閑話:彼女たちの出会い

(アベルですら感心する結界の効力、もっと警戒しておくべきだったわね……)


 シエラは言葉を飲み込んで、何処とも分からない霧の中を歩いていた。


 霧はあまりにも深く、伸ばした指先すら靄が掛かったようになってしまう。


「セリカ―? サイゾウー? アベル―?」


 彼女の呼びかけに、三人は応えない。視覚情報がほとんど何もない状況で、シエラは仲間からはぐれていた。


(はぐれたなら、仲間たちもアタシの不在に気付くはず……一旦、結界の外に出て――)


 そこまで考えて、それは不可能だと気づく。

 どちらが霧の外に向かう道か、それすらも分からないのだ。これでは進もうにも進めず、戻ろうにも戻れない。


「はぁ……困ったわね」

「はぁ……困りましたね」


『えっ!?』


 シエラがため息をつくと、真横から同じセリフが聞こえてきた。驚いてそちらを向くと、同じように驚いた様子の少女が居た。


(いつの間に……!)


 霧が深く、気配の察知も上手くいかないようで、すぐ近くに現れるまで全く気付かなかった。


「……あなた、何者よ」


 腰に差した片手剣を掴んで、警戒態勢を取る。シエラは彼女が奴隷の首輪をしていることに気付き、主人は何処に居るのかと思考した。


「うわわわっ、あ、あの! リゼと言います! ただの奴隷です!」

「あなたの主人はどこ?」

「それが……はぐれちゃいまして」


 リゼと名乗った少女はばつが悪そうに俯いて答える。立ち振る舞いや仕草から、シエラは彼女が安全であると判断した。


「ふぅ……じゃあ同じね、アタシはシエラ。一緒に出口を探しましょ」

「シエラさん……あっ! シエラ白金旅団の!?」


 リゼはシエラの名前を聞いて眼の色を変える。


「ええ、だから安心して、一緒に皆を探しましょう」

(それにしても――)


 シエラは考える。この少女、最近どこかで見たような気がする。そう、何かとても嫌な記憶と共に。


「わ、リック様がお世話になっていました! サイン貰って良いですか!?」


 パッと懐からサイン色紙とサインペンを取り出す少女と、リックの名前を聞いて、シエラの脳内で情報がつながる。


「――ってあなたリックの奴隷じゃなーい!!」


 シエラの叫びは、深い霧の中へ吸い込まれていった。



――



 リゼは突如取り乱したシエラを落ち着かせ、それぞれの経緯を語り合った。


「そう、そんなことが……」

「そうなんですよ! そのあと、貴族のご令嬢の婚約者候補になっっちゃって――」

「ちょ、ちょっとそれ詳しく聞かせて!」


 何気なく語った事に過剰反応したシエラを見て、リゼは何かを察したようにため息をつく。


「あの、もしかしてシエラさん、リック様の事が……」


 恐る恐る聞いた質問に、シエラは黙って深くうなずく。リゼはそれだけでほぼすべてを察した。


「……分かります。めちゃくちゃ鈍いですよね」

「うん、そこが好きでもあるんだけど……」


「全くもって女泣かせ……!」

「それ、本当にそれ……」


 リゼとシエラは、リックの評価について完全な同意を得て、打ち解けたように頷きあった。


「とにかく、リック様かシエラさんのお仲間と合流しましょう」

「そうしたいのは山々だけど……この霧じゃあ合流どころか撤退も難しいのよね」


「なるほど、なら私の出番ですね!」


 リゼは胸を張って自分の首輪を指差す。


 奴隷の首輪には脱走防止の呪いの他に、奴隷の場所を常に把握できるようになっているのだ。


「え、ちょ、ちょっと待って! それじゃあリックと会っちゃうじゃない!」

「? 会いたくないんですか?」


 シエラを見ると、顔を真っ赤にして俯いていた。


「会いたい……けど、アタシ……リックに会う資格が……」

「別にいいじゃないですか! それに今は緊急時です。リック様もそんなに根に持ってませんよ!」


 リゼは調子を崩さず明るく言い放つ。彼女はシエラからもリックからも、事の経緯は聞いていた。しかしそれでも、リックなら許してくれるだろうと思っていた。


「で、でも……」

「さ! 私よりずっと強いシエラさんがしり込みしてどうするんですか! 勇気を出して!」


 リゼはシエラの手を掴み、まっすぐ彼女を見つめながら説得する。そう時間がかからずにリックがこの場所にたどり着く、そうすればとりあえず事態は好転する。リゼは漠然とそう考えていた。

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