第5話 ハプニング

メイドさんが笑ってから数日。彼女をもっと知ろうと決めまずは年齢を聞こうとしていたはずだが、未だにそのタイミングを逃し続けていた。決してビビっているとか聞く勇気がないとかではない。決して、確実に、断じて違うのだが、どうも聞けずにいる。

いやだってほら、年齢聞くって失礼に当たるかもしれないじゃん?ね?

 そもそも何で聞きにくいかと言うと、普段からあまりプライベートな会話はしないからだ。基本的に業務に必要な会話のみで、私生活に踏み込むような発言はお互いにしない。そこを改善しない限りメイドさんのことを知ることなど到底できない。どうにかしないとなあ……。

 そう自分に言い訳をしていると、我が家ではそうそう鳴らないインターホンが鳴った。何の気無しに出ようとしたが、メイドさんからの「私が出ます」という目線で御され、逆らう理由もないので大人しく座ることにする。

 今度は玄関のインターホンが鳴り、メイドさんがドアを開けると、大きな荷物を滑車に乗せた宅配のお兄さんが立っていた。

 あ、そういえば今日来るとか言ってたな。

 荷物を確認すると、思った通り初日にメイドさんと買いに行った家具たちだった。ベッドにタンス、その他諸々が非常に重量を感じさせる様子で堂々と鎮座している。

 ……すっごい重そう。部屋まで搬入してもらう方選んでてよかった……。

 配送してもらう際に玄関での引き渡しか部屋までの搬入かを選べるのだが、大人しく後者を選んで正解だった。これを部屋まで押していくのはかなりの重労働だ。お兄さん、ありがとうございます。

 搬入し終えると、「ありがとうございましたー!」と信じられないくらい眩しく爽やかな笑顔でお兄さんは去っていった。

 何であんなキラキラしてるんだ……。配送業絶対大変なのに……。もし俺がやろうものなら1日でアウト。真っ先にクビ。あんな笑顔できません。というか、あれ?

 この数日で完全に慣れてしまっていたが、メイドさんは基本メイド服で、さっきもメイド服のまま玄関を開けた。日常生活でメイド服を見ようものなら何かしらの反応があってもおかしくないが、さっきのお兄さんは全くその様子を見せなかった。


「さっきのお兄さん、メイド服見ても何も反応しなかったよね」

「……確かに」


 メイドさんも疑問に思ったらしく、俺の問いかけに同意してくれる。

 もし始めて遭遇したのなら二度見してもおかしくはない。それなのにあの落ち着きよう。既に何回か遭遇しているに違いない。


「案外、メイドって一般的なのかも……」


◆ ◆ ◆


 意気揚々とメイドさんの部屋で組み立てを始めた俺とメイドさんだったが、少し作業を進めたところで早速取扱説明書と睨めっこする体勢になっていた。

 

「ええと……これがこうで……」

「いや、こっちがこうじゃないですか……?」


 ここの家具は安くてデザインもいいが組み立てるのはとにかく大変という噂は間違いではなかった。決して完全に組み立てられないわけではないが、多大な時間がかかることは間違いない。

 大人しく代行サービス使っておくべきだったか……?いやでもメイドさんに「無駄遣いです」とか言われそうだったしな……。でもまあ、ここはプラスに考えよう。一緒に作業することによって多少親密度が高まることは今までの学生生活で体感してきたことだ。体育祭の練習、文化祭の準備、それらを1人でやり過ごすのは非常に難しく、コミュニケーションを取らざるを得ない。結果的に少しずつクラスの人と仲良くなっていき、行事が終わる頃には以前よりクラス内でのやりとりが増える。まあ、何も起こらなければだが。仲を深める面がある一方で、クラス替えまで埋まらない溝ができてしまうのもまたこれらの行事の醍醐味である。険悪ムードのまま1年過ごしてたクラスとかあったなあ……。

 しかし今日は2人しかいない。大勢の意見がぶつかることもなければ和を乱す奴も存在しない。安心安泰だ。


「手を動かしてください」


 くだらない考え事に脳を使っていると、どうやら手が止まっていたらしくメイドさんが叱責してくれた。くれたとか言うな気持ち悪い。

 作業に戻り、その後も会話を交わしつつ徐々にベッドを組み立てていった。難しい部分が終わったところで、何となく雑談にいけそうなタイミングを見つける。今だここしかない!いけ自分!


「そういえば」

「何でしょう」

「メイドさんって今何歳なの?」


 特に詰まることなく、なかなか自然な口調で言えたのではないだろうか。自画自賛していると、メイドさんから思わぬ切り返しが来た。


「……なぜそのようなことを?」


 メイドさんからしたら何の脈絡もなく突然歳を聞かれたのだ。不審に思うに決まっている。そんなことにも気付かずに意気揚々と話しかけたの恥ずかしすぎるんですけど……。

 しかし聞かれてしまえば答えるしかあるまい。変に誤魔化した方が不自然だ。


「いや、これから割と長く過ごすわけじゃないですか。なのに同居人のことを何も知らないっておかしいなと思いまして」


 決して嘘ではない。「メイドさんのいろんな表情や感情が見たいからメイドさんのこと知りたいんだ☆」なんて言おうものなら出ていかれること確実だ。本音は巧妙に隠すことに限る。巧妙ってなんだっけ?


「まあ……それもそうですね」


 どうやら納得してくれたらしい。メイドさんにとっても一緒に住む人間の得体が知れないと言うのは少し怖いのかもしれない。


「引っ張ることでもないのでさっさと言いますが、今年で20歳です」

「え!?同い年!?」

「はい」


 いや、「はい」て。しっかりし過ぎてるくらいしっかりしてるからてっきり年上だと思ってたよ。同じ年数を生きてこんなにも人間としての完成度が違うのは凹むなあ……。

 一瞬で沸いた悲しさを紛らわすために、メイドさんにめんどくさい質問をしてみた。


「ちなみに俺のことはどれくらい知ってる?」


悲しさを紛らわすにはあまりにも不適当でキモい質問だったが、ボキャブラリーが貧困でコミュ障の俺にはこれが限界。

引かれたか?というしなくてもいい心配を一応はしつつメイドさんの方に顔を向けると、予想外の言葉が飛び出した。


「立野恵人。8月20日生まれ20歳。A型。東京都練馬区生まれ練馬区育ちで練馬が大好き。趣味はアニメ鑑賞や読書であまり外には出かけない。都内某私立大学に通い法学部法学科を専攻している2年生。友人はあまり多いとは言えず両手で数えられる程度だが……」

「待って待って待って」


え?すごい詳しいんだけどこの子。めっちゃ知ってるじゃん。1話の地の文より詳細に言っちゃってるよ。しかもすごい説明口調。図鑑でも読み上げてる?

再びメイドさんの方に顔を向けるが、失敗したという顔は全くしておらず、むしろ「なんで止めたんですか?」と言わんばかりの顔をしている。というかなんかちょっとドヤ顔してない?可愛いんだけど。

 しかしいくら何でも知りすぎている気がする。


「な、なんでそんなに詳しいんです?」

「メイドの義務ですから」


彼女は自信満々にそう答えたが、義務にしては詳しすぎる気が……。というから友達が少ないとかどこで仕入れたんですか普通わかんないでしょそんなこと……。

ただ事実は事実。彼女の口から出た言葉は1から100まで真実だ。間違っていることなどない。悲しいことに。どうして知っているのかめっちゃめちゃ気になるけど、まずは目の前の組み立てを今夜中に終わらせないとメイドさん寝られないしな……。

 いつか折を見て聞くことに決め、目の前の作業に集中した。


◆ ◆ ◆


「ごめんメイドさん、それ取れる?」

「どうぞ」

「ありがとう」


 いよいよ作業も大詰め、完成まで後少しというところまでようやく辿り着いた。休憩を挟みつつではあるが、すでに3時間ほど経過している。

 メイドさんとのやりとりもぎこちなくではあるが何とか頑張っている。1人だったらこの作業はまあまあの地獄だったろうが、メイドさんのおかげで楽しい時間を過ごしていた。

 部屋を見渡すとダンボールや発泡スチロールでいっぱいで、足の踏み場がないほどに散らかっている。これも片付けないといけないのかと思いつつも、作業の仕上げにかかった。ネジを締める行程が残っており、それらを締めたら完成だ。さっさと終わらそうとネジが入った袋を探すが、どうも見当たらないのでメイドさんの足元を見てみた。するとそれらしきものが見つかるが、あいにく彼女は作業中だ。代わりに取ってもらうこともできないので、自分の足で取りに行くことにする。

 どっこいしょと言いながら立ち上がり、座っているメイドさんの元に向かおうとしたその時。足を出した先に散々見た説明書が転がっており、自分の右足を引っ込めることができず見事に足を滑らせバランスを崩した。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 すっ転んだ衝撃で何が何だかわからなかったが、メイドさんの顔が目の前にあり、彼女の顔の横に手をつき四つん這いで跨る、所謂床ドンの体勢を取っていることに気づく。そんな体勢を取ったのは人生初で相手はメイドさんというにも関わらず、メイドさんの顔をじっくり観察できるぐらいには落ち着いていた。

 近くで見るメイドさんの顔は相変わらず綺麗で、まつ毛は長く鼻は凛と筋が通っていて唇は蠱惑的な魅力を持ち合わせており、肌は透き通るように白い。何なら透けてるまである。

 そのあまりの秀麗さに思わず目を奪われていると、真顔の彼女と目が合う。


「……どいてください」

「あ、ごめん!」


 俺はすぐさまその場から離れ、反省の意を込めて少し遠めの位置に正座する。思い返せばなかなかにやばい行動を取っている。足を滑らせたことは事実にせよ、その後の観察はもう言い訳のしようがない。でも1ついい?すっげえ可愛かった。

 そんな誰に向けてかわからない自慢を脳内でして、もう一度メイドさんに謝る。


「ほんとごめん。怪我とかない?大丈夫?」

「大丈夫です」


 そう言ってメイドさんはそっぽを向いてしまった。まずい、本格的に怒らせたかもしれない。やはり顔をジロジロ見たのがまずかったか。すぐどいていればこんなことにはならなかっただろう。いやでもあの場面で顔を見ないって選択肢はないんだよなあ……。

 ……普通はじっくりなんて見ないか。

 後悔の念に駆られながらふとメイドさんの方に目を向けると、あることに気づく。


「……メイドさん、耳、赤くない?」

「っ!……そんなことありません」


 そう指摘されたメイドさんは少し丸まっていた姿勢をピンっと伸ばし、平坦を装った声でそう言った。

 

「いやでも遠目に見てもわかるくらい赤いけど……」

「本当に何でもありませんので。そんなことよりそろそろお昼の準備なので後はよろしくお願いします」


 そう早口で捲し立て、メイドさんはリビングの方へ行ってしまう。

 ええ……。まだ結構あるんだけど……。

 周りも見渡し残された量に絶望しつつも、メイドさんの新たな一面が垣間見えた気がして、胸を弾ませずにはいられなかった。












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