第6話 写真
ジジは、寮の大きな窓から見える空を見上げた。
「なあ航太。野球は楽しいか?」
「急になんだよ。なんでそんなこと聞くの?」
慌てて返答すると、ジジはテーブルに置いていたセカンドバックを手に取った。いつから使っているのか分からないくらい、古いバッグだ。
「今日はな、航太に懐かしいものを持ってきたぞ」
ジジはバッグから茶色の封筒を取りだした。
そこに入っていたのは、たくさんの写真だった。ジジは昔から写真をプリントアウトして保管するタイプだったことを思い出す。ジジはその写真をテーブルの上に広げた。
僕は目に付いた一枚を手に取った。
ぶかぶかのユニフォームを着た僕が写っている。
「ああ、それは小学一年生のときの写真だ。リトルに入ったときだな」
ジジが解説する。この他にも、ボールを投げているところ、バットを振るところなど、同じ時期の写真が何枚もあった。
幼稚園のとき、野球をしたいという僕に、ジジはグローブとボールを与えてくれた。
父さんは仕事が忙しく、普段まったくかまってくれなかったから、僕はいつもジジとキャッチボールのまねごとをして遊んでいた。
小学校に入った頃、僕は近所のリトルリーグに入団した。この写真はその頃のものだ。
「試合のたび、あっちこっちに遠征しなきゃいけなくてなあ。朝早くから、送迎が大変だった。今となっては、それも楽しい思い出だがな」
ジジは、僕が活躍しているところを嬉しそうに見ていた。手にはいつもカメラがあって、試合となれば、たくさんの写真を撮っていた。
写真をめくる度に、僕の身体は大きくなり、ぶかぶかのユニフォームは丁度良いサイズになっていった。何枚もの写真が、僕の成長を記録している。
しかし、小学六年生の頃の写真となると、急激に少なくなった。
小学校の最後の大会が始まる前、父さんが死んだ。
過労死だという。
僕は、父さんの死のショックで野球に打ち込めず、最後の大会には出場していなかった。
「同じチームに今村くんっていう子がいただろ? その子がな、航太の状況を知って、『航太の分まで投げます』って監督に直訴したそうだよ。実際、最後の大会は航太の代わりとして頑張っていたなあ」
「今村が、そんなことを?」
いつも自信なさげな今村からそんな言葉が出てくるなんて、意外に感じた。そして、僕の代わりに今村が投げるという構図が、小学六年生の頃にもあったことを、ジジから聞かされるまで知らなかった。
当時はすっかり気が滅入ってしまっていて、野球を続けることが困難な状態だったから、チームの話題も自分から避けていたのだろう。最後の大会のことは全く記憶になかった。
「あのときの航太は見てられなかったよ。だからジジは野球を続けることを勧めた。このままじゃ壊れるんじゃないかと心配してな」
中学に上がり、ジジに勧められるがままに野球を再開したところ、リトル時代の不完全燃焼が起爆剤となり、僕はエースとして活躍するようになった。
ジジは毎試合、カメラを持って観戦に来ていた。
「この頃は、すごかったなあ。航太が投げていると、打たれる気がしなかった」
ジジが撮った写真には、楽しそうに野球をしている僕が写っている。本当に野球を楽しんでいると分かる、躍動感のある写真だった。
僕は、野球の楽しさを教えてくれたジジが大好きだ。
ジジを甲子園に連れて行くことを目標に、僕は野球にのめり込んでいった。
今の高校から誘われたとき、夢を叶えるチャンスだと思った。僕のこの右腕で、甲子園への切符をつかみ取るのだ。入学してからの努力はすべて、ジジを甲子園に連れて行くためだった。
だけど、その願いはとうとう叶わなかった。
手に持った最後の写真には、春季大会でベンチに座っている僕が写っていた。
僕はその写真を長いこと見つめていた。
夏の大会で、監督は僕を選ばなかった。
僕ではなく、今村を選んだ。
なぜだ。
なぜ監督は……。
すると、ジジが優しい声を出した。
「監督から聞いたぞ」
「え?」
写真から顔を上げる僕に、ジジが微笑む。
「航太、右肘、悪いんだろ」
僕は天を仰ぎ、瞳を閉じた。
監督の目は誤魔化せない。
やっぱり監督は知っていたのだ。
――続く
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