15.みこ様は負ける戦いはしません!

 今日、ボクとみこは八伏山に久々に来ていた。

 前に来てから2か月ほど中間考査・期末考査や学内行事の関係で来れていなかったからだ。

 やはり、2か月来ていなかっただけのことはある。鳥居のところから草がびっしりだ。


「雄一よ…。お主が初めて来たときとよく似ておるのぉ」


 みこは腕を組みながら、ボーボーに生え揃った草を眺めていた。


「そうだね…。何だかデジャヴを感じたよ…」

「前にちひろさんが『草生える』って言っておったが、こういうことか?」

「いや、それは笑っちゃうって意味であって…ってまあこの草の量は笑えちゃうかもしれないから、使い方としては間違ってないのかな…?」

「まあ、どちらにしても草刈りをせねばならぬな…」


 ボクとみこはリュックから取り出した軍手と鎌で鳥居の入り口部分から草を刈っていく。

 以前、除草剤を撒いたけど、さすがに山の雑草には勝てなかったのか、多くの草が生い茂っていていい労働になりそうだ。



 始めてから30分ほど経つと、鳥居までの階段の草が刈り取ることが出来た。

 さすが二人でやっているからだ。


「お主、これを一人でやっておったのか!?」

「う、うん…。そうだけど…」

「凄く大変ではないか…? これだけの量を一人でやるとか…」

「でも、神社に人が来れるようになるのは、良いことだから……」

「本当にお主は優しい良いヤツよのぉ…」


 ボクとみこは少し休憩した後、鳥居をくぐり抜け、残りの草刈りを行う。

 みこもだんだんと上手くなっていき。草刈りのスピードが増していく。

 これだと短時間で終われそうだ。



 作業をやり始めてから1時間ほどで草刈りの作業を終え、ボクはお社の掃除をし始める。

 その時、みこに異変が生じ始めた。

 急に顔が真っ青になり始め、ガクガクと身体を震わせ始めた。

 唇もすぐに紫色になり始め、どんどん身体の体温が失われているような感じに見えた。


「みこ! どうしたの?」

「わ、わからぬ…。ただ、お社に入ろうとしたところで、突然、寒気を感じたのじゃ…。そして、そのままどんどん寒くなってきて震えが止まらなくなってきたのじゃ…」


 ボクが近寄って、倒れそうになるみこの身体を支えようと触れると、みこの反応とは逆に燃え盛るような熱さになっていた。

 ボクは彼女が突如風邪を引いたのか?とすら感じるような熱さだった。

 まさか、急に風邪を引くなんてことは現代医学からいうとあり得ない。

 では、どうして彼女は急に体調不良に陥ったのか…。

 お社に入ろうとしてそれが起き始めたのだから、彼女をお社から少し離れた陰らに連れていく。


「この辺ならば、まだ自分で動ける…。お社に近づくと身体が苦しくなるようじゃ…」

「じゃあ、ここで休んでいて。ボクが一人でお社の中を掃除するから…」

「すまぬ…。ただ、嫌な予感がする…。お社内に入るだけでも気を付けてほしい…」

「うん…。分かった…」


 お社がみこを受け付けないなんて、意味が分からなかった。

 みこにとっては。ここは自分の家同然の場所だ。

 出入りが出来て、当然じゃないか…。

 ボクはお社の中に入ろうと障子を開ける。

 中は2カ月前にボクが掃除をしたままだった。

 中に入ろうとする。


「寒い!?」


 入ろうとすると、冷気を感じた。

 大型の冷凍倉庫に入ったような、そんな衝撃だった。

 ボクが奥の狐の像の近くまで来る。

 ここが一番寒い…。

 息をするのも辛いほどの冷気が溢れ出てきている。


『宝玉を返しなさい』


 お社内のどこからともなく声が響く。

 その声は――――、


「みこ!? みこの声じゃないか!?」


 しかし、振り返ると、気怠けだるそうに木にもたれているみこが見える。

 と、いうことは、この声はみこじゃない…。


「誰だ!?」


『宝玉を返せ……』


 少しずつ語気が強まっていく。

 語気に含まれる怒気が強まるとともに冷気も強まっていき、口から白い息を吐くほどの寒さになってきた。


「理由を教えて欲しい…」


『理由? 簡単なことだ…。月見堂稲荷大社姫巫女は先日、解任されたのだ…』


「ど、どういうことだ…?」


 ボクが問うと、みこの声に似た者が落ち着き払った口ぶりで返答した。


『月見堂稲荷大社姫巫女は、禁忌に触れ、そなたとの恋に堕ちたではないか…。姫巫女という存在は、生きとし生けるものに対する寵愛を怠ってはならぬ。それは誰にも平等の愛を供給しなければならない…。しかし、姫巫女はそなたに対する愛情を強くするあまり、万物への寵愛を怠ったのだ…。それは姫巫女としてやってはならぬこと…。ゆえに月見堂稲荷大社姫巫女は解任…。新たな姫巫女が本日、この神社に到着する…』


「や、やはり…妾の…問題で…あったか……」


 冷気に耐えつつ、真っ青な顔色をしたみこがボクの横にいた。


「みこ!? 無理して入ってきちゃダメだ…。死んでしまう…」

「雄一…。そんな…悲しい顔をするでない……。、妾はここにおるではないか…」

「でも、宝玉を返したら…。みこは…どうなるの?」

「妾も分からぬ…。消えるかもしれぬ…。もしかすると、そのまま躯だけ残り、姫巫女としての魂は浄化されてしまうかもしれぬ…」


 少しずつみこの足が冷気で凍り付いていっている。

 ボクの足は凍っていないのに…。


「みこの足、凍ってきている…」

「どうやら、お稲荷様は妾が禁忌に触れたことを大層お怒りのようじゃな…。そうなんじゃろ? お母様!!」


『――――――――!?』


 みこが叫ぶと、冷気が弱まった。

 みこの身体が凍っているには違いないが、それ以上の進行はなくなった。


「さすがに隠せませんね…娘には…」


 狐の像の後ろから、巫女姿の身長の高い女性が現れる。

 みことよく似た表情だが、目つきがキツめだ。


「お母様が直々に登場ですか…。これは相当、お怒りのようですね…」

「姫巫女…。あなたがやったことを分かっているの?」

「……はい……」

「…そう…。では、解任という処分は妥当でしょ?」

「……はい……」

「では、少年…。宝玉を返しなさい…」


 みこは母親の圧に屈せずにはいられず、俯いてしまう。

 ボクは、宝玉を取り出す。


「みこのお母さんに質問があります」

「答えられる範囲であれば、答えましょう」

「宝玉を戻したら、みこはどうなるのでしょうか。そもそもすでに解任されているわけですから、彼女のこの後が気になります」

「姫巫女は、私たちの学校で再教育がなされます。そして、また機会があれば別の稲荷大社に配置させられることになると思います。もちろん、その際にはあなたとの記憶は消えています」


 母親は淡々と答える。

 ボクは下を俯いたままの、みこを見る。

 みこは微動だにしない。いや、何かを考えているのか?

 お社の中は薄暗く、表情が読めない。


「さあ、少年、宝玉を元の場所へ…」


 万事休す―――。

 もう、どうすることもできない。

 ボクは宝玉を指先で持ち、そのまま元あった狐の像の口に――――。


「妾は…妾は絶対に嫌じゃ!!」


 みこはそう叫ぶと、ボクに近づいてくる。

 呆気に取られているボクの手から宝玉を奪い取った。

 ジュゥッ!!!

 宝玉は自身の本体で、自分で持とうとすると、激しい火傷に襲われる。


「妾は雄一と離れとうない! 離れるくらいなら…忘れさせられるくらいなら…」


 みこは宝玉を飲み込んだ―――!!


「宝玉とともに死んだ方がマシじゃ―――!!」

「みこ!?」

「姫巫女!?」


 ボクとみこの母親は血相を変えて、叫ぶ。

 みこは刹那、激痛に襲われ、その場に倒れ込む。


「ああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ」


 みこは胃のあたりをかきむしりながら、床を転げまわる。


「姫巫女! あなた、バカじゃないの!? 持つだけで大火傷をする宝玉を飲み込んだら、何が起こるか分かるでしょ!?」


 母親が娘の下に近づき、抱き寄せる。

 みこは嗚咽ともとれる悲鳴を上げながら、口からガフガフと泡を吹きだしている。

 もはや、母親の声は聞こえていない――、とボクは感じた。

 目は焦点があっておらず、身体が痙攣し始めている。

 ボクは何もできなかった…。

 ただただ、見ているしかないのか!?

 ボクはこの時、無力であることを悟らされた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る