第18話 完全なる排除

 パピー・ドッグの操るルナティックが宇宙を舞う。スラスター全開で制限高度まで上昇し、スピードを落としながら機体を反転させ、ゆったりと旋回しながら降りていく。スクリーンに映る青い地球が、現れては消えた。

 間もなく、ギルドを去る。これから最後の仕事に向かう。ルナティックを操る楽しさを教えてくれたこの機体とはお別れだ。

 真っ暗な空は澄み渡っている。以前、レイスが「黒いルナティックは気配を消せない」と言っていたが、今はそれが分かる気がする。




 ウォーロックのコクピットの中で、ジョー・カーティスはゆっくりと目を開いた。

 スクリーンには聳え立つ廃墟のビル群が映し出され、頭上に黒い空は見えない。ここが月を見下ろす宇宙空間ではなく、いつもと違う、閉ざされた地下空間であることを思い出させた。

 操縦桿を軽く動かし、視線を遠くに投げかけると、改良され折り畳まれた状態でも射撃が可能になった『ライトニングスタッフ』が、瞬時に銃口を向けた。反応は良好だ。

 満足したジョーは視線を左下に移した。そこには専用モニターの中のエイミーがいた。

 「いい夢見れたかしら?」

 エイミーの茶化すように言い方に、ジョーは拗ねたように目を逸らした。

 「寝るもんか・・・、イメージしてたんだ。レイスがどう動くのか」

 「それはいいことね。シミュレーター通りにはいかないでしょうから。どんな展開になっても対応できるようにして。もっとも、先制攻撃で仕留めてしまえばその必要はないのだけれど」

 「ブリーフィングどおりにやるよ・・・。それより、レイスは本当に来るのかな?」

 「来るわ。必ず。こういうの大好きみたいだから」

 不意にメインモニターのスイッチが入り、透明だったパネルに光が灯る。

 ウォーロックのセンサーが接近するルナティックを察知し、詳細なデータを次々表示し始める。ふかふかだったシートが硬化し、さっきまで自由に動かせていた下半身が適度に固定された。

 ジョーが敵ルナティックが現れた方向を見上げると、ウォーロックもその方向を見上げた。

 

 

 『招待状』に誘われ廃坑を抜けると、突如、広大な空間が現れた。月の地下にこういう廃墟は幾つもあるが、ここは始めて来るところだ。

 古いマップデータを検索してみると、とある民間企業の研究機関と関連施設の建設が予定されていたらしい。完成に至らず放棄されたようだ。メルティー・ダウと交戦したエリアほどの広さはなく、壁も天井も立ち並ぶ建造物も、掘り出されたままの状況で補強されていない。簡単に崩れてしまいそうな脆い岩肌を晒している。

 電力が過剰に供給されている月世界では、こんな辺境にも照明設備が整っていて、誰も訪れることがなくなっても、設備が生きている間は闇を照らし続ける。


 ネム・レイスは足元に広がる廃墟を見下ろしていた。  

もし『招待状』の送り主の目的が名前を挙げたいギルドの若手ならばギャラリーの集まる場所を選ぶが、誰も居ないこんな辺境を選ぶということは、送り主の目的が手段を選ばない確実な抹殺なのは間違いない。

 それでも装備はいつもどおりだ。右腕には信頼性が高く扱いやすいノーマルのミドルレンジライフル。左腕にはお気に入りの、装弾数三発の軽量なハンドグレネードを装備する。

 「敵は一機だけ・・・。そんな気がする」

 レイスは周囲を軽く見渡したあと、ルナティックを軽くジャンプさせ飛び降りた。着地してすぐにもう一度ジャンプし、近くのビルの陰に隠れた。


 ウォーロックのスクリーンには、レイスの機体が障害物を透過して映し出されている。障害物の向こうを動く青いシルエットにライトニングスタッフはすでにロックしていて、いつでも撃てる状態だ。トリガーを引けば次の瞬間、障害物を突き抜け、標的を完全に破壊することが出来る。

 「さあ、来たわよ。最初の一撃で仕留めて。あなたの仕事はフェアプレーをすることでも、対戦を楽しむことでも、自分の力を誇示することでもない。標的を確実に破壊すること。つまらないこだわりは捨てて」

 「分かってる。でも、これじゃ簡単過ぎる・・・」

 ジョーの口元に不敵な笑みが浮かぶ。


 レールガンの発射音が響き渡る。ギルドや軍のものとは違う聞き慣れない音だ。

 ビルの向こうから放たれた弾丸は何枚もの壁を突き抜け、レイスの左を擦り抜けた。後方の壁が破壊され砕け散る。反応が遅れ回避できなかったが、攻撃は外れた。運が良かったからなのかどうかは、レイスには分からない。

 敵の攻撃はビル一棟を貫いても勢いが衰えることがないほどに強力だった。レイスは左に走ってからスラスターを噴射し飛んだ。その動きを読んだように二射目が放たれ、ビルにもう一つの孔が開いた。強度を失ったビルが静かに崩壊を始める。

 コンピューターがデータ解析を始め、敵が『黒いルナティック』の可能性があることを示したが、レイスは驚かなかった。「それで間違いない。断定してサポートしてくれ」そう音声で指示すると、物言わぬルナティックのコンピューターは、対『黒いルナティック』に機体制御を特化させた。

 各センサーは黒いルナティック以外の痕跡は無視し、スナイパーライフルの超高速弾に対応できるように、操縦桿の操作に対する反応がかなりピーキーになる。

 スラスターの出力を上げ加速し、ビルを回り込んで、コンピュータの予想と直感を頼りにライフルを三連射した。そこに黒いルナティックがいると感じた。

 

 レイスのルナティックから撃ち出された正確な攻撃がウォーロックに向かってくる。ジョーは、機体ではなく、コクピットの中のジョー自身が狙われたような気がした。

 「なんで、バレてる・・・!?」

 咄嗟にジャンプし回避したが、三連射のうちの一発が装甲にヒットした。装甲が傷付き、一瞬カモフラージュが停止したがすぐに再起動した。

 「掠っただけで光学迷彩がダウンした!?エイミー機体のチェックを頼む!」

 「初撃で仕留めていればこうはならなかったのよ」

 ウォーロックは上昇し、レイスの正面に出ないようにビルの陰に隠れた。距離を取り、追ってくる青いシルエットに向け三射目を放つ。

 

 レイスは障害物を突き抜けてくる攻撃を躱し、破壊された障害物の破片を機体に受けながら、ビルとビルの合間に見え隠れする黒いルナティックを狙う。しかし、ビルの壁を砕くだけで目標にはあと一歩、届かない。

 「相変わらず動きは単純だが、あの攻撃は厄介だ」

 真空中なら当たらなければ何も起こらない弾丸も、空気中では衝撃波を纏う。回避するために大きく動く必要があり距離を詰められない。確実に破壊するためには、標的を有効射程内に収めなければならない。

 レイスは追いかけっこをしているうちに完成した詳細なエリアマップを見た。

 「パターンが変わらないうちに仕掛けないとな」


 思い通りの展開にならないことにジョーは苛立ち始めた。レイスは予想以上に速く動き、射撃も正確だった。

 ウォーロックの姿は正確には見えていないはずで、コンピューターの予測と、レイス自身の勘を頼りに居場所を探らなくてはならないはずだが、何故かレイスのの攻撃は、はっきりとウォーロックが見えているような正確さだった。空気の動きが、予想以上に多くの情報を与えているようだ。

 ジョーは追い詰められつつあった。焦り、操縦に精彩を欠きビルに激突しそうになりながら、レイスとの距離を保つのに精一杯になっていた。 

 「ジョー、しっかりして!単純な動きだと先を読まれる!」

 「そんなの分かってる!機体の調子が悪いんだ!僕のせいじゃない!」

 エイミーの予言は的中する。グレネードが障害物の隙間を抜けて目前のビルの壁に着弾し、爆炎が行く手を塞いだ。咄嗟に機体を急降下させ、爆発を避けることが出来た。だが、レイスを見失った。

 致命的なミスだった。次の瞬間にコクピットブロックを撃ち抜かれてもおかしくない。

 ジョーはコクピットの中から見える限りを見渡した。運よく、サブモニターに映る下を動く影に気付くことができた。つまりレイスは上に居る。

 「上・・・!」

 ジョーのほうが僅かに速く、ライトニングスタッフのトリガーを引いた。だが、ロックが甘く、射撃精度を欠いた。レイスの機体を撃ち抜けなかった弾丸は天井に着弾した。破壊された天井は崩れ瓦礫となって、レイスの頭上に降り注ぐ。


 レイスのライフルはウォーロックのコクピットに狙いを定めていたが、巨大な岩がレイスとウォーロックの間に落ちてきて、レイスの視界を奪った。ミドルレンジライフルの攻撃力では、岩石を貫き、その向こうの黒いルナティックをも撃ち抜く威力はない。


 突然、幸運が舞い降りた。ジョーは勝利を確信した。

 「エイミー!見ろ、僕の勝ちだ!」

 迷うこと無くトリガーを引くと、ライトニングスタッフから撃ち出された弾丸が、レイスの視界を奪った岩石を撃ち抜き粉々に砕いた。ジョーには、岩石もろともレイスの機体が粉々になるのが鮮やかにイメージできた。

 

 ライトニングスタッフの弾丸は岩石を貫き、レイスの機体の右腕をも貫いた。ライフルが吹き飛ばされ落ちていく。それでもレイスは怯まず、視界が晴れるより先にグレネードで反撃した。

 「まだそこにいると信じる!」

 グレネードは砕け散った岩石と砂埃を突き抜けていった。


 ジョーの見開いた目には、砂煙の中から現れたグレネード弾の先端のディティールが、はっきりと見えた。回避するには遅かった。衝撃に備え身構えたが、天井の崩落は予想以上に広範囲に及んでいて、ジョーの目の前にも岩石が落ちてきた。グレネードは岩石に着弾し爆発した。

 直撃は避けられたが、ウォーロックは爆炎に巻き込まれた。コクピットの中の、引きつったジョーの顔が紅く照らしだされる。

 「なぜ止まったの?」

 「手応えを感じたんだ!勝ったと思ったんだ!」

 視界が戻った時、レイスはそこに居なかった。ウォーロックはいつのまにか、岩石や石ころが散乱する地面に降りていた。

 「レイスは逃走したようね。ジョー、すぐに追いかけて破壊しなさい。ネム・レイスは一時的に退場させるだけじゃ駄目。完全な排除。それが私たちのスポンサーの要求です」 

 ジョーは呼吸を整え自分を落ち着かせた。その眼差しに再び闘志が蘇る。

 「あいつ、すばしっこいだけじゃない。ツキもある」

 「ツキがあるのは、あなたもよ、ジョー」

 ウォーロックは再び舞い上がった。

 


 廃坑を飛び抜け、タチバナロードに出たレイスは迷わずグレイロビー方面を目指した。

 後方を映すサブモニターにサーモフィルターを掛けると、空気との摩擦で発熱したウォーロックの機体が浮かび上がった。

 エンジンの出力を上げたが、リミッターが働き加速しない。タチバナロードは高さが二十メートル、幅が三十メートルを超える巨大なトンネルだが、ルナティックが全開飛行するにはさすがに狭い。天井も壁も頑丈で、高速飛行でどこかに激突すれば、ルナティックの機体は耐えられない。無謀なルナティックパイロットの事故に民間人を巻き込むわけにはいかないため、タチバナロードでは自動的に、ロケットモーターの出力を抑えるリミッターが働く。

 もたつく間に、黒いルナティックが迫ってきた。

 「リミッターを解除しろ!」

 レイスは舌打ちしながらコンピューターに指示を出した。コンピューターは「本当に?」と確認するメッセージをメインモニターに表示した。それに対しレイスが「本当に!」と即座に返すと、コンピューターは無言でそれに従いリミッターが解除された。コクピット内の照明が赤みがかり、操縦桿を操作する感触が軽くなる。そして、スクリーンに映る外の世界のすべてが急速に後ろへ流れ始めた。

 「いいぞ。ジャンクションまで行ければ何とかなる。付いてこい、魔法使い!そのライフルを奪い取ってやる!」


 ウォーロックのスクリーンに映るレイスの機体は、もうとっくに射程に入っている。だが、ライトニングスタッフはロックできない。

 激しい空気抵抗を受け、ライトニングスタッフの銃身が暴れ安定しない。シュミレータの想定を超えていた。

 「標準が定まらない!マニュアルモードで撃つ!エイミー、準備してくれ!」

 「了解、腕の見せ所ね」

 ジョーは自分でタイミングを測りトリガーを引いた。


 サブモニターに映るライトニングスタッフの銃口が閃いた。反動が、黒いルナティックを僅かに押し返す。弾丸はレイスのすぐ傍を通り抜け、衝撃波で機体を煽った。機体はバランスを崩したが、なんとか立て直した。外れた弾丸はタチバナロードの頑丈な天井と壁に跳ね返りながら、奥の方へ消えた。

 「タイミングを読みやすい。それほど怖くないが、とりあえず、もう少し離れてくれ!」

 最後のグレネードを、壁に叩きつけるようにして放った。着弾し壁面が激しく燃え上がる。しかし、黒いルナティックはそれを避けようとはしなかった。爆炎の中に一度消えたウォーロックは、すぐに姿を現した。

 レイスが空になったランチャーを投げつけると、それは律儀に躱した。タチバナロードは左にカーブし始めた。 

 



 タチバナロードの両側の壁には、セラーに繋がる通路が合計で百以上ある。月面が近ければ、空気の流出を防ぐために複数枚の隔壁があり、月面が遠ければ隔壁はない。

 43番ゲートの隔壁が開いて、さっきまで宇宙空間を気ままに飛び回っていたパピーの機体がタチバナロードに侵入してきた。いつもと装備が違う。高威力のマシンガンを両手に装備し、マイクロミサイルコンテナを両肩に担いでいる。

 「間に合ったようだな。親友のピンチに颯爽と駆けつけてやったぜ。恩返しは忘れないうちにしないとな!」

 タチバナロードの中央まで歩み出ると、インテンション方面に向き直った。二機のロケットエンジンの轟音が近付いてくる。




 レイスは黒いルナティックを背後に従えタチバナロードを高速で進む。

 左に曲がりながら続いた緩い下りが終わり、直線区間に差し掛かった。その直線の途中に、仁王立ちするルナティックがいた。その機体が誰のものか、レイスはすぐに気付いた。

 「パピー?ここで何をしている!?」

 「信じられないかもしれないが・・・、こういう事してみたかったんだ!」

 パピーはレイスの機体が頭上を飛び去った瞬間に、両手のマシンガンを黒いルナティックに向け撃ちまくり、同時に両肩のマイクロミサイルを全弾発射した。

 天井にぶつかり次々に炸裂したミサイルは、タチバナロードを爆炎で満たし、爆風は両方向へ遡っていく。

 「お前みたいにカッコよくいかないけどな・・・!」

 パピー自身の機体も爆発に巻き込まれた。

  


 ウォーロックに逃げ場はなかった。

 「どうすれば!」

 「突っ切って!」

 エイミーは叫び、ジョーはそれに従って爆発のなかに飛び込んだ。機体は激しく煽られ、天井にぶつかりながらも突き進み爆発を抜けた。

 傷だらけになった漆黒の機体が、タチバナロードの眩しい照明のもとに姿を表す。

 ウォーロックのコクピット内に警報が鳴り響き、スクリーンのあちこちに機体が受けたストレスと損傷の程度が表示される。緊急度の高いものが優先的にメインモニターに表示され、ジョーはバランスを失い不安定な機体を操りながら状況を確認する。

 「カモフラージュが停止した!エンジンの推力が落ちてる!機体の総合的な性能が三十パーセントダウン!冷却系が・・・!エイミー!」

 「ジョー、機体のことは私に任せて。それよりも、落ち着いて回りをよく見なさい」

 エイミーのやけに冷静な口調は、それ以上の危機を容易に連想させた。

 「えっ・・・?」

 視線を正面に戻すと、彼方へと続くタチバナロードにレイスの姿がない。消えていた。 

 「逃げられた・・・!?いや、後ろか・・・!」

 後方を映すサブモニターに、すぐ傍に迫るレイスのルナティックがいた。しかも、左腕にはマシンガンが装備されている。パピーの機体から拝借したものだ。マシンガンからばら撒かれた弾丸が、ウォーロックの装甲を更に傷つける。

 「お前は、なんでそんなところに居るんだ!」

 ウォーロックは背面飛行に移り、ライトニングスタッフを構えレイスに銃口を向ける。

 「粉々にしてやる・・・!」

 トリガーを引くと同時に、レイスの機体が鋭く横に動いた。弾丸はあっさりと躱された。

 「なんで・・・!?」

 「ジョー、タイミングを読まれてる。あなたの癖を見抜かれているのね。次もきっと当たらない・・・」

 「じゃあ、どうするんだ!僕にはレイスに勝てないっていうのか!」

 「今はね」

 「そんな・・・」

 徐々に、レイスが距離を詰めてくる。

 「ここは撤退します。ジョー、聞いて。この先の21番ゲートが今から開くから、そこに出来るだけ速度を落とさずに飛び込んで。出来るわね?」 

 「逃げるのか!?」

 「出直します。ウォーロックとあなたを失うわけにはいきません」

 「分かった・・・。そうする」

 左側に、21番ゲートの隔壁が見えてきた。前に立たないと開かないはずの隔壁が、すでに開いている。

 ジョーは壁に機体をぶつけるつもりで飛び込んだ。機体のどこかが壁に接触し、微かな衝撃がコクピットに伝わる。それに構わずサブモニターに目を映すと、隔壁が閉じる寸前、レイスも隔壁をくぐり抜け飛び込んできた。

 「追ってきてる!しつこいぞ、レイス!」

 ジョーはパニック寸前だった。

 「こうなったら外で決着を付けましょう。私も力を貸します。それでいいわね、ジョー?」

 「エイミー。こんなはずじゃなかったんだ・・・」


 レイスの追跡を受けながら何回か隔壁を抜けると、機体が軽くなる感覚があった。ここにはもう空気はない。次の隔壁を抜けると外だ。

 ウォーロックは最後の隔壁を抜け外に出ると急上昇した。十分に高度を上げてから振り向き、追ってくるレイスに向けライトニングスタッフを構えた。出てくる瞬間を狙おうとしたが、エイミーがそれを制止した。

 「無駄弾を撃たないで。これから撃ち合うのよ」

 残弾は二発しかなかった。

 「二発しかない・・・。でも、やってみせる!」

 

 レイスは出口を飛び出し急上昇し、ウォーロックとの間合いを一気に詰める。

 一方、ウォーロックは急降下し、上昇して来るレイスと入れ替わるようにして擦れ違う。擦れ違いざまにレイスのマシンガンがウォーロックの右足を破壊した。宙に舞った右足は、内蔵された爆薬により爆発し消えた。

 

 月面スレスレまで降下したウォーロックは、その勢いのまま後ろに月面スレスレを飛ぶ。レイスが同じ高度まで降りてきたところで振り向き、ライトニングスタッフを構えた。

 スラスターの推力が落ちている機体は重く、思うように動いてくれない。ジョーは攻撃のタイミングに集中し、機体の操縦を完全にエイミーに委ねた。

 「不思議なほど落ち着いてる。必ず決めてみせる」

 「ええ、一緒に基地に帰りましょう・・・」


 トリガーを引く瞬間までは、コクピットの中のレイスを撃ち抜くイメージがはっきりと見えていた。しかし、トリガーを引いた瞬間に、レイスはイメージの中心からブレた。手応えはあったが、レイスの機体はまだそこにいた。

 最後の弾が再装填されるまでの、一秒も掛からない間に、レイスのマシンガンがウォーロックを破壊するだろう。勝敗が決したのを、ジョーは悟った。

 「終わり・・・?」

 助けを求める眼差しを、エイミーは静かな微笑みで受け止めた。 


 今までにない鋭利な一撃が、左足を破壊して飛び去っていった。もう、次の攻撃に備える必要は無い。あとは、左腕のマシンガンの残弾を撃ち切れば、ウォーロックの破壊を完了できる。しかし、弾丸を撃ち切ろうとしたその時、閃光が走った。

 その閃光は、最初の交戦の時の、割り込んできた軍の試作ライフルのものと同じだ。荷電粒子ビームの光に間違いない。

 だが、あの時と違うのは、荷電粒子ビームはレイスを狙っていた。荷電粒子を浴びたマシンガンと左腕のマニュピレーターが、溶けて消えた。

 

 閃光が走り抜け消えていくのを、ジョーは呆然と見送った。閃光が消えた時には、レイスはずいぶん離れたところにいた。

 「今の光は・・・、また軍か?」

 すぐに二射目があった。間違いなくレイスを狙っていた。ルナティックの限界を超えた機動で、レイスは必死に逃げている。レイスはさらに遠ざかった。

 「エイミー・・・、これは軍かな?」

 「いいえ、違うわね。軍じゃないわ」

 「じゃあ、ギルド?」

 「それも違う。多分、味方ね・・・」

 「味方って・・・、味方?味方がいるなんて、僕は聞いてないぞ!」

 「私だってすべてを知っているわけじゃないのよ。どちらにせよ助かったのだから、今は逃げることに専念しましょう」

 ジョーの目に悔し涙が溢れる。

 「レイスに勝てなかったばかりか、知らない味方に助けられるなんて。僕は、僕は一体何なんだ・・・!」

  


 二発ともレイスを狙っていた。無茶苦茶に逃げ回るしか出来ず、上も下もわからなくなった。

 月面に激突して潰れるか、荷電粒子に焼かれるか、どちらかを選べと、弄ばれているようだった。

 「どちらも嫌だと言ったら、許してくれるか?」

 レイスは必死になって逃げ回るしかない自分に、苦笑いした。

 残弾の少ないマシンガンと左手首、さらに右腕と左足を失った戦闘不能のルナティックで、未確認機とやり合う無謀さをレイスは持ち合わせていない。

 なんとか、急降下し渓谷に飛び込んだ。三射目が角度を変えた高いところからあり、渓谷の側壁を破壊しレイスの頭上に岩石の雨を降らせる。

 運良くセラーの入り口を見付け逃げ込んだ。ここが安全とはいえないが、ここに身を潜め、追撃はないと祈る以外出来なかった。

 「何者だ?魔法使いを助けたのか?いずれにせよ、面倒がまた増えたってことか・・・」




 自ら放った十二発のマイクロミサイルの爆風を受け、路面に激しく叩きつけられた機体の中で、パピーは目を覚ました。機体は中破していたが、生き残ったカメラがなんとか、視界を確保している。

 周りを見てみると清掃ロボットが周りに集まっていて、さっきの爆発で破壊され散乱した壁や天井の破片をせっせと片付けている。

 頑丈なタチバナロードも、ミサイルを直接ぶつければ少しは傷つく。修理ロボットもやってきて、傷ついた箇所の修理を始めていた。

 清掃ロボットと修理ロボットは仕事ができればどこからともなくやってきて、速やかに仕事を熟す。そして、仕事が済めばそそくさと去っていき、いつか分からない次の出番に備え、眠りにつく。

 パピーは、機体を起こさず寝かせたまま、その様子をぼんやり見つめていた。

 「タチバナって人は、とんでもない物を造ったな。未来からやって来たって噂はあながち嘘とはいえないかもな」     

 清掃ロボットが、横たわるパピーの機体の周りでウロウロしている。パピー機体の下の細かいゴミを掃除したいようだ。

 「おっと、気付かなかった。すまんな。今どくから待っててくれ」

 機体の上体を起こし、バックパックのロケットを軽く噴射させて立ち上がらせた。ダメージは大きいが、立ち上がり、歩くことに問題なさそうだ。パピーは自動操縦に切り替え、グレイロビーの方向へルナティックを歩かせた。

 「レイスなやつ、ちゃんと仕留めたんだろうな。これだけやったんだ。きっと墜としたさ。どんな結末だったか楽しみにしとく」

 

 パピーは、機体の制御をリラックスモードに切り替えた。下肢をしっかりと支えていたシートが、ソファーのように柔らかくフカフカになる。あとは、グレイロビーに到着するまで、スクリーンに映画を映して鑑賞するなり、目をつむって夢を見るなり好きにすればいい。

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