会談(午後)

 そしてその夜、ヒムラーはベルリン市内にあるフレンチ料理店の街頭テラスで夕食を取っていた。 白身魚のムニエルに、エスカルゴ、ドラ・グロニュー。フランス人はこんな気色悪い虫たちを食べているのかとつくづく変な関心を寄せてしまう。ただ、少しの嫌悪感を抱いていたとしても食べて仕舞えばその驚きのうまさに先ほどまで抱いていた感情など忘れ、脳は『美味い』という感情に支配される。

「カエルなんて生まれてこのかた一度たりとも食べたことはないが、意外とうまく調理すれば美味しく食べられるのだな……」

 ドラ・グロニューを食べる手を休めず黙々と食べながら、ヒムラーはそのようなことを考えていた。

 うまい夕食に舌鼓を打っていると、誰かがこちらに近付いてくる。

「ヒムラー長官、奇遇ですね。ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「ああ、別に構わんが……」

「それではお言葉に甘えて、失礼します」

 ハイドリヒは近くに来た店員にコーヒーを頼み、ヒムラーの座る席に座った。「いきなりなのですが、アリというのは愉快な生き物だと思いませんか?」

「アリ?」

 正直彼が何を言いたいのか、ヒムラーには到底理解できなかった。

「彼らの社会は人間の社会に共通する点が非常に多い。働きアリに軍隊アリそれを従える女王アリ。指揮系統がしっかりと備わっています。しかも、敵が侵入するとバリケードを設置して待ち伏せをしたりもするんですよ。愉快な生き物でしょう?」

「おぉ、そうか……」

「しかし、最も愉快であるのは、アリと人間の社会の決定的な違いにあるのですが、ヒムラー長官は何だとお考えになられますか?」

 本当に、彼が何を考えているのかが全く読めないし、感じ取ることすらできない。面倒くさいと思いながらも、「わからない」と返すのは無礼だと思った彼は「自己犠牲を気にしない攻撃か?」と答えた。

「うーむ。少し近いですね。彼らの社会の最も愉快で人間とは異なる点、それは感情が存在しないことです。正確に言えば、私情や倫理でしょうか?自らの社会の構築、拡張、意地だけを目的に生きているんですよ。なんと効率的な組織なのでしょう。ちなみに言うと、彼らは死んだ仲間を喰らうそうです。仲間の死体でさえも社会の糧にするわけですね。合理的な判断です。我々も彼らを見習って……」

 そこまで言った後、彼はヒムラーの耳元に顔を寄せて

「劣等人種やユダヤ収容所の飯を“殺処分”した奴らで補ってみようかとも考えています」

「――っ!?」

 冗談でも笑えないようなその言葉に一瞬身震いした。

「なーんて、冗談ですよ」

「冗談……だよな。ハイドリヒ長官は人間に倫理や感情はいらないと考えているのか?」

「いやぁ、そんなわけがないじゃないですか。もちろん心は大切です。北欧人種の文化や生活を育む原動力ですから。しかし、自然界で生き残るのは最も効率的な組織です。非効率な組織、国家は劣等であり敗北していきます。それが生物の進化というものですから。その組織の運営上に倫理は邪魔だと思いますね。百人の命と最愛の人の命、どちらを取るかと行ったときに最愛の人を取る人間がいるような組織は生き残ることはできないでしょう?ユダヤから我々アーリア人の平和な生活と自由な感情を守るための、致し方ない犠牲ですよ」

「なるほど……?」

「……って、このような話をしている場合ではないですね。そう言えば最近、SSの方はどうですか?」

「全くない。練度も高く、整備も行き届いている」

「それは良かった」

「また明日からでもいいですけれど、この要望書の内容に沿って師団の再編成を行っていただきたい」

「了解した」


 いつの間にか席に届けられていたコーヒーをハイドリヒは一気に飲み干し

「それではまた会う日まで」

 そう言って戦勝記念日の熱狂の余韻が残る夜の街へと歩いて行った。



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