第2話 村人は村に行け

「は!?」

「村人、ですと!?」

「ぶっひゃひゃははは。おっさん、村人かよ! ぶははははは」


 不良くんが下品に大爆笑している。四宮くんと横谷さんは笑いをどうにか堪えているといった表情で、お嬢様はというと不快そうに顔をしかめている。


「そもそも、この職業ってなんなんだ?」


 俺は普通に尋ねたつもりだったのだが、爺さんのほうが俺から玉をむしり取ると居丈高怒鳴り散らしてきた。


「村人ごときが王女殿下に何という口の利き方だ! 村人は剣も魔法も、一切何もできない無能のことだ! 勇者召喚でこのような者が来るなど! 即刻立ち去れ!」


 今にも血管が切れるのではないかと思うほどの大声だが、この爺さんは大丈夫だろうか?


 というか、そもそも俺はこんな場所にきたくてきたわけではないのだが。


 あちらさんがそう言うのだから、ありがたく家に帰って眠らせてもらうとしよう。俺の会社のカレンダーは月月火水木金土で、しかも金曜の業務は土曜の昼間までなのだ。こんなところで油を売っていたら明日の仕事に支障が出てしまう。


「わかったわかった。家に帰るから送り帰してくれ。邪魔して悪かったな」


 しかしそう言ったにもかかわらず爺さんはさらに額に青筋を浮かべた。


「村人ごときがなんたる口の利き方!」

「カーティス。おやめなさい。ユート様。大変失礼しました。ですが、大変申し訳ありません。村人であるユート様を他の勇者様と同じように扱うことはできません」

「はぁ。分かったんで早く帰してください。眠いんで」

「申し訳ございませんが、勇者様が世界の危機を救うまでお待ちください」


 そう言って王女様はにっこり微笑んだ。さすが王族だ。さっき確実に俺のことを要らない認定して滅茶苦茶怒っていたくせに、もうこうして先ほどと変わらない王族スマイルを浮かべている。


 いや、これは他の四人に不信感を持たせないためか。


「……俺、明日も仕事なんですけど?」

「申し訳ございませんが、勇者様が使命を果たされるまでお待ちください」

「帰れないんですか?」

「はい」


 ……ああ、そうか。なるほど。これ、帰れないやつな気がするぞ。もしくは、帰るのにものすごいお金がかかるか何かでやりたくないかのどちらかだろう。


「それまでの間、村人であるユート様には相応しい場所にてお待ちください」


 王女様がそう言うと、兵士が二人歩み出てきた。


「お前たち。ユート様を丁重にお送りするように。くれぐれも手荒な真似はしてはなりませんよ」

「はっ!」


 短くそう返事をした兵士たちは俺の前へとやってきた。


「ユート様。ご案内いたします!」


 なんだかろくでもないことになりそうな気はするが、こいつらは剣を持っているのだ。逆らったらもっとろくでもないことになるのは明らかだ。


 俺は素直に従って立ち上がると歩き始める。


 後ろからは王女様が「勇者様」と彼らに語り掛ける声が聞こえてくるのだった。


◆◇◆


 召喚の間を出て扉が閉まった途端、背中から突き飛ばされ転んでしまった。


「オラ! さっさと歩け! この無能のクズが!」

「何するんですか!」

「無能のクズのくせにさっさと歩かないのが悪いんだよ! オラ! 立て!」


 身の危険を感じた俺は慌てて立ち上がる。


「あ、あの。無能って言うのは?」

「お前、召喚された勇者のくせに職業が村人だったんだろ? 無能じゃねぇか」

「おいおい。そう言うなよ。こいつは何も知らねぇんだからよ」

「ああ、そうだな」


 二人の兵士はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「いいか? お前のいた世界ではどうだったか知らねぇがな。この世界では職業が全てなんだよ。その中でも村人は完全なハズレだ。一切の才能に恵まれなかったやつがなるのが村人なんだよ」


 一切の才能に恵まれない?


 まあ、底辺ブラック企業の社畜をしているんだからそれはある意味正しい気もするが……。


「何をやっても一切モノにならない。剣も魔法も生産も、なんにもできないクズの職業が村人なんだよ」


 兵士たちはギャハハハハと下品な笑い声を浮かべた。


「わかったらとっとと歩け」

「わ、わかりましたから……」


 俺はこれ以上殴られないよう兵士に従って城内を歩くと、裏門に用意されていた粗末な馬車に押し込められた。俺が中に入るや否や外から鍵を掛けられ、すぐに馬車は動き出す。


「お前は辺境の開拓村で死ぬまで働いてもらうからな。精々がんばって生き残るんだな」


 兵士のそんな捨て台詞が聞こえてきたが、なんだかどうでも良くなってきた。


 すでに限界だったのだ。そこへさらに散々な目に遭わされ、もう本当に限界だ。


 俺はそのまま硬い馬車の椅子に寝転がった。するとすぐに睡魔が襲ってくる。


 ちょうどいい。


 俺は何も考えることなくそれに身を任せるのだった。

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