第19話 直後と、その後

 謎の狙撃者の援護でなんとか逃げ延びたウォーロックは、母艦と合流し艦内へ収容された。程なく、艦は隠された港に帰港した。


 ハンガーにぶら下げられた無残な姿は、艦内モニターを通して艦長のルーザー・ラグラスの目に届いた。他のクルーたちはすでに下船を済ませていて、ブリッジにはルーザーしかいない。

 キャプテンシートに取り付けられた専用モニターに映るエイミーは、メガネに光を反射させながらルーザーが鼻で笑ったのを見逃さなかった。

 「何がおかしいの?」

 「無様だな。そんなに手強い相手じゃないだろうに」

 「慣れないことをさせるからでしょう。もっと時間を掛けて準備するべきだった。違う?」  

 「準備したところで程度の差はあれ、結果がが違ったとは思えない」

 「あなたがどう思うかなんて関係ない。もう証明しようのない事だけど、準備が万全なら勝てていたわ」

 「なんとでも言える。そもそもスタンドプレーをしたのはジョー・カーティス自身なのだろう。彼に非がないとは言わせない」

 「ジョーだけのせいじゃないでしょう」

 「私のせいだとでも?」

 「責任はある・・・。ところで」

 ルーザーの反論を遮って、エイミーは話を続けた。

 「あれは何?」

 「あれ、とは?」

 「とぼけるのはやめて。そこから見ていたでしょう?何の目的で私たちを助けたの知らないけど、あれはただの機体じゃないわ。知ってることを話して」

 「私が君より多くを知っている訳ではない事を、君はよく知っているはずだが?」

 「なら、あなたの見解を聞かせて」

 「見解か・・・、いいだろう。今回は敵ではなかったが、次は分からない。どうだ、これで満足か?」

 「貴重なご意見、どうもありがとう!」

 エイミーは明らかな不満の表情を見せた。

 「どちらにせよ、この結果をどう評価するかはスポンサー次第だ。今後、このチームがどうなるか私には分からない。今すぐに、あの謎の機体を排除しろと指示があるかも知れない。あの機体と敵になるか味方になるかを決めるのは、あの機体のパイロットではなくスポンサーだ。ウォーロックは速やかに修復する。次にどんな指示が来ても完璧に対応できるように待機しろ。ジョー・カーティスにもそう伝えておけ」

 「たまにはあなたが伝えたら。彼はあなたと話したそうよ」

 「私は彼とは接しない。そういう決まりだ。引き続き彼のおもりを頼む。頼りにしてるぞ、スポークスマン」

 「ええ、まかせて!」

 怒りの眼差しを最後に、エイミーはモニターから消えた。それを待っていたかのように艦のメインコンピューターが起動し、セルフメンテナンスをスタートさせた。ブリッジの全モニターにプログラムコードが流れ、キャプテンシートに留まるルーザーのメガネに映り込む。 

 「ニセモノの偽物、のお出ましか。一体どういう筋書きだ・・・」

 ルーザーは暫し、考え続けた。




 レイスの機体はG4格納庫に運ばれ、ハンガーに固定された。見事な壊れっぷりを目の当たりにしたメカニックのイシムラは、呆れたような表情で「で、結局逃したのか?」と言って笑った。レイスがここまで機体を壊されたのは初めてのことだった。

 イシムラは「新品に乗り換えたほうが安く済む」と乗り換えを勧めてきたが、レイスはそれを断り、修復を希望した。イシムラは「そう言うと思ったよ」と言いながら、メンテナンスカートのタブレット端末で、修復用のパーツの発注を始めた。

 「すぐには直らないぞ。元通りにしたかったら微調整に手間がかかる。バックアップを復元しただけでは納得しないだろう。後になって、標準が1ミリずれてるなんて言われちゃたまらない。三日掛かる。それまでその辺で暇をつぶしてな」

 レイスは、傷付き、力なくうなだれた自分の機体を見上げてから、G4格納庫を後にした。  


 ギルド本部の真正面に、ギルドのパイロットたちが溜まるバーがある。ネム・レイスは、機体の修理が完了する直前、パピーに会うためここを訪れた。

 パピー・ドッグはカウンターの一番奥でお茶をすすっていた。アルコールが苦手なパピーは、いつもグラスでアイスティーを飲む。レイスは隣の席に着いた。

 「アンタの機体はもう片付けられてたよ。替わりに真新しい機体が突っ立ってた。なんだか寂しい」

 「そう言ってくれると嬉しいよ。だがな、そんなのすぐに忘れちまう。慣れちまうのさ。俺も居なくなったやつのことなんて、全員覚えてるわけじゃないしな」

 パピーはアイスティーを飲み干し、話を続けた。 

 「ギルドの退会手続きはあっさりしたもんだ。一分も掛からなかった。拍子抜けだ。で、今はこうなってる」

 そう言いながパピーは名刺を差し出した。それには、『民間諜報部隊ドッグ・ハウス代表パピー・ドッグ』と書かれていて、表面にはプロフィール、ウラ面には幾つかコンタクトを取る方法が書かれていた。

 名刺を受け取ったレイスは、裏と表を交互に見返した。表面をよく見ると『元ギルドのエースパイロット』と目立つように赤字で書かれていた。

 「この一週間、俺のことを付け回していたのは、あんたの手下だったんだな?」

 「やはりバレてたか。だが、そのお陰でお前さんのピンチに颯爽と駆けつけることが出来たんだ。どうだ?我が『ドッグ・ハウス』の実力はなかなかだろう?」

 「何をするつもりなんだ?民間諜報部隊って?」

 「ま、簡単に言うと何でも屋さ。どんな仕事も断るつもりはない。とりあえず、何だって相談に乗る」

 パピーはニヤリと笑った。

 「レイス、お前は親友だ。これからもそうだろ?だから、お前からの仕事の依頼は生涯三割引きで引き受る。どうだ、なにか仕事はあるか?」

 レイスは少し考えた。

 「早速だけど、頼みたいことがある」

 「いいぜ、何なりと言ってみな」

 「気なることがあるんだ。それは俺の依頼主の探し物に関わる事なんだが・・・。今から、スタークのところに行ってくる。スタークにデータ解析を頼んであって、話はその結果次第なんだが、待てるかな?」

 「いや、すまんが待てん。仕事があるんだ。今から顧客と会わなきゃならん。そうだ・・・」

 パピーはレイスの手に、手のひらに納まるサイズの小型のタブレット端末を忍ばせた。  

 「これも特別だ。これがあれば、いつでも俺と直接通信できる。ルナティックのコクピットの中でも使える。小さいからな。無くすなよ。じゃあな」

 パピーは席を立った。立ち去ろうとしたが、レイスの後ろで歩みを止め、レイスの肩に手を置いた。 

 「なあ、相棒。その・・・、程々にしとけよ。言ってること分かるよな?」 

 レイスは少し、暗い表情を見せた。

 「パピー、ありがとう。俺の心配はしなくていい」 

 「そうか・・・」

 パピーはレイスの肩を軽く叩き、鼻歌を歌いなが店を出ていった。





 月第四の都市mmsの中心に聳える塔の展望台の屋根の上に、漆黒の装甲を持つルナティックが佇む。

 跪き、虚ろな表情を浮かべるその機体はウォーロックによく似ている。


 トーマス・カラードは白いパイロットスーツに見を包み、瞬かない星の散らばる真っ暗な空を見上げていた。

 トーマスは視線を落とし歩き始め、跪くルナティックの傍にやって来た。

 「戦いたいか?」

 すると、ルナティックの頭部ユニットが跳ね上がり、コクピットハッチが露出した。「早く乗れ」と催促しているようだ。

 「いいだろう。ゲング、行くぞ。次は軍が相手だ。すばしっこいだけのギルドとは一味違う」

 『ゲング』と呼ばれたルナティックに、トーマスは乗り込んだ。起動したゲングは立ち上がると、全身に分散配置されたスラスターを噴射させ、虚空へと舞い上がった。虚空の中でゲングは、一瞬にして、その姿を月の夜の闇に同化させた。

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