第3話 メニュー画面

 一週間ほど掛けて俺は辺境の開拓村なる場所へとやってきた。その間ずっと考えていのだが、おそらく俺は魔法のあるファンタジー世界にあの高校生たちの巻き添えで拉致されてきたのではないかと思う。


 彼らがすごそうな職業で俺だけ村人というところからも、つまりそういうことなのだろう。


 たまたま通りかかったんが運の尽き、というやつだ。


 最初のうちは理不尽なことに憤っていたし、何とか帰らなくちゃとも思っていた。


 だが、もう一週間も会社を休んでいるのだから俺の席はない気がする。それによく考えたらあんなブラック企業で社畜しているよりは、こっちの暮らしのほうが良いかもしれない。


 漠然と田舎暮らしには憧れていたし、開拓村で村人をするというのも悪くないのではないかとも思えてきた。なので、まずは生活をしてみてから今後の方針を考えたいと思う。


 もちろん正月に帰省しなければ両親も心配するだろうから帰るというのは第一の選択肢なわけだが、そもそも帰れるかどうかもわからない。それに俺たちを拉致してきたくせにこんな扱いをしたあの王女様やムカつく城の連中にも一泡吹かせてやりたいという思いもある。


 だが、今逆らっても牢屋に入れられるだけだろうからな。そのあたりはいったん脇に置いておいおこうと思う。


 それに、ファンタジー世界とくればやはり魔法を使ってみたいという思いもある。ただ、俺の場合は何もできない村人らしいので勇者な彼らのようにはいかないかもしれないが。


 さて。到着した開拓村はというと……なるほど。開拓村というだけあって森に囲まれている。どうやら田畑はこれから切り開くようだ。


 そんな俺を村長様が出迎えてくれた。


「貴様が移民か。身分は……チッ、平民か。職業は……チッ、こっちも村人か。まあいい。儂がこのガスター開拓村の村長のニコラス・ガスターだ。陛下より騎士爵を拝命している」

「ユートです。よろしくお願いします」


 騎士爵というのは聞いたことがないが、まあきっと貴族なんだろう。それに当面の間はここで生活しなくちゃならないだろうから、村長に喧嘩を売ったって何も良いことはないだろう。


 であればここはひとつ、ブラック企業の社畜らしくうまくやってやろうじゃないか。


「こっちが警備隊長で我が息子のトーマスだ」

「ユートです。よろしくお願いします」

「ああ。トーマスだ」


 村長のニコラスは五十代くらいで白髪交じりの金髪がわずかに残る男で、トーマスは俺よりやや年上くらいの金髪の男だ。二人とも茶色の瞳で身長は俺よりも少し高いくらいだ。俺の身長が173cmなので、たぶん180cmあるかないかくらいだと思う。


 トーマスは明らかに俺のことを見下したようなニヤついた表情を浮かべているが、ここは我慢だ。


 社畜らしく営業スマイルで対応する。


 するとトーマスはチッと舌打ちをして不機嫌そうに立ち去っていった。


 なるほど。これは苦労しそうだ。うまいことヨイショに乗ってくれればいいのだが……。


「あとはそこのロドニーにでも聞いておけ。おい、ロドニー」


 そうして紹介されたのは茶髪で茶色の瞳のがっしりとした男だ。背の高さは村長様より同じくらいだ。いや、少し高いかもしれない。


「はい。村長様。俺はロドニー。身分は農奴だ。ユート、よろしくな」

「よろしくお願いいたします。ロドニーさん」

「おいおい。ロドニーでいいぜ。それと敬語もなしだ。さあ、お前さんの家に案内してやる」

「わかりました……わかった。よろしくな。ロドニー」

「おうよ」


 そう明るく言ってロドニーはガスター開拓村を歩いて案内してくれた。


 といっても家は十軒ほどしかない小さな村なのであっという間に回り終えてしまった。


 住人のほとんどが二十代から三十代くらいの若い夫婦と子供の世帯ばかり。若いと言ってもみんな子供がそれなりに育っているので、結婚年齢がかなり低いようだ。


 それから、共同の設備は井戸と村長の家にあるパン焼き窯くらいだった。ちなみに井戸は無料だがパン焼き窯は有料らしい。


 そんな貧弱な設備を使って半自給自足の生活をしながら森を切り開いて開墾しなければいけないようだ。


 いやいやいや。勘弁してくれ。


 ブラック企業の社畜ほど辛い生活はないと思っていたが、ここのほうが明らかにヤバそうだ。


 何しろ、電気もなければガスも水道もないこんな辺鄙なド田舎で暮らさなければいけないのだ。もちろんコンビニもないしネットだってない。


「今日からここがユートの家だ。それから、隣が俺の家だ。あとは、俺の家族を紹介するぜ。妻のブレンダと娘のジェシカとアニーだ。ジェシカは今年で十四だから成人だな。アニーはまだ五つだからまだまだ子供だ」

「むーっ! パパ、あたしもう大人だもん」

「よろしく、アニーちゃん」

「うんっ!」

「ジェシカです」

「ブレンダと申します」

「ユートです。よろしくお願いします」


 ロドニーの家族はロドニーを除いて全員金髪碧眼なので、どうやらブレンダさんの血が色濃く出ているようだ。ずいぶんと年の離れた姉妹だが、娘さん二人は耳の形がロドニーそっくりなので二人ともロドニーと血のつながった家族なのだろう。


「ああ。それとジェシカはお前にはやらんからな」

「何も言ってないから」

「そうか、なら良いんだが……」

「ちょっと、やだ。お父さんったら」


 そう言って俺たちはお互いに笑い合う。


 よかった。ロドニーたちとなら多少は楽しく暮らせるかもしれない。


 こうして勇者召喚なるものに突然巻き込まれた俺は、ようやく落ち着くことができたのだった。


 だったのだが……。


 自宅に入ると、突然目の前に『▼』という妙なマークが浮き上がって見えるようになった。


 最初は目の錯覚かと思って目をこすってみたのだが、やはり『▼』のマークはそこにある。


 いやいや。おかしいだろう。


 もう一度目をこすってみたが、やはり目の錯覚というわけではないようだ。


 その証拠に、俺が別の方向を見ると『▼』のマークは視界の外へと出るのだ。


「なんだ? これは?」


 俺は恐る恐る近づいていき、『▼』マークの目の前にやってきた。


 たしかにマークが浮かんでいる。少し光っているようにも見えるが、触ることはできないようだ。触ろうとしても向こう側に指が通り抜けてしまう。


「???」


 首をひねりつつもふと床に目を向けると、何やらコインが落ちていた。


 銅貨? だろうか?


 よく分からないが俺はそれを拾ってみた。


『1デールを手に入れた』


「うおっ!?」


 目の前にゲームのメッセージウィンドウのようなものが現れたかと思うとそんな文章が表示された。


「は!? 1デール? いや、これ、そもそもどうなってるんだ!?」


 メッセージウィンドウに触ろうと思ったが、先ほどの『▼』のマークと同じで触ることはできないらしい。


 ええと、幻覚でも見ているのか?


 いや、でもな。ゲームっぽいし、メニューも開けたりするのか?


 俺がそう考えた瞬間、目の前にメニュー画面が現れた。


 嘘だろ!? 本当に開いたのか!?


 って、あれ? このメニュー画面、なんだか懐かしい感じがするぞ?


 これは……何だっけ?


 ああ、そうだ! そうだ! 思い出した! これはソード・アンド・クラフト・オンラインのメニューじゃないか!


 ソード・アンド・クラフト・オンラインは通称SCOと呼ばれていて、俺が中学生くらいの頃に一部で流行っていたMMORPGだ。


 当時の俺は廃人のようにやりこんでいたのだが、こんなとことでもう一度あのメニュー画面を見ることになるとは思わなかった。


 懐かしい!


 しかもこのメニュー配置、初期バージョンのもののような気がする。


 あれ? 初期バージョンということはもしかして、村人最強時代のやつじゃないのか?


 懐かしい記憶が鮮明に蘇り、年甲斐もなく興奮した俺はそれを確認してみることにしたのだった。


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