16.みこ様はもう戻らない…の?【最終話】

 みこは今、ボクの腕の中にいる。

 すでにぐったりと身体をボクに預けた状態だ。

 みこの母親もみこの発作が無くなり、みこが動かなくなった後、何を言わずに立ち上がり、狐の像の前に正座した。

 部屋が暗くて、その表情を読み取ることはできない。

 母親は、ふっと顔を上げると、重い口を開いた。


「私たちは一千年以上昔から生きておりますから、これまでも人間と愛を取り交わした稲荷大社の巫女は数多くおりました…。その際には必ず先程の問いが課せられるのです。多くの者がに入り、記憶を抹消された状態で再度巫女になることを選びます。私も姫巫女と同じ経験があります。私も記憶を消された一人です…。姫巫女の辛さは分かってはいます。私も他のものと同様に再教育が行われて、記憶がありません。ある男の子が好きになったことは記憶があるのに、どんな会話をしたか、どんな男の子だったのか、どこに住んでいたものなのか…すべての情報が消されてしまい、歯がゆい思いをしました。ですので、姫巫女の状況を知らされたとき、親が親なら、子も子だと思いましたよ…。ただ、姫巫女のあなたへの思いはかなり強かったのでしょうね…。宝玉を飲んでしまった巫女はこれまでもいませんでした…。常識的に考えて、こうなることは目に見えていましたから…。私も彼女がこの後どうなるのかは想像もつきません…」


 そういうと、みこの母親は再び、手を合わせ、静かに下を向いて静止した。

 ボクは寝息を立てるでもなく、動かなくなったみこのむくろを抱き続けている。

 悔しかった―――。

 みこは最後に、


『妾は雄一と離れとうない! 離れるくらいなら…忘れさせられるくらいなら…宝玉とともに死んだ方がマシじゃ―――!!』


 と、啖呵たんかを切って、宝玉を飲み込んだ。

 ボクの目からはらはらと涙が零れ落ちる。


「でも、本当に死んだら意味ないじゃん…」


 やるせない気持ち――。

 こんなに心奪われ、そして常に一緒にいて楽しい女の子。

 ボクにとっては、色々と振り回されたけど、でも、だんだん彼女の成長を感じ取れた2か月。

 ボクはみこを抱きかかえる。

 思えば、みこを抱きかかえたのはこれが初めてだった。

 とても軽かった。

 内臓がすっかりと無くなってしまったかのようなくらいの軽さだ。

 女の子に触れることすらできなかった2か月前。

 なのに、今はの身体を抱きかかえている。


「ど、どこへ連れていく…?」


 母親が顔を上げずに訊いてくる。

 ボクはスッと振り返ると、


「少し外に出るだけです。今日は月が綺麗だから…」


 ボクはみこをお姫様抱っこで抱いたまま、縁台に出る。

 2か月前に会った夜と同じ満月が煌々こうこうと辺りを照らしている。

 ボクは以前と全く同じ場所に腰を下ろす。

 違うのはボクの横に座っていた美少女が、今ボクの腕の中にいることだけだ…。

 ボクは満月をぼんやりと眺める。


「みこ…、今日も満月が綺麗だね……」


 当然、返事はない―――。

 でも、ボクは話し続ける。カノジョだった腕の中の女の子に――。


「君の名前にぴったりな満月だよ…。この月見堂で最後の月が一緒に見れてよかったね…」


 ボクは声を震わせながら、話を続ける。


「一緒に出会えた時に…、女の子に耐性も何もないボクに…、いきなり『限定カノジョ』に…、なってあげるって…言ったけど……」


 涙を拭い、ボクは話し続けた。


「ボクは…最初は半信半疑だったんだ…。だから…、君が何度も…自分に惚れたか聞いてきたけど、ボクは受け流しちゃったんだ……。自分にこんな彼女が出来るなんて思ってもなかったから……」


 ポタポタッと彼女の頬にボクの涙が落ちる。

 彼女は動かない――。


「でもさ…、一緒に生活してたらさ…、だんだんと、君と一緒にいることが…楽しくなってきて…。こんな生活が続けばいいのにな…っていつしか心の奥底から思うようになってきたんだ…」


 彼女の綺麗な白い肌が月明かりでさらに白さが増す。

 でも、彼女は目を覚まさない――。


「みこは…いつから…ボクに本気の恋をしていたの…?」


 彼女は答えない。答えられない――。


「みこぉぉぉぉぉ……」


 ボクだけの『限定カノジョ』だった君はいつしか、ボクの心の中で『永遠のカノジョ』になっていた。

 ボクは彼女だった身体を抱き寄せ、強く抱きしめた。

 そして、ボクはそのまま唇を重ねた。


 最後のお別れの接吻キス―――。


 愛しく――。

 切なく――。

 優しく――。

 いつもなら、接吻キスし返してくるけど、今日は一方的なキス――。


「さよなら…みこ………」

「勝手に殺さないでほしいぞ…」


 ん? 幻聴が聞こえる…。

 満月を見上げながら、


「もうすぐ、この身体も消えるのかな…」

「だから、妾は消えぬぞ…」


 さすがに二度も幻聴はおかしい…。

 ボクはみこの顔を覗き込む。

 みこはいつもの可愛らしい笑顔をしながら、ボクの腕に中にいた。


「約束したであろう…? 妾はお主と常に一緒じゃと……」


 みこはそのままボクに飛びつくように抱き着き、激しく濃厚なキスを交わした。

 奇跡の再会を祝うかのように――。



 妾はLEDランタンに電気を灯し、お社の中に入る。

 お母様が驚いて目の前で腰を抜かしておる。


「姫巫女!? なぜ!?」

「ふふふ…。愛しのダーリンのキスで生き返ってぞ!」


 ゔ……。言ってる自分が恥ずかしい…。


「な、何を言っているのか分からないけど…。あなた、宝玉を飲み込んだじゃない!」

「ええ、妾の腹の中で宝玉が内臓を溶かし始めたことも妾は記憶しておる。妾はその痛みで気を失ったのじゃ…。で、雄一のキスで目が覚めたら、この通り内臓の痛みも何もない元気な身体になっておったのじゃ…」

「で、では、宝玉は!?」

「分からぬが、妾に融合してしもうたのではなかろうか…」

「そんな非科学的な!?」

「そもそも神様という存在そのものが非科学的なものであろうに! お母様…、妾は巫女を本日付で引退・卒業するぞ」

「そもそも宝玉がなければ、強制的に引退させられるわよ…」

「ならば、ありがたい!」


 妾はそう言うと、横にいた雄一の腕に抱きつき、


「妾は雄一の『永遠カノジョ』になることにした――」


 そう宣言したのであった。



 ―――10年後。

 公園で母親のロングスカートがまくり上げられる!


「きゃっ!」


 母親は、慌ててスカートの裾を押さえつける。

 スカートをまくり上げた犯人は、ニコニコしながら逃げていく。


「こら美琴みこと! あれだけ、お母さんのスカートをめくってはダメと言ったでしょ! お仕置きを与えちゃうぞ!」

「あ~~~ん。ママ、ごめんなさ~~~い」


 幼女はお母さんの前で素直に謝る。

 でも、悪いことをしたい年頃なのだから仕方ない。

 ボクはベンチに座りながら、ふふっと微笑む。


「ママ~、パパがママのスカートの中を見て微笑んでるよ~」


 え!? 何でそうなんの!?

 ママはボクのそばに寄ってくると、


「雄一…。お主は妾のパンツをそんなに見たいのか…? いつもあんなに激しいエッチをしておるというのに…」


 と、到底、娘の美琴には聞かせられないことをさらりと言う。

 てか、エッチが激しいのはみこの方なのに…。


「あはは、ゴメンゴメン…。夜のお戯れの際に落ち着いてみることにするよ…」

「も、もう…本当にエッチなんだから…。あ、でも、当分、それもお預けになっちゃうぞ…」

「え? どうして!?」


 みこはボクの横に座り、耳元で囁いた。


「今日ね、調べたら陽性って出たの…。二人目できちゃった…」


 何だって――――――――っ!?

 ボクが吃驚して、みこの顔とお腹を交互に見つめる。

 みこは心から嬉しそうにまだ膨らんでいないお腹をゆっくりとさする。


「次は男の子がいいね」

「う、うん…」

「パパはしっかりとお仕事頑張ってね!」


 そういうと、みこはボクと唇をそっと重ねた。

 子どもの前ではフレンチ・キスというルール。


 10年前のあの時、みこが死ななかった理由…。

 それは『母親の加護』だった。

 あんなに突き放そうとしていた、みこの冷たい母親は苦しんでいるみこに自身の生命の源を注ぎ続けた。

 母も同じ経験をして辛い思いをした。

 みこは、慣習に従わず、まさかの宝玉を飲むという狂気ともいうべき行為に出た。

 そこまで愛した男のことを思っているということを母は悟り、懸命に生かす方へと心が揺り動かされたのだそうだ…。


 ボクはみこを一生離さないと誓った。

 その通りに今は、結婚して一児のパパとして生活している。

 みこはボクにとっての『限定カノジョ』ではなく、『永遠カノジョ』でもなく、『最愛のパートナー』として一緒に幸せを噛みしめる存在となってくれた。



【完】

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