第18話 戻ってきた日常

2022/08/18 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

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 盗賊が襲ってきたというのに、翌日にはまるでそんなことなどなかったことのように村は平穏を取り戻した。


 それに盗賊とはいえ、人を殺した。手には今でもあの時の感覚が残っている。だが、フラッシュバックすることもなければ悪夢にうなされることもなかった。どうやらトラウマになるような事態は避けられたようで、普段どおりの生活を送れているのだ。


 俺は、自分で思っていたよりも冷酷な人間だったのかもしれない。


 変わらない生活を送れているが、変わったこともある。


 村の男として醜態をさらしたにもかかわらず、村中で引っ張りだこの存在になったのだ。


 やはり薬の調合ができるというのは大きいようだ。薬師のレベルはまだ2なので簡単な傷薬と弱い毒に効く解毒薬くらりしか調合できないが、それでも薬の有無は命に直結する。


 ただ、そんなこともあって村娘たちが今まで以上に目の色を変えて迫ってくるようになった。


 俺を落とせば狩りもできて薬も作れる旦那が手に入るのだ。そうなればこの辺境村では村長様一家に次ぐ生活ができることは間違いない。


 そんな事情も相まってか、あれだけジェシカちゃんに近づくなとガードをしていたロドニーすら何も言わなくなってしまった。


 とはいえジェシカちゃんが他の村娘たちのように迫ってきているわけではないので、ロドニーたちとは相変わらずの良好な隣人関係を保てている。


 それに村娘たちに迫られたときの避難所としても活用させてもらっているので、感謝している。


 いやはや。まさか俺が女の子に迫られて逃げるなんて、日本にいた頃は想像だにしなかった。


 だが、年の離れた女の子に手を出すというのはやはり抵抗感がある。それにあの勇者な学生くんたちがお務めを終えれば、もしかしたら日本に帰るかもしれないのだ。


 だから、無責任に手を出すことはできない。もし手を出すなら、それは俺が覚悟を決めたときだろう。


「あーあ。こんなこと考えずに本能の赴くままにヤリまくっちゃえば楽なんだろうけどなぁ」


 そうぼやきつつも、俺は傷薬を調合していく。先ほど開墾作業中に村の男衆が一人、ざっくりとやってしまったのだそうだ。


 まあ、調合するといっても調合台に材料を置いたらメニューから選ぶだけだ。特別なことは何もなく、しばらくすれば小さな木のボウルが傷薬で満たされる。


 よし。完成した。


 あとはこれを届けるだけだ。


 俺はボウルを手に持つと自宅を後にして、怪我人がいる現場へとやってきた。


「おーい。傷薬を作ってきたぞー」

「おお、ユート。ありがとう。助かるよ」


 そう言ってきたのは主に開墾作業をしているトムだ。トムの左手の指からは血がダラダラと流れている。


 どうやら木の根っこを掘り返す作業をしている間にざっくりやってしまったそうだ。かなり傷は深そうだ。


「傷口は洗ったか?」

「ああ」

「じゃああとはこれを塗っといてくれ」

「ありがとう!」


 そう言ってトムは自分の左手に薬を塗っていき、少しずつ血が止まっていく。


 この傷薬というのはやはりすごい。これなら俺がついている必要はなさそうだ。


「じゃあ、気をつけろよ。俺はここまできたついでに薬草でも探してくるよ」

「おう。ユート。気をつけろよ」

「ああ。トムもな。またざっくりやるなよ?」

「わかってるよ」


 こうして俺はトムと別れて薬草採取に向かったのだった。


◆◇◆


 それから軽く薬草を採集し、ついでに野ウサギを一匹狩って今日のおかずを手に入れた俺は村へと戻ってきた。


 そして群がってくる女の子たちをいなしながらロドニーの家へと戻ってきた。


 最近は狩りが終わったらロドニーの家へと直行し、料理してもらっているのだ。


 俺はその間に別の仕事ができるし、ロドニーたちは豪華な夕食が食べられるということでウィンウィンな関係を築けているのだ。


 もちろん多少やっかみを受けることはあるが、俺は薬の件もあってか直接的な被害を受けることはない。それにロドニーはかなりの古株ということもあってか、嫌がらせを受けるまでには至っていないと聞いている。


 なんでも、おすそ分けなんかでうまく対応しているらしい。


 また、ジェシカちゃんのほうは少し問題があるようだ。というのも毎日俺の食事を作っているということはすでに知れ渡っており、他の女の子からやっかみを受けているらしい。


 それでもコミュニティが狭いおかげかロドニーが手を回しているおかげかはわからないが、明確ないじめにまでは発展していないのがせめてもの救いといったところか。


 あとは、俺がジェシカちゃんを含む女の子を誰も自宅に招き入れていないというのも理由のの一つかもしれない。


 もちろん家の扉に鍵がついていないので勝手に入ってくる娘もいたが、丁重にお帰りいただいている。


 そんな事情も相まって、俺とジェシカちゃんがそういう関係でないということもまたこの狭い村では筒抜けとなっているのだ。


「あっ。ユートさん。おかえりなさい」

「ただいま。ジェシカちゃん。今日はこれをお願いできる?」

「野ウサギですね! ありがとうございます。任せてください」

「うん。よろしく」


 そう言って俺は野ウサギを手渡すと、自宅へと戻ってきた。


「さて、次はどうしようかな」


 俺はそう呟くと今後の計画を考える。


 まず、薬師としてやるのであればそろそろガラス瓶を作れるようになりたい。ガラス瓶があれば作った薬を保管しやすくなるからだ。そうすれば、行商人に売ることもできるだろう。


 一方で、盗賊の襲撃などというものがある以上は剣士のような前衛職を持っていたほうが良いかもしれないというのもある。次こそは、俺は遅れを取るわけにはいかないのだ。


 だが弓矢での活躍を期待されている俺が前にでることはあまりない気がする。とはいえ、俺が盗賊として襲撃するならば弓矢を持っている奴を先に狙うはずだ。となるとやはり前衛職が……。


 ぐぬぬ。どうしたものか……。

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