第21話 狩場に入ったスワール隊

 グレイロビーに駐留するスワール隊の五人の隊員たちが、出撃を待つルナティックが佇むハンガースペースに集まった。皆無言で、ハンガースペースの中央に置かれた小さなテーブルを囲んだ。

 ハンガーにぶら下がる六機のルナティックが見下ろす中で、次の作戦に出撃するメンバーを選ぶため恒例のクジ引きが始まり、新入りのルース・コンコッタがハズレを引いた。

 「また留守番ですか!?」四回連続でハズレを引いたルースは納得がいかず、ほとんど叫ぶような声を上げた。三番機パイロットのスジャウ・ノーメットは「ルース、残念だったな。いい子にしてお留守番してろ」と、薄笑いを浮かべてルースに言った。このクジ引きの不正に気付いているルースは納得がいかず、何かを言おうとしたが、思い留まり、仕方なくハンガーの土台を蹴った。

 四番機のパイロット、コナーズ・ブレムは、頬を膨らませて釈然としない様子のルースに近づき、肩に手を乗せ話しかけた。

 「ルース、スジャウを許してやってくれ。今回の作戦は不確定要素が多いんだ。ルーキーを危険な目に合わせたくないっていうスジャウの親心だよ」

 「そんなの・・・、気休めはいいですよ」

 ルースは立ち去った。去り際に「先輩方、どうかご無事で」とコナーズにだけ聞こえる声で言い残した。


 一番機のパイロットで隊長のアーティー・メソは、ちょっと離れたところで隊員たちのやり取りを見ていた。無表情で全員の視線が集まるのを待ち、それに気付き、視線を寄こした隊員ひとりひとりに視線を返してから、作戦の概要の再確認を始めた。

 「作戦内容についてもう一度確認する。相手はローグの集団で戦力は不明。諜報部の情報に拠れば、先日の地下大森林へテロ攻撃を仕掛けた連中の可能性が高い。知っての通りテロは未遂に終わったが、連中は現在、セラーの奥の地下空間に隠れ、テロを完遂すべく戦力の拡充に勤しんでるようだ。我々の任務はそのアジトを急襲し、壊滅するか無力化させることだ。我々ムーニーの生命線である、大森林を焼き払おうとする危険な思想を持つ連中だ。甘く見るな。連中が何かをしでかす前に叩き潰す。それが我々の使命だ。ギルドに先を越されないとは限らない。急ぐぞ」

 隊員たちは特に質問すること無く、各々出撃の準備を始めた。各機体の作戦に合わせた装備の換装も始まり、動き出したメンテナンスアームが滑らかに手際よく、装備を整えていった。


 ライフルや強化レーダーユニットがクレーンに吊るされ、頭上を流れていく下で、二番機パイロットのデイジー・ファンダールが隊長のアーティーに歩み寄った。 

 「スジャウがまたイカサマしたけど、いいの、ほっといて?」

 「構わない。イカサマが無くても今回はルースを外すつもりだった。この作戦は危険だ」

 「ルースは模擬戦でスジャウに勝ってるし、実戦も何度か経験してる。ルーキー扱いはもういいと思うけど?」 

 「同感だ。それでも、今回は外す。俺が決めた」

 「アーティーがそう言うのなら・・・。私は信頼してるし」

 「その信頼に応えられるよう努力する」

 「もう十分応えてる・・・」

 「いや、まだまだだ」

 アーティーの口調は終始、ぶっきら棒だった。

   

 

 グレイロビー宇宙港の広大な敷地の中で、スワール隊が専有するエリアは部隊の規模が縮小されたにも関わらず、面積と施設は縮小されなかった。ひっきりなしにシャトルが発着する民間エリアに比べて、軍の専有エリアは寂れていて、まるで廃墟のようだった。

 出撃する四機がエアロックを通り抜けガレージから外に出ると、グレイロビー宇宙港の片隅に区切られた軍専用エリアに、二機のルナティック運搬用シャトルが降りてきた。

 軍用シャトルと言っても、機体の色を深いグレーに塗っただけで、基本性能は民間機と変わらない。特殊な機体もあるが、スワール隊が使用するのは通常の機体だった。機体にはそれぞれ『オメガ・ワン』『オメガ・ツー』とマーキングされている。

 寂しくただっ広い滑走路に重武装ルナティックが四機、シャトルに向け歩いていく。シャトルは四機が背中に乗るのを待たずに上昇を始めた。シャトルが目的地の方向に回頭すると、それを待っていたスワール隊は次々にジャンプし、二機ずつに分かれてシャトルの背中にまたがった。重装備のルナティックの重さに一瞬高度を下げたシャトルは再び高度を上げ、作戦領域に向け加速した。



 作戦領域は、グレイロビーから六百キロ程の離れたエリアにある。目的地上空に辿り着くと、四機はそれぞれのタイミングでシャトルからジャンプし、月面へ降下していく。「シャトルは付近で待機。一時間経って戻らなければ帰投しろ」アーティーの指示を受け、二機のシャトルはスワール隊から離れ、近くの谷底に機体を隠した。


 諜報部の集めた情報通りに、渓谷の斜面にセラーの入口を見つけた。見張りはなく侵入は容易だった。四機が入口の隔壁の前に立つと、隔壁は何者も拒もうとせずに開いた。

 通路は壁も天井も補強され、照明も設置されていて非常に明るい。隔壁も照明もメンテナンスロボットが自動で整備するため、完全に破壊しない限り、半永久的に稼働し続ける。     

 スジャウ機が警戒しつつ先頭を行く。自由に動き回る事ができない、限られた空間での待ち伏せから味方を守るために、機体の殆どを隠せるほどの大型シールドを装備している。全機、二枚目の隔壁の前まで進んで、隔壁が開くのを待った。

 「いるな」隔壁が開ききらない内に、何かを感じたスジャウがそう呟いた。「アーティー、来るぞ!」スジャウがそう叫ぶと同時に、敵の攻撃がが始まった。

 通路の途中に無造作に置かれたコンテナの向こうから、ローグが使うにしては高価な、速射型ライフルによる銃撃が始まった。ほぼすべての弾丸を受け止めるスジャウ機のシールドが容赦なく削られる。

 「アーティー!持たない!」

 「持たせろ。なんとかする」

 アーティーは肩に担いだマイクロミサイルを炸裂のタイミングをプログラムして二発、発射した。放たれたミサイルは天井スレスレを飛び、敵の直前で炸裂した。敵の攻撃が止んだ。

 「シールドが駄目になった!」

 「もう必要ない、捨てろ」

 アーティーは機体をジャンプさせ、スジャウ機を飛び越え前に出て、残りのマイクロミサイルを全弾発射した。爆炎が通路を満たし、待ち伏せしていた敵二機を殲滅した。静寂が戻った。

 「コナーズはここで待機。退路を確保しろ」

 「えぇ・・・、置いてけぼり?」

 「君の装備は遠距離型だ。ここでは不利だ。必要があれば呼ぶ」

 「早く戻ってくださいよ・・・」

 「出来る限りそうする」

 コナーズは三機を見送った。振り向いて手を上げるスジャウ機に、手を振って応えた。  


 三枚目の隔壁を抜け少し進むと、広い空間に出た。何かの工場の跡のようだ。おそらく、初期の小型汎用艇オービットの工場だ。鉄の柱やクレーン、積み上げられたコンテナが放置され、天井近くに梁も何本か渡されている。視界を遮るものが多く、武装集団がアジトにするのは最適な場所だ。工場の設備が一部、真新しいものに替えられている。

 「再稼働するつもりか・・・?」

 「破壊工作に使えるものを作る気だ」

 「だとしたら、すべてぶち壊す!」

 「デイジー、敵の反応は?」

 「索敵と周囲をスキャンを実行中・・・。動くものは見当たらない。待って、上に何か!?」

 頭上から先制攻撃を受けデイジー機が被弾した。肩に担いだ強化レーダーユニットが破壊され、スキャンと索敵が中断された。同時に数箇所から攻撃が始まり、三機はその場を飛び退いて障害物の陰に隠れた。

 「デイジー、無事だな?」

 「ご覧の通り!」

 「上のやつは自分で墜とせ」

 「そうするつもり!」


 デイジーはマシンガンを撃ちまくり、自分を狙った敵を追い回す。焦った敵が操縦を誤り、動きが鈍ったところで、右腕に装備するハンドバズーカを撃ち込んだ。弾丸は直撃し、敵ルナティックを大破させ戦闘能力を奪った。基本に忠実な戦い方での勝利だった。

 「次!」デイジーは別の敵に狙いを絞った。

 

 スジャウはすでに一機仕留め終えて、次の一機を追いかけてた。敵はピョンピョン飛び跳ねながらライフルを撃ちまくり、スジャウを牽制する。スジャウは射撃に自身があるが、障害物が多く上手く敵を捉えきれない。焦れたスジャウは肩に担いだ大型ガトリング砲を構え、辺り一帯に重たい弾丸をばら撒いた。コンテナやクレーンもろとも敵ルナティックは砕け散り、瓦礫に埋もれた。

 残弾が切れるまで撃ちまくられたガトリング砲は、可燃物の入ったタンクをも無差別に破壊した。爆発したタンクは並んでいた複数のタンクも誘爆させ、天井に達するほどの巨大な炎が立ち上った。「みんな燃えちまえ・・・」燃え上る炎に赤く照らされた機体の中で、スジャウはそう呟いた。


 アーティーも一機を撃墜したが、残るもう一機に手を焼いていた。鋭い動きとアーティーの行動を先読みした射撃は、アーティー機の装甲を何度か傷つけた。

 対峙する敵は動きが早く、判断に迷いがない。障害物の陰から陰へと姿を隠しながら、アーティー機を正確に狙う。理に適った規則的な闘い方は、我流の多いギルドとは違う。おそらく、かつて軍に所属し、それなりの経験を積んだパイロットだろうとアーティーは予想した。

 スワール隊最強のアーティーでも、なかなか優位に立てなかった。「こんなやつに手こずるとは、やはり俺は隊長にふさわしくない」そんな事を口走りながらも次第に敵のエースを追い詰め、軍用機の強化された装甲にも助けられ、押し切ることに成功した。大破した敵のエースを見下ろすアーティーの機体は、キズだらけだった。 



 銃撃や爆発の轟音が次第の収まり、辺りに静けさが戻った。三機はこの廃工場の中央の辺りに集結し、背中を合わせ敵の反撃に備えていた。  

 「終わりか・・・?」

 「終わりでしょ、何機やったと思ってんの?」

 「まだ警戒を解くな」

 あちこちで炎が上がっていた。すると警報が鳴り響き、照明が赤く点滅し始めた。打ち捨てられて久しいはずの工場の消化装置が、まだ機能している。

 『消化装置稼働。従業員はセーフティールームへ直ちに避難してください』

 廃工場に繋がるすべての隔壁が閉じ、空気が吸い出される。三機のコクピットにも警告がでて『酸素濃度減少』と表示された。空気が完全に抜かれ、紅い炎が消滅すると再び、空気が注入される。地下大森林が生み出す新鮮な空気が惜しむこと無く注ぎ込まれ、消火作業は完了した。警報が止むまで間、三人は警戒を続けていた。


 「警戒を解除」アーティーが指示する。

 「ふぅ・・・。久しぶりにスリルのある戦闘だったな。これだからルナティック乗りはやめられない。そうだろ、アーティー?」

 「そうだな・・・」

 「生き延びることが出来たから、そんな事が言える・・・」

 「あの世でも言うさ」

 「・・・任務終了、帰投する」



 コナーズはアーティーの指示通りに、退路の確保という暇な任務を寡黙に熟していた。どちら側から敵襲があってもいいように通路の壁に背を向け、両手持ちのロングレンジライフルを右に向けたり、左に向けたりしていた。何度かそうするうちに奥の隔壁が開き、仲間の三機が姿を現した。

 目の前までやって来た三機をスクリーン越しに確認すると、全機傷つき、武装もほとんどを失っているのが分かった。

 デッドウェイトになるため、弾切れの武器を捨てる事はあるが、相手がローグだろうとギルドだろうと一方的な戦いにいなることが多い軍が武器を捨てることはあまりない。

 武器を捨て軽くなった機体は、激しい戦闘が繰り広げられていたことを暗に物語る。コナーズは三人の誰にでもなく話しかけた。

 「呼べばすぐに行ったのに・・・」

 「その必要はなかった」アーティーが答えた。

 「そうは見えませんが・・・」

 「無事に戻ったんだからいいじゃない」

 「そりゃそうだ、無事で何より」



 スワール隊の四機は無事任務を果たし外に出た。アーティーは外の出てすぐ、

なにかに見られている感じがした。

 谷底で待機しているオメガ・ワンとオメガ・ツーを呼び寄せると「ちょっと待て」と返事が来て、数秒後に月面にその姿を現した。

 「お先に!」

 スジャウがオメガ・ワンの背中に向けジャンプし、その背中を見上げたアーティーは、遥か彼方からの視線が殺気に変わったのを確信した。

 「スジャウ、待て!」

 「あん?」

 白い光が閃き、月の夜の暗闇をふたつに割った。境界にいたオメガ・ワンの機体は貫かれ、爆発した。その爆発は、すぐ傍まで来ていたスジャウ機を巻き込んだ。スジャウ機は大破し月面に引かれ落ちていく。

 「スジャウ!」コナーズが叫んだ。アーティーは各機に指示を出し、隊長の責任を果たそうとする。

 「オメガ・ツー!退避しろ!谷底に機体を隠せ!スジャウ!状況を・・・!応答しろ!」

 スジャウからの応答はなかった。

 「デイジー!コナーズ!どこでもいい、隠れろ!」

 アーティーがそう指示するより早く、白い閃光が再び走り抜け、オメガ・ツーも撃ち抜かれた。爆発し砕け散った機体の残骸が月面にゆっくりと降り注ぐ。

 生き残った三人はそれぞれ、近くの窪地や谷底に機体を隠した。

 「どこからだ?」

 アーティーの声はこの状況でも、抑えられていた。

 「北だ!」コナーズが叫ぶ。

 「狙撃・・・!?」デイジーは戸惑いながらも、冷静さを保とうとしている。

 「アーティー!スジャウが墜とされた!スジャウが、俺の親友が!」

 「コナーズ、分かってる。まずは状況の確認だ」

 「状況も何も・・・!スジャウが墜とされたんだ!敵を取る!」

 コナーズは感情を抑えきれず、今にも飛び出す気でいる。だが、アーティーすぐに決断出来なかった。戦闘可能なのはコナーズ機だけで、アーティー機とデイジー機は残弾がほとんどない。

 「まさか、戦う気・・・?敵の正体がわからないのに?」

 デイジーは撤退を支持している。  

 「敵は分かってる。黒いルナティックだ・・・」

 「何を根拠に・・・。もし、そうだとしたら、この戦力で戦える?」

 煮えきらないアーティーに、コナーズは焦れた。

 「スジャウを目の前で殺られたんだ・・・!逃げられるか!」

 「コナーズ!熱くならないで!」

 「俺の機体は遠距離戦に対応出来る!アーティー、

戦える!戦おう!」

 アーティーは決断した。

 「デイジー、君は下がれ。命令だ。全速力でこのエリアから出ろ」

 アーティーの口調は、今までに聞いたことのない優しさだった。     

 「そんな・・・」


 アーティーとコナーズが飛びだし、一瞬遅れてデイジーも続いた。アーティーはそれを確認した。

 「デイジー、いいんだな」

 「ほっとけない!」

 「分かった。コナーズ、黒いルナティックを墜とすのはお前の役目だ。俺とデイジーは囮にしかなれない。敵を牽制して出来る限りデータを集める。後は三機のレーターとセンサーで敵の位置を探り出す。チャンスは限りなく少ない。行けるな」

 「ゾクゾクする・・・!」

 コナーズは狂気じみた笑みを見せた。

 

 三機は敵の潜む宙域に向け、スラスター全開で加速した。出来るだけ高度を上げないよう月面の起伏に沿って飛ぶ。三機ともレーダーとセンサーで索敵するが、何の反応もない。

 黒いルナティックを攻撃するには可能な限り接近して、熱や微弱な電磁波を捉える必要がある。この距離で得られる情報では、位置を特定できない。

 「やはり、黒いルナティック・・・。お目にかかれて光栄だ」アーティーは独り言のように呟いた。

 「アーティー、情報と武器が違う。もし別の、未知の機体だったらどうするの?」

 デイジーは再度、撤退を推奨した。デイジーはアーティーが苦笑いするような息遣いを感じた。

 「だとしても止まれない。俺たちはもう奴の狩場の中だ・・・」


 アーティーとデイジーから距離を開けて飛ぶコナーズは、ルナティックのセンサーが、真上に何かがいると訴えかけてくるのに気付いた。コナーズは頭上を見上げた。宇宙空間に、星とは違う光が瞬いた。

 「アーティー、上だ!上に来てる!」

 コナーズがその方句を見上げたその瞬間、激しい閃光に視界を奪われた。


 真上から降ってきた荷電粒子ビームの膨大なエネルギーは、月面に着弾し壮絶な砂嵐を巻き起こした。

 アーティー機は、砕かれ飛び散った岩石に何度も衝突されてバランスを崩し、丘陵の斜面に叩きつけられた。それでも、各機に指示を出す。

 「・・・各機、状況を!」

 「デイジー機、顕在!」

 コナーズからの応答はない。

 「・・・コナーズ、どうした!被弾したのか!?応答しろ!コナーズ!」

 応答はなかった。

 デイジーは次の攻撃を警戒しながらアーティーの機体を探し、倒れているアーティーの機体が起き上がろうとしているのを確認した。その動作は緊迫した場面にそぐわず、悠然として見えた。

 「アーティー、動いて!また撃たれる!」

 起き上がったアーティー機は上空を見上げている。

 「デイジー、すまない。隊員を誰ひとり護れない無能な俺を許してくれ」

 「アーティー、ここは引こう!火力が違いすぎる!分が悪い!」

 「時間を稼ぐ。君だけでも生き延びてくれ」

 アーティーはライフルを、攻撃のあった方向に向けた。しかし、暗闇に紛れる敵ルナティックは居場所を教えてはくれない。

 「もっと近くに来いってことか。いいだろう、行ってやる!」

 アーティーは怒りに任せ機体を急上昇させた。僅かに残された冷静さが、ライフルの残弾を確認させる。

 「三発・・・、そんなに必要ない」

 再び月の夜の闇に閃光が走り、アーティーは次の瞬間に自分が消えてしまうのを覚悟した。

 「何も出来なかった・・・」

 「アーティー!あなたを無駄死にさせない!」

 ブースターに点火したデイジー機がアーティー機に体当りし、ビームの射線から弾き出した。デイジーの機体の両足がビームを浴び、溶けて消えた。   

 二機はそのままの勢いで谷底へ降下していき、奇跡的に目の前に現れたセラーの入り口に逃げ込む事が出来た。勢いが収まらないまま飛び込み、開ききらない隔壁をくぐり抜け、機体を壁に激突させた。なおも機体を壁に擦りつけながら、二枚目の隔壁の前でなんとかと止まった。

 隔壁が閉じる瞬間まで二人は、生物の本能に従い息を潜めた。



 

 ウォーロックを改良した機体『ゲング』のコクピットの中で、パイロットのトーマス・カラードは、逃げ延びた二機の軍用ルナティックが、隔壁の向こうに隠れるのを見ていた。荷電粒子ビームランチャー『シラヌイ』は撃てる状態だったが、撃つことはなかった。

 「この程度でいい。テスト終了。データは十分だ。これより帰投する・・・」

 



 アーティーとデイジーは暫しの間息を潜め、追撃がないのを祈っていた。互いのコクピットには、互いの息遣いが微かに響いている。

 追撃が無いのを確信したデイジーはアーティーの顔が見たくなり、モニターにアーティーの様子を映し出そうとしたが、やめた。スピーカーからアーティーの嗚咽が聞こえてきたからだった。アーティーは泣いていた。

 「二人も・・・、失った。仲間を二人も!俺は救いようのない無能な隊長だ!」

 デイジーは「そんなこと無いよ、アーティー」と言いたかったが、言えなかった。

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