誰だ!うちの部屋に水を入れてるのは!

ちびまるフォイ

水たまりの部屋

そこは天井のない部屋だった。

四方が高い壁に囲まれている。ドアもない。


「いったいここはどこだ。どうしてこんなところに……うわっ」


水が靴に入り込んでいた。

靴の中でびちゃびちゃと嫌な感触がある。


床は水浸しになっている。


壁の一方には取っ手のない蛇口があり、床に向かって勢いよく水をためていた。


「おいおい。浴槽じゃないんだぞ!」


部屋に水がたまるのを止めようとしても止まらない。

床は徐々に水かさを増していく。


「このままじゃ部屋が水でいっぱいになっちまう! クソ!

 俺は立ち泳ぎなんてできないぞ!?」


蛇口に指を突っ込んでも水の勢いは止まらない。

ふとみると、部屋の隅っこにはバケツが置かれている。


「しめた! これで水をかきだせる!」


すでにヒザほどまで溜まった部屋の水をバケツですくい上げると、壁の向こう側にぶちまけた。


「ぎゃっ!」


壁の向こう側で人の声がした。


「おおい! そっちに誰かいるのか!?」


「お前か! 今水をこっちの部屋に入れたのは!」


「いや人がいるなんて思わなかったから」


「こっちだって水が溜まっているんだよ!

 自分が楽になりたいからって、こっちに負担を押し付けるんじゃねぇ!」


「悪かったって」


こうして話している間にも自分の部屋には水かさが増している。

バケツで水をすくい上げて、今度は別の壁を超えた先に水をぶちまけた。


「うわっ! なんだ!?」


また壁の向こうから人の声。


「こっちにも人がいたのか!?」


次は別の壁の向こう側へ水をまく。結果は同じだった。

四方どの壁を越えた先に水を入れてもすべて同じように人がいた。


話を聞けば同じように周りは壁に囲まれて、部屋には同じように水が自動で溜められ続けている。


「このままじゃ部屋にたまる水で溺れちまう……」


覚悟を決めたらもはや壁を隔てた向こう側の気持ちなんて知ったことではなかった。

足元にたまる水をバケツですくうと他の部屋に勝手に流し入れた。


どんな不満を言われようとも無心で続けた。

顔の見えない誰かのためにどうして自分が犠牲にならなくちゃいけないのか。


部屋にたまる水をすべてかきだし、他の部屋に流し入れ終わった。


上着を脱いで蛇口に差し込んで水がたまるスピードもなんとか抑えている。


「はぁ……はぁ、これでひと安心……うわっ!?」


安心した矢先。頭上から冷たい水をひっかけられた。

見上げると、壁の向こう側にひっこんでいくバケツが見えた。


「こ、この野郎! なんで俺の部屋に水を入れるんだ!!」


返事はなかった。

今度は別の壁のほうから水が流し込まれる。


四方八方の壁から水がどんどん部屋に流し込まれていく。


「や、やめろ! 俺の部屋に水を入れないでくれ!」


もはや蛇口から出てくる水よりも、人の手によってぶちまけられていく水のほうが多くなっている。

部屋にはみるみる水がたまっていく。


壁の向こう側からは怒りに満ちた声が聞こえてきた。


「みんな大変なのに、自分だけ楽しようと水を押し付けやがって!

 お前みたいな悪いやつはおぼれてしまえばいい!!」


「そうだそうだ! みんな! こいつの部屋に水を流し込め!」


ますます水が部屋に流し込まれていく。

あっという間に水かさは増えて、もう床が足に届かない。


「うあああ! 誰か、誰か助けてくれーー!!」


叫んだその口に、壁の向こう側から水がぶっかけられた。

最後の方はごぼごぼと泡に声が吸い込まれて消えた。




「はっ!」


そこで目がさめた。壁の向こうで赤ちゃんの鳴き声が聞こえる。


「ゆ、夢か……よかった……」


自分の書斎で眠っていたらしく、現実に戻れたことに安心した。


「ひどい夢だった……あんな死に方だけはしたくないな……」


溺死だけは絶対に避けたい死に方だ。

自分ばかり優先するとろくな結果にならないんだと反省した。


お腹がへったので書斎を出ると、リビングでは妻が泣き止まない赤ちゃんを必死であやしている。


掃除もままならなかったのか部屋はちらかっており、

台所はあらわれていない食器が雑然と積まれている。


当然なにか食べれるものなど用意できないし、お風呂だって準備できていない。


「なにひとつ家事ができてないじゃないか!

 主婦としての仕事くらい責任持ってやれよ!」


「私だって大変なのに、どうして手伝ってくれようともしないの!?

 そんなに自分だけ楽でありたいの!?」


怒った妻はバケツの水をぶちまけた。

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