第31話 迫られる選択

「ほな、次やな」

「え? まだ?」

「決まっとるやろ。ユート、あんたこんだけコケにされてなんも仕返しせえへんのか?」


 ……そうか。それもそうだ! 本来払わなくていい税金を吹っ掛けられたせいで散々無駄骨を折らされたんだ。文句を言うのは当然の権利だろう。


 どうやらまだ頭がきちんと切り替えきれていなかったようだ。


 よし!


「村長! よくも騙してくれたな! 謝れ! それから慰謝料を寄越せ!」

「い、慰謝料だと!? それに謝れとはなんだ! 村人ごときが生意気な!」

「う……そ、それは元はといえば村長が俺を騙したのが悪いんじゃないか」

「せやせや。言ったれ言ったれ!」


 なんだかアンバーさんにおんぶにだっこでやや情けない気もするが、俺が今までアホだったのは間違いないのだ。たとえ虎の威を借る狐だと言われようとも、ここで全部言ってやる!


「大体なんだ! 村長はタークリーと結託して俺に違法な税金を払わせようとして、そのまま農奴にしようとしていたんじゃないか! 何が町に行って売るのは禁止だ! ふざけんな! 村を守る村長が私腹を肥やしてんじゃねーよ!」


 言い足りないような気もするが、腹の中に溜まっていた怒りをぶちまけてやった。


「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ」

「これはユートが町で訴えれば処分が下るかも知れんなぁ」

「そ、それだけは……」

「なら、ユートと和解するしかないで?」

「ぐ……の、望みはなんだ?」


 村長のこの焦りようから察するに、どうやら相当まずいようだ。


「さっきも言っただろ。謝罪と慰謝料を払え」

「ぐ、ぬぬ……」


 村長は眉間にしわを寄せながら随分と渋っている。そこにアンバーさんが割って入ってきた。


「なあ、村長さん。今までせしめたキックバックに色つけて、ユートに返すんはどうや?」

「む? ……それくらいなら」


 うわ。汚職を認めやがった。


「なあ、ユート。無い袖は振れへん。せやけど、このやり方なら今まで買い叩かれた分の金額くらいは補填されるはずや。それとな。謝るっちゅうんは難しいと思うで。村長さんはこれでも貴族の端くれや。平民に頭を下げるのはまずありえへん」

「それは……」

「そんな一時の感情を満足させるよりも、金取り返して、貰えるもんをもろたほうがええで?」

「貰えるもの?」

「せや。なあ、村長さん。ユートの身分証、作ってくれへんか?」

「そ、それは……その……」

「なんや。まずいんか?」

「い、いや……」

「なら早うしいや。渋ってもええことないで」

「わ、わかった」


 村長は諦めたような顔になって頷いた。


「どうや? これがあればいつでもユートは他の国にだって行けるんやで?」

「そんなものがあったのか……!」


 持っていたことはないが、要するにパスポートのようなものだろうか?


「ああ、せや。あの彼女さんはどないするんや? もう手え出しとるんか?」

「え? いや、手は出してませんけど……」

「ほーん? ま、あの彼女さんの身請けをしたいならしっかり稼ぐこっちゃな。なあ、村長さん。ユートの彼女の、ええと、名前はなんやったっけ?」

「ジェシカちゃんです」

「ほな、ジェシカちゃんの解放にはいくらかかるんや?」

「うちの村は全員一律百万だ」

「はぁ。えらい高いなぁ。地方なら普通は十万くらいが相場やで?」

「これについては文句は言わせんぞ。正当な権利だ」

「せやな。ま、やりすぎて刺されんように気い付けや。ユート、そんなわけや。あの彼女さんを身請けしたいなら相当がんばらなあかんで?」

「そ、それは……」

「なんや。そんなもんなんか?」

 アンバーさんはさも意外だ、といった表情を浮かべた。

「ま、まだ手え出してないんやろ? なら他人や。置いていっても誰にも責められへんで。特に、農奴やったら農奴と結婚する奴が大半や。せやから、あの彼女だってユートがいなくなれば誰か別の男と結婚するはずやで」


 なんだか、胸にモヤモヤした感覚があって気持ち悪い。


「ま、農奴の女からすれば平民と結婚するのは夢やからな。優良物件逃したないて、泣かれるかも知れへんが」

「う……」


 そう言われると、すり寄ってきていた村娘たちの顔がよぎる。


「ま、しっかり考えて答えを出すんやな。ウチはユートの作ったモンが買えればそれでええ。ここに残って職人するっちゅうのもありや。当然、輸送費がかかるさかい買い取りの値段は下がるけどな。あ、もちろんぼったくるつもりはないで? せやけどウチだって商売やからな」

「それはそうだが……」

「それにここやったら材料も手に入れづらいんやないか? なら、町に出たほうがはるかにええで?」

「そうですけど……」

「ま、決めるのはユートや。彼女さんを幸せにして、家庭を作ってやっていくっちゅう覚悟があるならええ。そうやないんやったら、きちんと別れるんも男の責任ってもんやで。変に気い持たせるのが一番残酷やさかい、よう考えや」

「はい……」


 俺が今まで悩んでいたことの本質的な部分をバシバシと言われ、返す言葉がないとはまさにこのことだ。


 ジェシカちゃんのことを悪く思っているわけではないけれど……。


「ちゃんと考えて、答えを出します」


 俺の答えを聞いたアンバーさんは、なんとも微妙な表情で頷いたのだった。

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