海世界の概略(がいりゃく)について述べさせた。
「はい。まず、古代地中海世界とは何か?」
「えーと、えーと。まず、エジプトという古代の大国がいたわけでしょ?それに古代ギリシャと、アレキサンダー大王と古代ローマ帝国、あとキリスト教が起こったのもその時代です」
「よろしい。それでは古代地中海世界の世界史的な特徴はなんだ?」
それに美亜は慌てた。
「えーと、えーと。キリスト教の誕生?」
「まず、古代地中海世界の最大の特徴は、ヨーロッパ誕生の母体となった歴史が起きたということ」
「え?え?」
「ヨーロッパに限らず、どんなものでも同じように言えることだけど、人にしろ思想にしろ、国家にしろ、それ固有(こゆう)の自我が起きるというのはそれ自身では成り立たない」
それに美亜の頭がぼんと爆発した。
「わーん!訳わかんないこと言わないでよ!お兄ちゃん!」
「例えば、俺たちの例を挙げるとわかりやすいかな?」
「?」
「俺たち、人が自我ができるのはそれ自身では自我が保てない。他人の存在を自覚した時に自分の自我が形成される」
美亜は、よくわからなさげにうなずいた。
「う、うん?」
「俺の場合もそうだった。物心ついた時にお父さんやお母さんがいて美亜がいた。それは俺の中では大きな出来事だった。今までただ単に無自覚でいたものが他人からの応答に自分が返さなければならない時に俺が生まれた」
「う。うんうん」
「もし、両親もいなく妹もいなく、一人で、誰一人としていない状況だったら、俺は動物になっていただろう。そもそも言葉と言うのは誰か人間の応答に即して作られたもので、他の人間がいなければ、俺は一生言葉がわからなかっただろう。そして、ウィトゲンシュタインも言うように、言葉がなかったら自我はないんだ」
「うーん」
美亜は頭を抱えこむ。
「だから簡潔に説明をする。誰かがいなければ自分は生まれない。そこで古代地中海世界の最大の特徴はヨーロッパを産んだことにある。オリエント、と言う言葉がある。これは今は中東の文化を指すが、元はギリシャ、古代ローマ語で、東、と言うことを指した言葉だ。これは古代ギリシャで顕著(けんちょ)だが、当時の古代ギリシャはエジプトをライバル視して、エジプト流ではない自分たちの文化を作るのだ、と思っていた。
その古代ギリシャの考え方は、アレキサンダー大王の征服によって古代ローマ帝国の再度の地中海世界と西ヨーロッパ地方の征服によって薄らいだとはいえ、ローマ帝国崩壊後、中東との異境(いきょう)の東とは相容れない、と言う感覚がヨーロッパに広がり、やがて自身がヨーロッパを名乗るようになった。
これは古代ギリシャ的なエジプトを敵視して、自身の文化を作ったことと、古代ローマ帝国の地中海とヨーロッパ世界の合併により、ローマ帝国が滅んでも、古代ギリシャ哲学とキリスト教をゲルマン人が受け入れたことによって、なんとなくゲルマン人が当時の地中海世界とは区別して、ローマ帝国とも区別して、我々はヨーロッパという自我を持ったのだ。
特にその後に起こる、例えばスペインとかのイスラム教との国との争いで、キリスト教を母体としているからこそ、イスラムの中東
とは違うという区別が明白に生まれてきた。だから、ヨーロッパの思想といえばキリスト教がその中心の一つだと自他とも認めるようになってきたことで、今日のヨーロッパがあるわけだ。美亜、わかったか?」
そこには屍がいた。どうやら死んでいるようだった。
「美亜!美亜!」
俺は屍、もといほとんど放心中の美亜の肩をブンブン揺って起こした。美亜は半分目を開ける。
「大丈夫か!?美亜!」
「お兄ちゃん・・・・・・・」
途切れ途切れに美亜は言う。
「私。もう。だめ。お休み・・・・・・・」
「美亜―――――――――!!!!!!!!!!!」
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