第26話 再びのタークリー
秋の気配が色濃くなってきたころ、再び行商人のタークリーが村へとやってきた。
もちろん新しい職業も取得していて、今回は魔術師だ。
魔術師はもちろん戦闘職で、魔法で敵を攻撃する後衛だ。魔術師を取っておいてなんだが、実はあまりこの選択肢を取りたくはなかった。
というのも、SCOの定石では最初から戦闘職を増やすのは悪手とされているからだ。だが、背に腹は代えられない。
なぜならば、これはここからの脱出を視野に入れての選択だからだ。
ロドニーやジェシカちゃんたち、それに村のみんなには悪い気もするがこんなところで理不尽に農奴にされてこき使われるのは御免だ。
村長様のところで見た地図によると、どうやらこの国の西には別の国があるらしい。そしてたとえ職業が村人に見えていたとしても、魔法が使えるのであればその国で受け入れてもらえるのではないか。
そう考えての魔術師というわけだ。
だが、魔術師は今のところ小さな火の玉を飛ばす魔法が使えるだけの職業だ。というのも、いくらレベルを上げても今のままでは新しい魔法が使えるようになるということはない。
ではどうすれば使えるようになるかというと、魔導書に代表される特殊なアイテムを使うことで新しい魔法を覚えることができるのだ。
この魔導書はSCOであれば町にある本屋で買えるのだが、この世界ではどこで手に入るのかは不明だ。少なくとも、この開拓村にはないということだけは間違いない。
またどうして背に腹は代えられないなんて話になるのかというと、序盤の得られる経験値が少ない間はあまり戦闘職を増やさないほうがSCOでは効率が良いとされていたからだ。
まず、各職業にはある一定のレベルに達していないと装備しても真の力を発揮してくれない武器や習得できない強力なスキルや魔法がある。
そして職業無限増殖バグを使って複数の職業を持っている場合、経験値は獲得対象の職業へ均等に分配されてしまう。
つまり狩人だけであれば分配先は村人と狩人だけだったが、戦士に加えて魔術師を取った今は四分割されてしまうのだ。
そのため、ある程度育成して各職業のレベル20から30の間にあるパワースパイクを迎えてから相性の良い職業を順に取って育成していくというのが定石とされていた。
だが、少しくらいであれば大した問題にはないだろう。それに何より、きちんと逃げ切ることのほうが重要だ。
さて。脱出をメインに考え始めたとはいえ、できる限り穏便に脱出しておきたいという思いもある。というのも、俺たちを誘拐したのはこの国の奴らだ。ということは、日本へ戻りたいとなった場合にはもしかするとこの国の人間の協力が必要になるかもしれない。
それ以外にも何らかの事情で後々この国に戻ってくることだってあり得るだろう。そんな時に犯罪者扱いされてしまうのはできる限り避けたい。
そんなわけで、俺はこのひと月の成果を持ってタークリーのところへと向かった。
「ああ、いらっしゃい。こりゃまた大量だね」
「まあな。今回はきちんと値のつく品を用意したぞ。さすがにあんな買い叩きは許さないからな」
「どれ」
タークリーはニヤリと下品に笑うと持ってきた製品の品定めを始めた。
「あー、そうだなぁ。皮の素材は一枚十デール。革の小物は一つ十デール、毛皮の製品は一つ二十デールといったところかな? 合計は……千三百デールだな」
「はっ? おいおい。革製品がそんなに安いわけないだろ。ちゃんと加工してあるだろうが
」
いつもどおりの足元を見た買い取り価格に、今回ばかりはさすがに抗議した。
「前も言ったと思うがね。運ぶにはコストがかかるんだ。町で売ってるような値段で買い取れるわけないだろう? 嫌なら他をあたってくれ」
「だが!」
なおも食い下がる。いつまでも買い叩かれてたまるか!
「ああ、わかったわかった。じゃあ、量もあるしオマケで千五百デールだ。これで良いだろ? これ以上高く買い取ったら赤字だ。嫌なら買い取りはできないよ」
「ぐ……」
これは、完全に足元を見られている。だがこの数か月間、こいつ以外にやってきた行商人はいないのだ。こいつに売らなければ現金を得ることすらできなくなってしまう。
しかも税金を支払うまでは町に出ることを禁止されている以上、俺にはこいつに売るしか選択肢がない。
「わかった。それでいい」
「毎度」
絞り出すようにそう答えた俺に、タークリーは今日一番の笑顔を浮かべたのだった。
くそ。こいつめ! いつか絶対にこいつの鼻を明かしてやるからな!
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次回はいよいよ村長との直接交渉に臨みます。
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